起業のときは理念なんて考えられない

その後、オールアバウト、サイバーエージェントを経て、カタログ通販のEC部門を子会社化したイマージュ・ネットに移りました。今の社長の赤坂と出会ったのはそこでのことでした。彼は私より8歳年下で、実は当時は私の部下でした。誰に対してもものおじしないし、目標達成能力はズバ抜けて高いし、本当に仕事ができる子だなって思っていました。

エウレカ 共同創業者 取締役副社長COO 西川順さん

あるとき彼から「ぼく、起業しようと思ってるんですけど、西川さん、一緒にやりません?」と言われたんです。ちょうどイマージュ・ネットに3年半くらいいて、次はどうしようかなと思っていた時でした。フリーランスになるか、また別のネット企業にいくか。声をかけていただいた会社も何社かありましたが、心がときめかなくて。

そんなときに誘われたものだから、「起業したことないから、やってみたい!」と思っちゃったんですよ(笑)。赤坂となら得意、不得意を補い合えるのも一緒に仕事を何年かしてわかっていたので、最初は苦労するかもしれないけど、必ず成功するだろうと思い、5分と考えずに「やる」と答えていました。

起業当初はお金がまったくなかったので、恵比寿の端っこの安いレンタルオフィスからスタートしました。トイレは共同、壁が薄くて、隣のオフィスの人たちが電話する声が聞こえるくらい。当初はイマージュ・ネットから広告事業を請け負い、売上を立てながら、クライアントを徐々に増やしていきました。将来的に自己資金だけでBtoCのビジネスをするために、まずは会社を潰さないように、そして余剰資金を貯めねばと、に必死で働きました。

そんなとき、ある社員から「うちの経営理念は何ですか?」「ほかの会社の経営者たちは素晴らしいことを語っているのに、うちはどうなんですか?」と言われました。これは辛かったですね。

でも、「こんな小さい会社で、立ち止まったらいつ潰れるかわからないときに経営理念なんて考えていられない。それが嫌なら辞めてくれ」とはっきり言い渡したことがあります。今は経営理念の大切さは身にしみてわかりますが、当時はそんなことを考えている余裕はまったくありませんでしたね。

起業して最初の3、4年は1日も休んでないです。寝る時間もあまりなく、徹夜4日目に、エクセルで決算資料を作りながらキーボードの上に倒れこむように寝てしまって、はっと起きたら、謎の文字列がPC画面にずらっと並んでいることもありました(笑)。

アクセルを踏み込んで主力事業を作る

広告事業をひたすらやっていたところから会社が転換したのが、アプリの受託開発授業を始めた時です。

ある大手の化粧品クライアントから「iPhoneアプリ作れる?」と言われ、「作れます、作れます!」と受注したんです。今だから言えますが、実は作ったこともなく、エンジニアの多くは大学生インターンしかいなかったのですが、受注してからみんなで必死で勉強しながら作って納品しました。

そのアプリが、AppStoreのランキングの上位に入って、それを機にいろんな会社から受託案件依頼が来るようになったんです。

去年の2月まで受託開発事業も並行してやっていたんですが、それまでにスマホアプリ、Facebookアプリなど合わせて100本ほど開発しました。そのうちにエンジニアも増えていき、開発ノウハウも溜まり、自分たちでサービスが作れる環境ができていったんです。

そこで、「今が受託で得た資金をB to C事業に投資するタイミングだ」と赤坂と2人で新規事業を考え、2012年に生まれたのがpairsです。pairsより後に同様のオンラインデーティングサービスが20個くらい出てきたんですが、今は、3、4サービスしか残ってないです。pairsが成功した理由は、いくつかあるんですが、まず早い段階でアクセルを踏み込めたからだと思っています。

