2016年も早いものでもう終わり。今年1年で気になったことは?働き方改革、長時間労働、不倫、清原和博逮捕、SMAP解散、乙武問題……河崎環、おおたとしまさ、田中俊之、常見陽平という40代男女の論者4人がそれぞれのキーワードで、2016年を振り返る。
12月15日、下北沢B&Bにて、河崎環氏の処女作『女子の生き様は顔に出る』の刊行を記念したトークイベント「真剣40代男女しゃべり場 生き方、働き方忘年会議」が開催された。登壇したのは、河崎氏のほか、武蔵大学社会学部助教の田中俊之氏、教育・子育てジャーナリストのおおたとしまさ氏、司会は千葉商科大学専任講師で働き方評論家の常見陽平氏が務めた。「40代」をキーワードに多彩な話題が縦横無尽に語られたイベントレポートの後編をお送りする。
→40代は生きづらい?~河崎環、おおたとしまさ、田中俊之、常見陽平座談会【前編】
「長時間労働」と「不倫」は密接につながっている
【常見陽平(以下、常見)】2016年を振り返るということで、みなさんには40代の男女にまつわるキーワードを挙げてもらいたいと思います。
【田中俊之(以下、田中)】常見さんからお願いします(笑)。
【常見】では、まずは僕から挙げていきますね。まずは「働き方改革」。働き方がこれぐらい話題になった年はない。参議院選の際、労働カテゴリのマニフェストが自民党も民進党も公明党も共産党も全部被ったのはトピックスだったと思います。もう一つは「電通過労死事件」。いろいろな形で巧妙に論点がすり替えられているので、丁寧な議論が必要だと思います。気をつけないとプロフェッショナル制度、つまりホワイトカラーエグゼンプションと解雇規制の緩和がここから始まるでしょう。
【おおたとしまさ(以下、おおた)】僕は「長時間労働」と「不倫」です。この2つはすごく密接につながっていると思います。僕たちが若かった頃、40代のおじさんが何をしていたかというと、長時間労働のふりをして愛人とゴルフに行っていた。かつて、長時間労働や不倫は文化だったんです。石田純一さんの「不倫は文化」という言葉がありましたよね。でも、そういう昭和的な価値観がコロッと変わった。いまや落語家や歌舞伎役者といった人たちまでが不倫で叩かれます。これは「ポスト真実」ではなく、「ポスト昭和」。時代が変わってきた象徴ですし、日本人の根っこの部分が変わるフェーズに差しかかっていると思います。「長時間労働」と「不倫」が懐かしく感じられる時代が、もうすぐやってくるでしょう。
【田中】「働いているふり」は気になりますね。10年くらい前に、ある大きな企業の方に「大学の先生はいつ楽になるの?」と聞かれて、意味がわかりませんでした。会社には「上がり」があると言うんです。若いときに一生懸命働けば、年をとってからはハンコを押すだけのポジションになれる。でも、(研究者の)僕らには「上がり」はないんです。
【常見】今は「上がれない社会」になりましたね。まず、60歳で定年するイメージがありません。それに離婚と再婚が多いから、50歳で若い女性と再婚した男性は70歳、80歳まで働かないといけない社会になりつつある。
【田中】僕の知り合いでも60歳でパパになった方がいますからね。
【河崎環(以下、河崎)】その話を女性の側から言うと、AppleやFacebookの本社が卵子凍結の補助を始めています。私は、卵子凍結は意外と悪くないと思っていて。どのタイミングで子供を産むかを自分で決められるようになれば、人生の選択肢が広くなります。子供を自分のリソースで育てるのか? チームを組んで育てるのか? 男性も女性も80年というスパンで人生をデザインするようになっていくでしょう。
若い頃に勝ってしまうのは、実は苦しいこと
【田中】僕の2016年のキーワードは「清原問題」。これはかなり衝撃でした。スポーツ選手は男の子の憧れの頂点であり、その中でも清原さんはジャイアンツで4番を打ち、年棒も何億円ももらっていた人です。夢をかなえたはずの人が何をやっているんですか? と。先ほど「男性は競争にさらされる」という話をしましたが、付け加えると「勝って終われない」のです。マンガなら優勝したところで終わりますが、人生は続きます。ASKAさんにも思うことですが、ピークを維持し続けることはできません。逆に、「若い頃に勝ってしまうのは苦しいことなのではないか」と清原さんを見ていて思いました。
【おおた】教育や子育てにおいてもかなり重要なテーマです。子供が東大医学部に合格するとママはすごく褒められますが、子供がどのような人生を送るかはわかりませんから。
【田中】恐怖を感じるのは、幼児の100メートル走の教室が流行っていることです。ただし、幼児の頃に勝てる体にすると、中学、高校では絶対に伸びないということが生理学的にわかっています。小学校で全国チャンピオンになる子は、絶対に将来、競技者になれないわけです。でも、親は「今」勝たせたい。……この話を聞いたとき、ゾッとしました。早く成果を求めたり、頂点に立たせたりするのは、本当は苦しいことなんです。結果、結果と言われる社会は辛いと思います。
【常見】株主対策で暴走して、いい加減なメディアを作ってしまった企業と同じですね(笑)。
【河崎】なぜ早めに子供たちに結果を求めてしまうのか、それは親が子供の将来の占いをしているのです。「ここまでできたんだから、あのへんまで行くんじゃないか」という安心感を早めに手に入れたい。そういう不安な親の心理が反映されているのでしょう。
【田中】子供にとっては本当によくないと思います。「親の期待に応えられない自分は間違っている」と子供が思い込んでしまうことがあるからです。まさに、おおたさんが書いた本のタイトル『追いつめる親「あなたのため」は呪いの言葉』だと思います。
SMAPは日本の男性像を変えた
【田中】あと、世代的に「SMAP」には触れざるを得ません。
【常見】それ、それ!
