セールスフォース・ドットコムで、家族的な風土の育成に努める石井さん。その肩書きは「エンプロイー・サクセス(社員の成功)」部門の役員だが、働く人の成功とは……。
■前編はこちら→「子育てが教えてくれた『無駄の大切さ』 -セールスフォース・ドットコム Employee Success 執行役員 石井早苗さん【前編】」
統合作業を進める
前職のクラフトフーズ・ジャパンには人事本部長として入社しました。きっかけは、「クロレッツやリカルデントなどチューイングガムをつくるキャドバリーにもうすぐ買収となるので、その後の統合人事をやらないか」と声をかけていただいたことです。
キャドバリーはもともとイギリス国民に愛されるチョコレート会社です。アメリカの会社がイギリスのナショナルブランドの会社を買うということで感情も絡み、この買収は当初から困難なことも予想されていました。実際、イギリス本社のほうでは買収に反対するデモも起きています。
結果的に、クラフトフーズがキャリバリーの社員を解雇せず、カルチャーを尊重して統合を進めると約束し買収が成立しました。私も2年半の在籍中、統合の仕事に精力を注ぎました。雇用や給与など大きな方針はアメリカ本社が決めますが、労働法上、必要な手続きはローカルである日本でまとめていきました。
食品の世界も面白かったですね。食品は事故が起きると命にかかわることもあるので、製造プロセスや製造工程での衛生管理が素晴らしく整っています。また営業の方と一緒にスーパーやコンビニを回り、裏口から入っていって「うちの商品をおかせてください」とお願いしたり、販促品のポップを立てたりしました。そうやって現場が直に見られたのは楽しい経験でした。
社員の成功を支援する人事
セールスフォース・ドットコムに移ったのはお声をかけていただいたのもありますけど、「3.11」も背中を押しました。東日本大震災が起きた直後、キャンディーやガム、チョコレートを用意して、いつでも被災地に送れる態勢を取っていました。ところが、製パン会社などには農水省から「パンを出してください」と依頼があるのに、同社には来ないんです。嗜好品は救援物資としては二の次になってしまうのですね。それを残念に思ううちに、もっと日本の役に立ちたいと考えるようになりました。
そんなとき声をかけてもらいました。セールスフォース・ドットコムは政府のエコポイント申請のサイトを1カ月でつくった実績がありました。他社が何カ月もかかると難色を示したサイトです。他にも、震災後の保険の求償サイトを突貫工事で仕上げるなど、このテクノロジーがあれば日本を変えられるんじゃないかと思えました。そういうお話を聞きながら、そういえばスタンフォードに留学中にできた会社だったなと思い出し、同時にシリコンバレーらしいオープンな文化を感じたので、ぜひここで仕事をさせてくださいとお願いしたのです。
日本の名刺には人事本部となっていますが、グローバルでは「エンプロイー・サクセス(社員の成功)」部門です。この会社の心臓部分が「カスタマー・サクセス」ですから、それを支える社員もやはり成功していないとお客様に満足いただけるサービスは提供できないという視点です。わが社は、CRMで世界一を目指し、そこで働く人も世界一の成功を手にし、社会に貢献するという考え方がベースになっています。
その中核には「OHANA(オハナ)」のカルチャーがあります。ハワイの言葉で「家族」を意味し、社員もお客様もパートナー様もベンダー様も、関わる全ての人は家族だから大事にしなければいけない、感謝の気持ちで接しなければいけないという文化です。人事も家族をつくりあげるためにいろいろなことをやるというスタンスです。
OHANA精神を広める
入社時は300人程度だった社員が今は900人を超えました。会社が大きくなってもきちんとOHANAカルチャーを伝え、共有しなくてはいけませんから、「Chatter(チャター)」という弊社が提供しているコラボレーションツールで、透明性の高いコミュニケーションを図るようにしています。
たとえば、ドライになりがちな指示や連絡も顔写真も表示されるチャットならソフトに伝わりますし、指示に対して対面のときと同様に「そんな短期間ではできません」と反論することも可能です。そういう履歴が全部残り、また後で情報を探すこともできます。こういうテクノロジーに加え、やはり日本人ですからそれだけでは連帯感が生まれないので、去年からはローテクノロジーのコミュニケーションも取り入れました。
たとえば金曜日の夕方5時くらいから「アロハ・ハッピー・アワー」を設け、社内のキッチンのようなところでビールなどを出し、みんながふらっと立ち寄って気軽に話せるような場を作りました。「ファミリーデー」という社員の配偶者やお子さんたちに来てもらう日もあります。セールスフォース・ドットコムと言ってもどんな会社かわかりません。「ホース? どんな馬ですか?」とおっしゃる方もいます(笑)。家族に職場を見てもらえれば、こんなちゃんとしたオフィスで働いているんだと安心してもらえます。
また、社員のボランティア活動に対しては会社が全面的に支援しています。年間7日間のボランティア休暇が取れ、それを56時間働いたものとみなします。社員の時間の1%と製品の1%と業績の1%を社会貢献に使いましょうという「1-1-1モデル」に則っています。
Chatter(チャター)を介して稲刈りの手伝いや田んぼ整備など、いろんなボランティア募集の声がかかります。ほかにもフードバンクの袋詰めとか、ホームレスの人たちのための炊き出しとか。ふだんは顔を合わせない社員同士が3時間、4時間、手を動かしながら会話をし、強いきずなが生まれていきます。何カ月か後にまた一緒にボランティアに行こうという関係も築けます。テクノロジーと人の触れ合いの両方でOHANA文化を広げる活動を頑張っているところです。
●石井さんのキャリア年表
1992年(24歳) 東京大学農学部を卒業/三菱商社入社
1999年(32歳) スタンフォード大学へ留学(01年MBA取得)
2001年(34歳) デトロイトコンサルティングに転職
2003年(36歳) グロービスに転職
2005年(38歳) フェデックスキンコーズ・ジャパンに転職
2010年(42歳) クラフトフーズ・ジャパンに転職
2012年(44歳) セールスフォース・ドットコムに転職