「2年前に転職してきたときに、『会社が変わろうとしている』ということをビンビン感じました」
2016年に外資系IT企業から転職してきた佐藤真有美さんは、スマートワーク推奨のポスターや、社長も上司も役職ではなく「~さん」と呼び合い始めた当時の社内に強い改革の風を感じたという。
「日清の企業文化を知らないで転職してきた私でもすっと受け入れてくれる風土がうれしかったです。企業の組織って、同じ社内でも担当する製品や顧客の違いなどでライバル意識や壁があるのが普通だと思いますが、その頃の日清は『みんなで会社を良くしていこう』という全体の推進力を強く感じたんです」
佐藤さんが転職した前年、15年に日清食品ホールディングスでは公募によるダイバーシティ委員会が設立されたばかりだった。
国内の即席麺市場のトップである日清食品は、大阪で創業した会社。18年10月には、インスタントラーメンの発明者でもある創業者の安藤百福と夫人の半生をモデルにしたNHK連続テレビ小説「まんぷく」がスタートする予定。「チキンラーメン」や「カップヌードル」などの即席麺だけでなく冷凍食品、チルド食品、菓子など幅広く事業を展開している。
そんな不動の地位を得ていた日清食品グループが、「このままではいけない」と海外へ目を向け始めたのは10年頃。人事部次長の三浦康久さんは当時をこう振り返る。
「これからの時代、国内だけでは飽和状態。グローバル戦略を進めようとかじを切ったとき、グローバル事業に参画するためには外国人、女性などキャリアのある多様な人々を多く中途採用し、力を合わせてみんなでやっていかなければいけないと、社内で一丸となったのが、大きな節目でした。それまでも人事主導で長時間労働削減や有給休暇の取得促進などに取り組んできたものの、目に見える効果はあまり出なかったんです。しかし、外からたくさんの新しい力が加わり、新たな風が吹きだしたら一気に動き始めました」
ずっと日清の人事を支えてきたが、ここ数年の急速な変化には驚きを隠せない。
自身もダイバーシティ委員会に携わり、副委員長を務めている。委員会のメンバーは、全員本所属の部署を持った“兼業”メンバーばかり約20人。性別も年代も国籍も多様だったが、「会社を働きやすくしたい」という強い思いと行動力を持っていた。
三浦さんと一緒に長年、人事に携わってきた2児の母、段村典子さんも最初から中心メンバーに加わった。
「自分からやりたいという人が集まったからこそ、『私たちが変えよう』という強い思いがあったんです」
有志の委員会が、自作動画で社長を動かす
集まったメンバーは、「こうしたい」「こんなサポートが欲しい」というアイデアを次々とプロジェクト化し、担当分けをし、実行に移していった。
その中で、多様な人材がいることは大きな利点となった。例えば、アイデアの制度化、仕組み化をしていくのは人事が担当。社内にメッセージや方向性を浸透させるためのポスターやPOPはデザインルームやマーケティングのメンバーが、全国の支店や管理職への理解を求める活動には営業部門の管理職や執行役員がそれぞれ動いたのだ。こうした現場で、すでにネットワークと信頼、そして経験やスキルのある人たちが、組織を横断して注力できたことが、日清が猛スピードで改革を推進できた大きな原動力となった。
16年の年頭挨拶で安藤宏基社長は「変わりゆく環境変化に対応するためにダイバーシティ、徹底してやりましょう! 今年はダイバーシティ元年!」と全社に向けて発信した。
実は、社長のこの年頭挨拶に至った背景には、立ち上がったばかりのダイバーシティ委員会が作った、社長を突き動かす動画があった。
有志が集まった委員会は、まずは社長を説得しようと、工場から本社まで社内のさまざまな人の声を集め、会社への愛とともにもっと働きやすい環境になることを伝える動画を作って、社長はじめ役員たちに見せたのだ。その完成度の高い動画は、社長の心を大きく動かし、熱いメッセージとなって社内全体に波及していった。
元々、新しい挑戦を推奨する文化がある日清。「面白いと思ったことをスピーディーに実行に移す」というのが社風。
委員会の活動が本格的に始まった16年度には、同時に20以上のプロジェクトが立ち上がり、メンバーたちはその実現に向けて動きだした。1年の間に「在宅勤務制度」「カムバック制度(再雇用制度)」「非常時保育料金補助制度」「育休延長」「失効休暇育児利用」「早期復帰支援」などを一気に整備。さらに、「隣のダイバーシティ」と題した多様なバックグラウンドを持つ社員が交流を深めるイベントの実施や、社内アンケート調査も行った。また、女性社員同士をつなぐメンターシップ「シスター制度」や、上から変えようと「男性上司研修」なども開いた。最初のたった1年でアイデアを実際の制度化やイベントといった動きに変えてしまう企業は、そうはないだろう。
そして翌年の17年度には、在宅勤務制度の対象拡大や、残業の多かった営業部門でのスマートワーク化も進み、スーパーフレックス制度を導入。社内で「ダイバーシティ・アワード」表彰や「NISSINファミリー・デー」が開かれるなど、さらに勢いを増していった。