【河崎】そんなに乗るような話題ですか?
【おおた】だってSMAP存続のための署名が40万人ですよ。長時間労働撲滅の署名が4万人なのに(笑)。
【常見】SMAPについては言いたいことがたくさんある! 2016年、SMAPの解散と天皇の生前退位は大英断だったと思います。大御所が亡くなるたびに「昭和が終わった」と言われますが、平成も終わるんだ、と。キーワードはともに「降りられる」ということなんです。誰もが知ってますが、SMAPはとっくに終わっていたのに大人の事情で続いていた。SMAPはホモソーシャルで全員が仲良くてメンバーの個性尊重だと思っていたら、実際はそうじゃなかったというのは裏切りだと思ったり。あと、ジャニーズは究極の昭和モデルなんです。いまどきのヒットにネットは欠かせないのに、ジャニーズはまったくネットをやっていないんですから。
【河崎】SMAPの話題に40男たちがすごく乗ってきましたよね。木村拓哉や工藤静香を「裏切り者」とすごく叩いた。
【田中】SMAPは日本の男性像の姿を変えたと思います。SMAPはアイドルなのにコントや料理をしましたが、「おもしろい」「やさしい」「料理ができる」のは男がやってもカッコいいことにしたという大きな功績がありますよね。
「男らしさ」の根源は「セックスでの満足」なのか?
【河崎】私としては「乙武さん問題」がすごく大きい(参考記事:弱者とは誰か?――乙武洋匡不倫騒動)。ほぼ同じ年なのですが、お会いしたときに受け取っていた印象とその後の報道に齟齬(そご)はなかった。「ああ、やっぱり」と、ものすごく腑に落ちたんです。ネットの反応で興味深かったのは「乙武でさえ、あんなにモテている」という書き込みが、2ちゃんねるに並んでいたこと。「なぜ不倫したのか?」ではなく「どうやって不倫したのか」、「why」ではなく「how」の話を一生懸命している(笑)。それほどまでに世の男性にとって「セックスに満足している」という状態は勝利なのか? そんなに衝撃なのか? と、男と女の彼岸と此岸を感じました(笑)。
【常見】「男」であるというか、セックスは男にとって大事な問題だと思いますよ。リクルート時代の先輩と飲みに行ったら、いきなり「おう、常見、セックスしてるか?」と聞いてきましたからね(笑)。その後、不倫話や男らしくあるための薬の活用話をさんざん聞かされて、「はぁ……元気ですね。」という感じでした。
【河崎】「男性にとってのセックス」というテーマを考えていたとき、杉田俊介さんの『非モテの品格』(集英社新書)という本を読んですごく理解できたのは、「非モテ」というメンタルのあり方自体が軽微な性依存であるということなんです。「男らしさ」を実現するために、性的に満足していることが評価だと思い込んでいる。だから「非モテ」であることにすごくコンプレックスを感じているということが私にとっては衝撃でした。「男らしさ」の根っこがそこにあるなら、男は本当に辛いだろうな、と。女性にとってモテは価値観の一つに過ぎず、人生の中でのモテの重要性は、男性ほど優先順位が高くないひとも多い。仕事をしたり、何かほかのことで「男らしさ」を実現すればいいんじゃないですか?
