新しい環境では、やりとりが遠慮がち
4月は、異動や転職などで新しい環境に変わる時期。自分が新人という方もいれば、新人を受け入れる立場の方も多いでしょう。こうした状況でありがちなのが、「ちょっといいですか? お尋ねしたいことがあるのですが……」「2、3分いいかな? ちょっと聞きたいことがあって」といった遠慮がちに質問するコミュニケーション。お互いに気を使いながら、じんわりと本題に入っていくパターンです。
そもそも「話す」という行為には、必ず目的があります。それは(1)情報伝達、(2)行動変容、(3)説得、の3つ。(1)情報伝達は、何か情報を知らせる、報告するといった、いわゆる“ホウレンソウ”です。(2)行動変容は、相手の気持ちを変えるために話します。お客さまに商品を説明して、購入予定ではなかった人に買ってもらうなど、当初の考えを変えることが目的です。(3)説得は、絶対にこの企画は通さないと思っている人と話して、論理的に相手の納得を得ながら企画を通すといったことです。
質問するときは、まずは目的を明確に
新しい環境で質問するときの多くは、(1)の情報伝達の依頼になります。しかし、このときの話し方で重要なのは、その情報が何のために必要なのか、どうしてそれを聞きたいのか、という“目的”を明確にすることです。たとえば企画書の書き方を質問したいとき。「この欄は、これでよいでしょうか」と内容の枝葉だけを聞くのはNGです。質問された相手は回答できるでしょうが、あなたが何をしたいのかがわかりません。ですから、まずは「次の会議で新しい企画を提案したいのです」と、幹に当たる目的を先に告げます。そのうえで「企画書の書き方を教えていただけませんか」と続けます。
つまり自分が今、何をしたいかを先に伝える。企画書の書き方うんぬんということは、最初には言いません。そうすると相手は「会議で提案するなら、その企画書を出すより、こっちのほうが早いよ」と目的を達成するためにベストな方法を教えてくれるかもしれません。
立場が反対でも同じです。入社して1週間たった新人が今、何に困っているか、知りたいとしましょう。「わからずに困っていることがないか、現状を確認したい」、そして「報告書はどの程度書けていますか?」と、目的を伝えてから質問を重ねていきましょう。大から小にいく逆ピラミッドといわれる順番です。
「だいぶ慣れてきましたか?」といった細かな質問をしてしまうと「慣れました」という答えしか返ってきません。逆ピラミッド手法が大切なのは、新人も上の立場の人も同じ。最初にその質問の目的を言わないことには始まらないということです。
意識して気をつけたい、ちょっとした言葉遣い
目的を伝えたあとは、そこまでの経緯を続けます。「○○についてわかりません。ですから、これは調べました」「○○さんにも聞きました。○○さんからこちらで確認するようアドバイスをいただき、こちらに来ました」と、これまでの道筋も言ってほしいですね。自分が上の立場なら「これは同期の○○さんや○○さんにも聞いています。あなただけではありません」というように全体概要を伝えると、相手は安心します。
不慣れな環境で使える便利なフレーズがあります。「これはどなたに聞けばいいですか」というせりふです。「自分が困っていることはこうです」と目的を明確にし、自分を助けてくれるのは誰なのかを聞くのです。そうすると「うちじゃなくて、営業部に行ったほうがいい」など、適任の人を指名してくれるでしょう。
しかし、こうした質問が許されるのは、新しい環境に入ってから3カ月だけです。いつまでたっても質問が中心のコミュニケーションをとっていると能力を疑われます。反対に最初の3カ月は何でも質問できる時期なので、堂々と聞きましょう。わからないことは、とにかく質問。「こんなことを聞いたら恥ずかしい」と思わず、自分なりに調べて、わからなかったら「教えてください」と堂々と言える人は、むしろ周りに、熱心な人という印象を与えられます。
転職の場合、「経験者なのにそんなことも知らないの?と思われそうで恥ずかしい」と感じるかもしれません。その場合は「確認したい」という言い方を使いましょう。「ちょっといいですか?」「教えてほしいのですが」ではなく、「確認したいのですが、今、お時間よろしいでしょうか?」がおすすめです。質問ではなく確認という形をとるのです。このように言い方を自分のステージに寄せると、他人に尋ねることがぐっとやりやすくなります。
スマートな質問をすると、周りに「この人はできる」という印象を与えます。わからないと言っているのに「仕事ができそう」と思われるのです。
聞いたあとに、必ず結果報告
そして、もうひとつ「できる人」になるために大事なことがあります。それは、結果報告をすることです。メールや電話で伝える、または社内で偶然会ったときでもよいので、教えてくれた人に対して「教えてもらった通りにしたらできました」などと結果を伝えましょう。たとえその通りにできなくても、「教えていただいた方法ではできませんでしたが、これで解決できました」などと、その後どうなったかという報告をきちんと行うことが大切です。
上司の立場であっても「人事に相談しておいたからね」など、情報発信してくれた相手に、どう処理したかを伝える。そうした結果報告が、あとあと社内外の信頼につながるのです。将来的には「あの人は、ちゃんとホウレンソウをやりそう」といったイメージになっていきます。質問は、最初はもちろん、最後の締めも肝心なのです。
スピーチコンサルタント
長崎大学准教授。NHKキャスター歴17年。心理学の見地から「他者からの評価を高めるスピーチ」を研究し博士号取得。政治家、経営者やビジネスパーソンに信頼を勝ち取るスピーチやコミュニケーションを伝授。著書に『最高の話し方』(KADOKAWA)など。