おいしい写真を共有するSNS「miil(ミイル)」や、飲食店向けiPad予約台帳システム「トレタ」など、「食+IT」のサービスで成功しているトレタの中村仁さん。こうしたサービスを提供する前に、中村さんは「豚組」や「壌(じょう)」などいくつかの飲食店を経営している。こう書くと最初から「食」を仕事にしようとしてきた人のようだが、実は飲食店経営に乗り出したきっかけは、あまり自らの意図したところではなかったという。
▼前編はこちら→自分が手がける仕事で、人のライフスタイルを変えたい――トレタ代表・中村仁さん【前編】
興味がなかった「居酒屋」で飲食業界デビュー
「友人の紹介で知り合った男が『いつか自分で居酒屋をやりたい』と言うので、出資して応援したんです。ところが西麻布に店をオープンする直前になって、その男が失踪してしまいました」
残されたのは契約した店と、従業員たち。中村さんは「居酒屋」そのものにほとんど興味はなかったが、オープン日は目前に迫っている。迷っている時間はない。やるしかなかった。
「厨房のスタッフに『お通しはどうしますか』と聞かれて、『お通しって何?』と聞き返すくらい、居酒屋のことを何も知らなかったんです(笑)。嫌だ嫌だと思いながらやっていたら、8カ月で店が潰れそうになりました。来月の家賃も払えないし、貯金もなくなってしまった。でもそこで、急に意地が出てきたんです。だから借金してお店の立て直しを図りました」
立て直しを決意、「自分の理想」を店に盛り込んだら成功した
自分が行きたい店、気持ちいいと思える店にしよう。中村さんは、そう思った。
「評判の居酒屋にいろいろ行ったり、専門誌を読んだり。そうして学んだことを生かして、運営の仕方を徹底的に変えました。お店の箱はそのままですが、メニューや接客を中心にガラッと変えたら、一気に売り上げが上がるようになったんです」
居酒屋に続き、2軒目、3軒目の店には最初から自分が「こうあってほしい」と思うことをどんどん投影していった。例えば、洒落た店内でワインが飲め、食べ物もいける立ち飲みの「壌」。そして「とんかつが好きだったから」という理由で、美味しいとんかつにこだわった「豚組」をオープン。どちらも人気店になった。
Twitterマーケティングで成功、しかし思わぬ苦労が
「豚組」は、中村さん自身が割引やイベント告知といったTwitterプロモーションに積極的に取り組んだおかげで、SNSを利用して成功した飲食店の先駆者として広く知られている。しかし中村さんには当時から常に「ITはそもそも飲食店にプラスになっているのか?」という問題意識と、「それでもテクノロジーで文化を変えられる」という信念の両方があった。
Twitterを活用して集客をしたのはいいが、結果、24時間いつでもTwitter経由で予約が入ってくるようになった。Twitterとは別に、もちろん通常の電話予約もやってくる。予約台帳は店に置かれているままだ。これを1人や2人できちんと管理することは非常に難しく、ミスも起こる。苦い思いが続いた。
「お店にいない時間帯に受けた予約は、予約台帳に書き込めない。これはすごいストレスでした。そうすると、ミスが起こるわけですよ。『接待で予約したのに席が空いてない』なんていう事態になる。そんなことがあったら、お客さんは二度と来ませんよね。信用は一瞬で失うものだと痛感しました」
リテラシーの低いほうに合わせないとシステムは成功しない
もっとうまく予約管理のできるシステムができないものだろうか。2008年頃から開発会社に相談し、今の「トレタ」の形がスタートしたのが2013年だった。
「僕の執念の仕事です。一番大変だったのは、こういうツールは店で扱う人のリテラシーの低いほうへ合わせないと成功しないということです。トレーニングなしに誰にでも使えるものをどう実現するか。そこに苦心しました」
「トレタ」は予約管理だけでなく、顧客管理もできる。
「すごく接客が好きで入ってきた人でも、2回目に来たお客さんの顔を覚えられる店員は少ないと思います。でもシステム(トレタ)にはお客さんの名前が残りますから、昨日入ったバイト店員だって、その方が再訪だと分かれば『またお越しいただいて、ありがとうございます』と言える。機械が仕事してくれている分、人間はもっとクリエイティブな発想ができるんです」
「ドタキャン」など、飲食店の悩みを解決する機能も
もう一つ、飲食店の大きな悩みが「お客のドタキャン」である。同じチェーン店内ならば、トレタを使ってドタキャン常習客も分かる。
「個人情報のことがありますから、違う店にそれを教えることはできませんが……。トレタはこれからも、BtoB、レストランのためのサービスに徹していきたい。店側がハッピーになれば、それがお客さんにも還元されていきますから」
飲食店を実際に経営し、繁盛させた手腕があってこその、積年の思いがこのシステムには込められている。
システムも含め、日本の食文化の真髄を世界へ
中村さんに、これからやりたいことを聞いてみた。
「外食産業は世界中にありますよね。日本は食文化の最先端にいる国です。そのなかで培ってきた凝縮された“おもてなし”を、テクノロジーとともに、海外でも豊かにできる形で実現していきたい。まずはアジアですね」
すでにシンガポール支社を設立。営業活動が始まっている。
「まずは東南アジア。日本文化に対する親近感と、外食産業が発展していく土壌があるからです。距離的にも頻繁に行けますし、時差がなくて仕事がしやすいというのもあります」
とにかく、中村さんはよく動く人だ。
「自分自身が欲しいと思ったものを作る。自分自身が困った課題を解決する。好きなことを仕事にしていると言われることもありますが、だからこそつらいときに踏ん張りがきくんです」
もちろんそこには、冷静にマーケットを判断する中村さんならではの視点があることは間違いない。
大阪府大阪市生まれ。スポーツニッポン新聞大阪本社の新聞記者を経てFM802開局時の編成・広報・宣伝のプロデュースを手がける。92年に上京して独立、女性誌を中心にルポ、エッセイ、コラムなどを多数連載。俳優、タレント、作家、アスリート、経営者など様々な分野で活躍する著名人、のべ2000人以上のインタビュー経験をもつ。著書には女性の生き方に関するものが多い。近著は『一流の女(ひと)が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など。http://moriaya.jimdo.com/
ヒダキトモコ
写真家、日本舞台写真家協会会員。幼少期を米国ボストンで過ごす。会社員を経て写真家に転身。現在各種雑誌で表紙・グラビアを撮影中。各種舞台・音楽祭のオフィシャルカメラマン、CD/DVDジャケット写真、アーティスト写真等を担当。また企業広告、ビジネスパーソンの撮影も多数。好きなたべものはお寿司。http://hidaki.weebly.com/