2016年に発売してから、通販限定ながら販売を伸ばしているキリンビバレッジの「moogy」。社長の声かけで始まった前例のない取り組みに手を挙げたのは3人の女性でした。パッケージデザインにこだわり抜き、自社で展開できる最大の数である16種類のデザインをつくった理由とは――。

社長から直々の号令

突然ですが、皆さんは日常業務に忙殺されるなか、社長から直々に「まったく前例がない取り組みに、挑戦したい人は?」と聞かれて、「はい!」と手を挙げるでしょうか?

大半は手を挙げないか、少なくともいったん躊躇するだろうと思います。とくにゴールまでの期間がわずかしかないとなれば、なおさらでしょう。

与えられたミッションは、その年の秋に開催されるイベント(「TOKYO DESIGN WEEK 2015」)に出展する、オリジナル商品をゼロから開発すること。社長が声かけした時点で、すでにゴールまでは1年弱しかありませんでした。

出展コーナー(ブース)を運営するのは、個人向け日用品通販サイト「LOHACO」。イベントで好評を得た商品は後日、実際に商品化されて同通販サイトで販売(1年以上は独占販売)される可能性があった。つまり、成功すればしたで、その後の業務がさらに忙しくなることは目に見えていたのです。

手を挙げたのは3人の女性だった

それでもキリンビバレッジには、迷わず「やりたい」と手を挙げた3人の女性がいました。いずれも入社5~10数年目のデザイン担当者。ちょうどLOHACOのメインターゲットと同世代の彼女らが1年弱で生み出した飲料が、「生姜とハーブのぬくもり麦茶 moogy(以下、ムーギー)」です。

16年発売当時のデザイン
16年発売当時のデザイン。(写真提供=キリンビバレッジ)

まるでテキスタイル(布地)のようなデザインがユーザーを魅了し、2020年の販売数量は、発売開始の16年との比較で約6倍にまで伸長しました。

ムーギーが初めて一般にお目見えしたのは、先のLOHACOが出展したイベントの開催時。そのとき、LOHACOが掲げたコンセプトが「ユーザーの日常生活(暮らし)になじむデザイン」で、手を挙げた3人は、一様に「面白そう!」と共感したといいます。

「というのも、一般に弊社のような飲料メーカーのデザイナーは、ふだん『いかに多くのお客さまに支持していただけるか』を求められるため、なかなかこうした機会はないだろうと感じたからです」と話すのは、キリンビバレッジ・マーケティング部デザイン担当の寺島愛子さん。

消費者は2、3秒で買うかどうかを決める

寺島さんが言うとおり、現代の消費者は「コンビニで、商品棚の前に立ってから2、3秒でどの商品を買うかを(直感的に)決める」とも言われ、多くの場合は「分かりやすさ」が求められる。パッケージについても、単にオシャレなだけでは難しく、「ネーミングからすぐに味や機能が想像できる」や「透明なペットボトルで、中身の飲料が見えている」などが重視されます。

一方、LOHACOが掲げた「暮らしになじむ」デザインがもし実現すれば、「飲料をまるでお気に入りの服を選ぶように手に取ってもらい、『このデザイン(の飲料)に触れると気分がアガる!』などと喜んでもらえるのではないか、と思いました」と寺島さん。

また、コンビニやスーパーの店頭販売と違うのは、ネット通販ではユーザーが「中味(成分ほか)」について、事前にじっくり説明を読んだうえで納得して買ってくれること。

ゆえに購入段階、あるいは買ったあとでカバンに入れて持ち歩いたり、デスクに置いたりしたときに、思わずワクワクするような“デザイン性”を大切にしたい、そんな思いから、「店頭での2、3秒に捉われず、自由に発想しよう!」と決意したそうです。