マッチングビジネスはいかに多くの質の良い新規会員を集めるかが重要です。いつ見てもユーザーが同じ顔ぶれだと利用したいと思いませんよね。だから新規ユーザー獲得のための広告費を、リリース直後から年間1億以上かけました。受託事業で稼いだお金をすべてつぎ込んだ感じです。でも、ベンチャーだとそこまでお金をつぎ込むのに臆するところがほとんどだと思います。このアクセルを初期から踏む判断をしたのは赤坂ですが、そのおかげで、サービスが大きくなるスピードが非常に早かったんだと思います。

フェアな評価制度にしたい

起業から1、2年は正社員は5、6名ほどで、あとはみんな大学生インターンだったのが、正社員数が15人、30人、50人、80人と増え、今年は150人くらいになる予定です。人数が増えると大変なのがマネジメントですね。

会社が小さいときは学生メインで、若くて独身ばかりで、「いくぞ!」「おー!」でよかったのが、それでは通用しない規模になってきました。これから結婚する人、既婚者で子どものいる人、いろんなライフステージの社員がいます。なので、人事制度や評価制度も、今の会社の規模にあったものに作り変えているところです。

「フェアな評価制度」は起業当初から私がずっとこだわり続けていることです。かつての外資ベンチャーでは、「あなたの給料はこの評価に対してこれです。異論はありますか」と細かくフィードバックしてくれ、「ここは頑張ったはずだから、もっと給料を上げてください」と交渉できました。それに対して、上司が「OK」ということもあれば、「自己評価はそうかもしれないけど、会社からの評価は違う、何故ならば……」という説明をきちんとしてくれていました。給与交渉ができるのはもちろん、どのように評価され、自己評価との乖離がどこなのかをフィードバックしてもらえると成長できるので、エウレカでもかなり細かいフィードバックを3ヶ月に1度行っています。

また、昔働いていたある会社で、私がマネージャーをしていた部署の業績はいいのに会社全体はよくないということがありました。私のメンバーの査定をする際、役員に「メンバーの給料が上がらないのは会社が赤字だから理解できます。でも他部署がずっと目標未達成な中、うちの部署だけずっと120%達成を続けているので、せめてメンバーを褒めてもらえませんか」と頼みました。ところが「褒めたって1円も給料上がらないんだから意味ないでしょ」と言われて。悔しかったですね。人はお金だけが目的で働くわけではないので。

でも、このときの経験が、今、評価制度や人事制度を考えるときの基本になっているので、この悔しい経験があってよかったなと。

エウレカは2015年にアメリカのIACグループ傘下に入りました。NASDAQ上場企業で、pairsとシナジーがあるTinder、Match、OKCupidなどの数多くのオンラインデーティングサービスを北米とヨーロッパで展開していて、Vimeo、Ask、 About.comなどの有名サービスも保有しています。赤坂とずっと、「より会社を成長させるにはどうすればいいか、上場するべきなのか」というのをここ数年議論していたんですが、上場で生じる大変さよりも、私たちは事業そのものに時間を使いたいよねとなって、ちょうどアジアマーケットに弱いIACとの間で相思相愛の形で話がまとまりました。

西川さんの仕事道具:アップルウォッチ

起業したときから海外で通用するサービスを作ることを目指していたので、彼らが20年間やってきたノウハウをもらいながら、今後は日本だけでなくアジアを攻めていきたいと思っています。

今は優秀なメンバーが本当に増えたので、私はもう、事業の現場には口出しをしてないんです。寝ないで自分で何もかもやっていた起業当初が嘘みたいです(笑)。

でもやっぱり事業が好きだから、もう一回、新規事業をやりたいなあとも思いますね。

●西川さんのキャリア年表

1998年 ブルームバーグの翻訳チームインターン
1999年 出版社に入り、雑誌取材記者に
2000年 外資系IT企業に転職
2004年 オールアバウトでWEBプロデューサー
2005年 サイバーエージェントにてWEBプロデューサー
2006年 イマージュネットにてECサイト運営、新規事業立ち上げ
2009年 エウレカを創業。取締役副社長COOに就任