共働き家庭を悩ませる待機児童問題。政府は2016年6月に閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」で、待機児童の解消に向けて、保育士の給与を2%引き上げるように促す方針を打ち出しましたが、それに先んじて対策を打つ企業があります。保育業界最大手のJPホールディングスについて、有価証券報告書や決算短信から、経営実態とその理念を読み解きます。

待機児童問題に立ち向かう民間企業

女性の社会進出に伴い、いまや待機児童問題は「一億総活躍社会」に立ちはだかる大きな課題として世間の関心を集めています。匿名ブロガーによる「保育園落ちた日本死ね!!!」という怒りの叫びは数多くの共感を呼び、国会にまで取り上げられました。子どもを預けることができず、働きたくても働けない母親にとって日本は決して活躍できる社会ではないのです。

厚生労働省の発表によれば、2015年10月1日時点での日本の待機児童数は4万5315人となり、2014年10月と比較して2131人増加しています。ただこれは実際に空きを待っている顕在的な人数であって、その陰には保育園不足で諦めている潜在的な人数がその何十倍も存在するそうです。一説には、都心部には潜在的な待機児童数が80万人以上に上るとも言われています。

保育園不足の問題を解消するにはもはや国や行政だけではなく、民間の力も必要となってきました。株式会社でも保育園の設立や運営が可能となってきたいま、民間企業の参入が少しずつ浸透してきました。

ただ保育所の収入は公定価格などにより上限が決まっていることから、サービスの質を良くしたところで売上にはつながりにくいという現実があります。その結果、保育士の給料がいつまでも安いままとなり、一方、児童が少ない地域では経営難に陥ってしまう場合もあり、問題の解決は一筋縄にはいかないようです。

ところがそんな保育業界において、利用者からも社員からも喜ばれている会社があります。365日開園・年中無休を基本としながら、さらに病児保育なども行うことで共働き家庭の負担を軽減し、さらには保育士の給料も平均以上にしているのです。その会社とは、JPホールディングスです。経済産業省が東京証券取引所と共同で女性活躍推進に優れた上場企業を選定する「なでしこ銘柄」にも、2年連続でその名を連ねています。業界内では断トツで最大手のJPホールディングスですが、その業績はどのようなものなのでしょうか。

国家資格である保育士。資格取得のハードルの高さや仕事の責任の重さに対して、給料が安いということを理由に、なり手不足が深刻な問題となっている。

“三方よし”の経営とは

JPホールディングスは東京都、神奈川県、千葉県といった首都圏を中心に保育施設を運営しており、2016年3月末時点では159園の認可園および認可外園、55施設の学童クラブや10施設の児童館を保有しています。規模の大きさのみならず、サービス内容も充実させており、例えば英語・体操・リトミックの講座を取り入れたり、給食メニューには秋田産の「あきたこまち」を使用したりするなど、知育事業や食育事業も積極的に展開しています。

2007年3月期から10年連続で増収増益を続けてきた結果、JPホールディングスは飛ぶ鳥を落とす勢いで業界最大手にまで成長したのです。2016年3月期では連結ベースで205億円の売上および11億円の当期純利益を出しました。2009年3月期以降からは毎期のように当期純利益率が5%~6%の間で推移しています。これは企業が健全に発展していくうえでの適切な利益水準だと言えます。

【上】JPホールディングス 売上高の推移【下】JPホールディングス 当期純利益の推移

利益が出ていると、その分従業員への還元が行われやすくなります。一般的に給与は業界の相場や会社の業績にも左右されることが多いのですが、JPホールディングスは業績が好調のため、保育士の平均給与も業界平均よりも高めとなっています。2016年3月期決算説明資料によれば、2015年の保育士の全国平均は323万3400円であるのに対し、JPホールディングスの平均は354万1400円。全国平均より20万8000円ほど高くなっています。

顧客ニーズに合った保育サービスを提供することで顧客から感謝され、同業他社よりも高めの給料を支払って定期的に研修を取り入れることで従業員からも喜ばれ、そして社会にも役立つ――まさに「買い手よし、売り手よし、世間よし」の“三方よし”の経営を実現している会社だと言えます。それでは、JPホールディングスはなぜ“三方よし”を支えるだけの立派な業績を実現できたのでしょうか。

社会問題を解決するたびお金から愛される

JPホールディングスの成長の裏には、まず施設数の増加が関係しています。保育所の場合、売上は運営施設数に比例します。園児あたりの収入は上限が決まっており、また定員も定められているため、売上を増やそうと思えば施設数を増やすしかないのです。その点、首都圏においては待機児童が多いため、品質を落とさない限り施設数を増やせばその分売上が約束される状況です。

JPホールディングス 売上高と運営施設数

保育サービスを提供している会社で、JPホールディングスほど速いスピードで施設を増やしている会社はありません。それだけ成長意欲が強いことがうかがえます。

規模が大きくなると、スケールメリットが得られます。例えば保育所で使用する筆記用具や画用紙、折り紙といった文房具についてはまとめ買いをすることでコストを安く抑えることができます。食材などについても同じことが言えるでしょう。規模の経済によって利益率を改善できるのです。

また、利益が出ると資金力がつくため積極的に設備投資ができるようになり、良い循環が生まれます。2016年3月期の連結貸借対照表では、9億8000万円分の土地が計上されており、また建設中の建物を含めた有形固定資産の簿価は89億円に上ります。自社物件をそれなりに持っているため、賃借料といったコストを安く抑えることができるようになります。

なお、これは設備を稼働させることで収益を得ていく会社の宿命ですが、規模拡大をし続けるとどうしても借金の割合が高くなりがちです。設備投資の額を全て自己資金で賄うことが困難なため一部を借入に頼らざるをえません。

JPホールディングスの場合、2016年3月期末時点の長期借入金(流動負債の「1年内返済予定の長期借入金」と固定負債の「長期借入金」を足したもの)は113億円もあります。自己資本と他人資本の合計である総資産が215億円だということを考えれば、実にその半分以上が借入だということになります。ただし2015年3月期の有価証券報告書における【借入金等明細表】によれば、長期借入金の平均金利は0.378%~0.4%です。一般的には金利が平均2%~3%程度ということを考えれば、会社は極めて低い金利で銀行から借り入れられていることが分かります。それだけ銀行からの信用度が高いのでしょう。JPホールディングスは調達した資金を使って、今後も保育サービスの供給が需要に追い付いていないような地域を中心に保育施設を造っていくそうです。

このように健全な規模の拡大によって経営を安定させているJPホールディングスの事例は、小規模経営の多い保育業界が今後進む方向に、大きな示唆を与えるものです。文部科学省管轄の幼稚園が、小学校入学前の幼児の「教育施設」であるのに対し、厚生労働省管轄の保育所は、乳幼児を保護者に代わって預かる「児童福祉施設」とされています。福祉の領域にある保育所において、このように民間の力が待機児童問題の解決に大きく関与していけるとは、素晴らしいことではありませんか。

「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい」これは、米国のジョン・F・ケネディ元大統領の名言です。国や行政に頼るのではなく、社会問題を自らの力で解決できるような企業がこれからもどんどん増えていってほしいと筆者は願うのです。

秦 美佐子(はた・みさこ)
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。