あえて選んだ苦難の道

もっとも「自由なデザイン」の発想だけにとどまれば、まだ楽だったのでしょうが……、寺島さんたちはあえて、驚きの挑戦に乗り出しました。

それが、商品パッケージのデザインを1つに絞らないこと。そして、デザインをあえて彼女たち自身が「手描き」することです。

「当初から、好きな服を選ぶようにボトルを選んでほしいとの思いがあった。社内で確認したところ、製造できる最大のデザイン数は、16種類でした。『だったら16パターン、すべて自分たちでデザインしよう』『手しごとのぬくもりが感じられる、手描きがいいね』となったのです」(寺島さん)

この発想が功を奏し、結果的にムーギーは「グッドデザイン賞2016」をはじめさまざまなデザイン賞を受賞。イベントの翌年2月からは、ネット通販での販売も始まり、その後はAmazonや楽天などでも売られるようになったのですが……、初回発売のパッケージデザイン(16種類)が決まるまで、寺島さんたちはなんと100点近くの手描きデザインを描き続けたそう。打合せの部屋の机や床に、並べきれないほどだったといいます。

「会社のロゴを手描きにしたい」社長室で何度も直談判

こだわり抜いた末に選んだ、16種類のデザイン。でも彼女たちの挑戦は、まだ終わりません。「それぞれのデザインに、名前を付けようか?」や、「裏面のバーコードや品質表示の欄にも、手描きを取り入れよう」となり、ついには「そうだ! 会社のCIロゴも、手描きにしたいね」となった。

何度も交渉の末、ロゴを手描きに。
何度も交渉の末、ロゴを手描きに。(写真提供=キリンビバレッジ)

これには、さすがに当時の社長(佐藤章氏)も、「それ(CIロゴ)だけはちょっと」と当初は難色を示したそうですが、「とにかく何度も社長室を訪ねて、『私たちはユーザーの皆さんの生活になじむ、雑貨のようなデザインを目指したいんです』と直接訴え続けました」と寺島さん。

こうしたこだわりに、結果的には社長も首を縦に振り、温もりを感じさせる「暮らしになじむ」デザインが創られていきました。

重要視した2つのキーワード

一方、メインターゲットが「飲料をLOHACOなどネット通販で箱買いしてくれそうな、20~40代女性」と決まり、中味に関わる重要なキーワードも2つ、浮かんだそうです。

バーコードにもひと工夫。
バーコードにもひと工夫。(写真提供=キリンビバレッジ)

それが「健康」と「冷える生活環境」。とくに後者は、冬だけでなくクーラーを使用する夏場も含めて、多くの30、40代女性が一年中、悩みとして挙げていたといいます。

また「健康」は、ターゲット女性が箱買いして毎日のように習慣的に飲むものを考えて浮かんだキーワード。社内でブレーンストーミングすると、「健康なら、やっぱり無糖でしょ」や「カフェインレスじゃない?」などの意見が出て、ほどなく「麦茶」に落ち着いたと寺島さん。

商品名はムーギー、コンセプトは「冷える生活環境で過ごす女性の味方」に決まり、麦茶をベースに、ぬくもり素材の生姜やレモングラス、カモミールをプラス(16年発売当時)しました。

適性検査をクリアできず

厳密に言えば、そこからもまだ苦悩は続いたそう。たとえばパッケージの印刷段階で、デザインによっては賞味期限のプリントが読みにくい状態で印字されてしまい、第1弾の発売前には、なかなか製造適性検査を通過できないこともあったとのこと。

でもトライアル&エラーを繰り返すうち、「あ、こういうデザインだとうまく印字されないんだな」など傾向が分かってきた。そこからは毎年、春と夏に新たなデザイン(それぞれ16種類ずつ)のボトルを発売できることが、楽しくて仕方がなくなったそうです(18年以降は、毎年4季×各4種類の新パッケージで発売)。