「女性はもっと羽ばたける」改革のキーパーソンの登場
「会社の海外展開への機運、集まった委員の熱い思いにプラスして、強い思いを持ってチームを動かせたのは彼女がいたから」と社内の人間が口をそろえて挙げる名前が、執行役員のズナイデン房子さんだ。「アクセルとエンジンを両方持っているような人」と評されるパワーあふれる彼女は、ダイバーシティ先進企業の大手化粧品メーカーで活動した中心人物の1人だった。14年に国内マーケティング部の部長として転職してきた。
「社内で女性たちが仕事をする姿を見て、もっと羽ばたけると思ったんです。管理職候補の女性たち50人以上、一人ひとりと面談をして話を聞いたときも、すごく能力を持っているし、ポテンシャルも高くて驚きました。彼女たちの多彩な才能や持っている力と、中長期的にどういうキャリアに進みたいのか、何を目標にしているのかをよく理解して、個人の育成プランを考えました」
ダイバーシティはトップの前のめり度によって動きに差があるというのは、これまでの経験で感じていた。
「社長をはじめ、関連会社や研究所などのトップの方もどんどん巻き込んでいくことによって、周囲も『あの人も旗振り役になってるなら』とその輪が浸透していきましたね。一人ひとりお願いをして回りましたが、役員クラスは私が担当しても、課長や部長クラスや地方のメンバーには信頼が厚い委員会の中にいるそれぞれの部署のメンバーが動いてくれたから声が届いたと思います」
週に1度、4時帰り。食に関する時間に充てる
3児の父である渡辺英樹さんは、日清食品の営業戦略部次長。共働きの妻とともに子育てと仕事の両立の大変さも味わってきた。
「営業はやはりどうしてもお客さまのペースに合わせる必要があるので、定時があっても得意先が営業していればそれに合わせます。残業も社内では多いほうだったと思います。もっと個々の能力を発揮するために営業こそフレキシブルな勤務体系が必要と考え、その条件づくりをしたいと思いました。営業が働きやすい環境づくりも担当し始め、在宅勤務制度やスーパーフレックスも17年から導入しました」
ダイバーシティ委員会にも加わり、企業を横断して営業職女性の働き方を考え、提案していく異業種合同プロジェクト「新世代エイジョカレッジ」への参加が、社内の営業職女性たちへのいい学びと刺激になると積極的に支援してきた。
「週に1度は午後4時に帰り、その時間を食に関することに使ってあとで共有しようという『インスタントワーキングデー』を彼女たちが提案しました。4部署で実験的に行い、今では全社で取り入れています」
「アメフトで日本一になることと、東日本大震災の被災地に食で何か貢献したい。その2つの夢をこの会社ならかなえられると思ったんです」と屈託のない笑顔で語る西川大地さんは、入社2年目を迎えたばかり。日清食品冷凍で営業を担当している。高校から続けているアメフトは、現在も社会人チームに所属し、週に4日練習に参加している。
「スーパーフレックスのおかげで、定時より朝1時間早く出社して仕事をし、その分早く帰って練習に出る調整が自分でできるのはとてもうれしいです。男性も女性も、仕事を一生懸命やりながら家庭のケアもしているという先輩方を見ていると、僕もいつかまねしたいと思えますね」
周囲のアメフト仲間たちが就職すると練習が続けられずやめていくのを見る中で、続けていけることへの喜びと会社に貢献したいという気持ちはさらに強くなったそうだ。
冒頭に登場した佐藤さんは、マーケ・ECグループのブランドマネジャー。娘を持つワーキングマザーで女性管理職という、まだ社内には少ないロールモデル的存在になったことで、自分が悩み苦しんできたことを次の世代の女性たちが少しでも楽に乗り越えられるように手助けしたいと話す。数カ月に及ぶ管理職研修はきつかったが、会社の期待を強く感じ、新卒時は「スーパー秘書になって、結婚退職しようと思っていた」という彼女を大きく変えた。
「これだけ自分に投資してもらえるのなら、上を目指すのは自分の責任だと思いました。自分のスキルを極めたいというだけでなく、これからはちゃんと上を目指して、強い組織をつくっていけるような働き方をしたいと思います」
たった数年前に動きだし、猛スピードで進められる日清食品ホールディングスの働き方改革。トップダウンとボトムアップの両方がバランス良く、そして本気で全力で取り組み、部署を横断して各人のスキルを活かしているからこそ実現へとスピーディーに動いてきた。そして、それが西川さんや佐藤さんのような、日清に加わって数年の社員にも浸透し、「会社に貢献したい」という気持ちへと還元される良い循環ができ始めている。
次のステップは、「経営効果などお金を生むダイバーシティ」への転換。そして、いつか「ダイバーシティ委員会解散」となっていいレベルのダイバーシティや働き方改革の浸透だ。