【常見】「学歴差別はありません」と採用活動でアピールする会社の存在が、社会に学歴差別があるということを証明しているのと同じですね。「非モテ」という言葉があること自体、「モテ」に対する信仰があることを物語っています。そこで「男はモテなければいけない」「男は稼がなければいけない」という“昭和モデル”から、いかに降りられるかが問題になると思います。
【河崎】働き方の問題にしたり、生き方の問題にしたり、物質主義に走ったりしても、結局は「男らしさ」への拘泥に原因がある。もちろん私たちの中にも確実に「女らしさ」への拘泥がある。“昭和モデル”が規定している男性像、女性像を私たちは一生懸命否定しているところです。“昭和モデル”を脱ぎ捨てようとしているのだけど、否定している……ということは、軸は向こう側にあるんです。
【常見】僕たちはまだまだ、“昭和モデル”の手のひらの上で踊っている感じがします。
おじさんたちは人に優しくしてほしいだけ
【田中】河崎さんが疑問に思っていることは、自分が年を重ねてわかったことでもありますが、「勘違い」ということだと思うんです。
【河崎】ほうほう。
【田中】今感じるのは、「もう少し優しくしてほしい」。おじさんは誰にも優しくしてもらえないじゃないですか(笑)。若い女の子が働きすぎると同情されるけど、おじさんが働きすぎて疲弊していても誰も「大丈夫ですか?」とは言わない。おじさんたちは誰かに優しくしてほしいんです。でも、そのときに想像できるのが「若い女性にモテたい」という回路しかない。人から「大丈夫?」とか「働きすぎじゃないの?」と言われるだけで解消するはずなのに、「ああ、疲れた。若い女に癒してほしい」という回路しかないんです(笑)。
たとえば、駐輪場でカゴが引っかかって自転車が出せないことってよくありますよね。若い女性も若い男性も、おばちゃんだって助けてもらえますけど、おじさんは誰にも助けてもらえませんよ(笑)。おじさんはずっと自転車をガチャガチャやるしかなくて、まわりから「うるさいなぁ」と思われてしまう。そこでおじさんが誰かに優しくされれば、「あ、俺は優しくされたかっただけなんだ」と気づくと思います。おじさんになって優しくされたことがないという経験が、「若い女性にモテないと救われない」という妄想を維持させているのです。
【河崎】なるほどね!
【田中】私自身がないがしろにされて思い至りました(笑)。「僕は人に優しくしてほしいんだ!」と。
【おおた】今まで、こういうことを言える男性はいなかった。田中先生に希望を感じました。
みんなが「楽したい」と言えば社会は変わる
【田中】みなさんはこれからどういう人間になりたいですか?
【常見】僕は昭和の文化人になりたいんですよ。数年前の内田樹みたいなポジションになりたい。彼の主張は8割くらい賛同していないけど。世の中に発言力があって、物書き業と教育を楽しんで、浮世離れした生活をしていますよね。僕はすでに3分の1ぐらい叶えています。おかげ様でサラリーマンの何倍かの年収はありますし、ずっと輸入車に乗っているし、おいしいものを食べている。だから、このままの生活を続けていきたい。これ以上は稼げなくてもいいけど、今より生活レベルは下げたくない。僕はお金が「中ぐらいに好き」なんです。
【河崎】た、樹はそんな人間じゃなーーーーいっ!(編注:河崎さんは内田樹氏の大ファンです)
【田中】僕はこれといって何になりたいとかはないから……土地持ちになりたい(笑)。もうちょっと楽をしたいと思います。
【常見】それは大事! もっと日本で「楽する」という言葉は言われなければいけないと思う。「楽しい」はいいけど、「楽する」は言っちゃ駄目みたいな風潮はありますよね。みんなが「楽したい」と言えば、社会は変わるかも知れない。
【田中】社会が進歩していないですよね。どんなにテクノロジーが進歩しても、生活がまったく楽になっていないから。
【河崎】私も結局は昭和への回帰志向があるのかもしれない。目指していく先は昭和なんです。林真理子さんは代々木上原に御殿を建てて優雅に暮らしていますが、レポートに来た安住紳一郎アナと手が触れ合って「およしになって」なんてやっていたんです。私もあれがやりたい!(笑)昭和の男の大作家がやっているようなことをやっているんですよ。本当にカッコいい。私も物書きを続けて、ワインセラーにシャトーマルゴーを詰め込んで、イケメンと手が触れ合ったりしたい! それが私のリビドーです。
【おおた】僕は「こうありたい」というのが元々ないんです。とりあえずの目標は100冊100万部を達成するまで書き続けていたいですね。
【常見】欲がありそうで欲がないのが40代の特徴だと思います。でも、ユニクロなどのファストファッションやシェアハウスなんて吐き気がする。ファストファッションは絶対に着たくないし、シェアハウスは住みたくない。
【田中】では、最後に河崎さんのまとめの一言を。
【河崎】私の本を読んでいただいたということは、みなさんの体の中に私の言葉が音楽のように響いたことだと思うんです。私はそれがとても嬉しい。響いたことによって、自分の中から音楽のように言葉が出てくるかもしれない。ならば、それはぜひ外に出してほしいですね。別にSNSとかじゃなくていいんです。日記でも、一人ごとでもなんでも。今日はどうもありがとうございました。