そしてもう一つ、ムーギーの商品開発の醍醐味は、ユーザーと直接触れ合えること。昨今、マーケティングの世界でよく言われる「共創」の視点が、そこにあります。

消費者データをマーケティングに活かす

先の通り、ムーギーは16年2月の発売開始当初、LOHACOという通販サイトでのみ販売されていました。

同サイトは12年、法人向け通販サービスの「アスクル」がヤフーの協力によって個人向けに立ち上げた日用品通販サイト。LOHACOが個人情報を除いた購買データをメーカーに開示してくれる(「LOHACO EC マーケティングラボ」)ため、メーカーと小売りが「共創」でマーケティング戦略を立てられる点も、魅力の一つです。

またムーギーのデザイン担当の女性たちは、自社独自の「共創」にもこだわりました。発売当初から、PR媒体として「インスタグラム」(SNS)を活用し、彼女たちがユーザーと直接やり取りするようになったのです。

ギフトという新たなニーズの発見

16年の発売当初はまだ、インスタ上にキリンビバレッジのブランドアカウントがなかったそうですが、「商品の世界観を表現するために、まさに『暮らしになじむ』ムーギーの姿を、私たち自身で投稿したいと考えました」(寺島さん)

インスタですぐに話題になった。
写真提供=キリンビバレッジ
インスタですぐに話題になった。

さっそく「#ムーギー」や「#moogy」などハッシュタグを入れて呟くと、商品を買ったユーザーたちも「ムーギー、飲んでみた」や「今日はどれにしようかな」などと呟くように。やがて、「ボトルがカワイイので、花瓶にしてみました」や、「結婚式のプチギフトにしました」といった呟きも増え、「そうか、ギフトとしても人気が高いんだ」と気づいた、とのこと。

一方、飲み終わったあともしばし、オシャレなボトルを近くに置いておきたい人には、「DIYでちょっと加工してもらって、ペンスタンドやプラントハンガーとしても使えることを、サイト上で提案するようになりました」と寺島さん。併せて、リサイクル啓発も行っているといいます。

黙っていても口コミしてくれるアンバサダーたち

そしていまでは、ムーギーを使った料理教室や、キングジムの「ちいさく持てるマスキングテープKITTA(キッタ)」とのコラボイベント、そして女性限定の「ファンミーティング(ファンミ)」なども開催するようになった、とのこと(リアル、バーチャルとも不定期開催)。

ファンミは文字通り、ムーギーのある暮らしについてひたすら熱く語るイベントだそうで、「ありがたいことに、本当に好きな方は、二度も三度も応募してくださる」と、マーケティング部ブランド担当の嶺岸秀匡さん。

「私たちが黙っていても、彼女たちが自発的に『ムーギーっておいしいよ』と口コミしてくれる。まさに、アンバサダーですね」

アンバサダーでよく知られるのは、ネスレ日本の「ネスカフェアンバサダー」でしょう。ネスカフェ ドルチェグストなどのコーヒーマシンを、同社の商品やサービスに共感する生活者(アンバサダー)を通して職場に無償提供(貸与)することで、「ネスレのコーヒーっておいしいよ」と普及活動をしてもらおう、との試みです。

爆発的に売れるわけではないが、長く成長する商品

ほかにも、以前ご紹介したワークマン(SNS戦略)や、ユーザーと共に商品開発を続ける無印良品の「IDEA PARK」、ユニクロやジーユーの着こなし発見アプリ「StyleHint」などは、ユーザーの自発的な投稿やアイデアを活かしながら、彼らと共に、新たな商品やサービス、コーディネイト等の展開を考えていこうとする試みです。

ムーギーのような商品は、他の定番商品のように大量にドンと売れるわけではない。ですがお金をかけずに手作りの温もりを活かしたり、地道にPRを続けたり、あるいは着実にファンを増やしていくことで、結果的には長く愛される商品へと成長していきます。

こうした商品開発に欠かせないのは、効率よりも「こんな商品や世界観を、自分自身で創りあげたい!」とこだわる、作り手の情熱。そして多少のリスクはあれど、その思いを受け止める上層部の覚悟でしょう。そこに共感するユーザーこそが、いつの日かブランドのアンバサダー、あるいはエバンジェリスト(伝道者)になってくれるはずです。