KDDIで女性初の役員に就任した最勝寺さんのキャリアには、何かと“女性初”がついて回る。人生のピークとどん底にはわが子の誕生が関わっていた。保育園から電話がかかるたび、ビクッとしたと言うが……。
人生のピークとどん底
そして最勝寺さんが「会社人生最大の失敗」と語るのは、こんなエピソードだ。
「社長に同行して海外でのIR活動に出かけたときのことです。2週間海外を回った後の帰国日の朝、寝坊してしまったんです!」
前夜、ホテルの部屋で用意周到に目覚まし時計を3つもセットしておいたのに、コーディネーターからの「もう出発の時刻ですよ」という電話に驚いて起きたときは、アラームはすべて止まっていた。
「止めた記憶がまったくないんですよ」
疲れと安堵(あんど)の仕業だろう。
15分で身支度を整えて部屋を飛び出した。ロビーで待たせた社長から叱られはしなかったが、キャリアの中で一番肝を冷やした瞬間だった。
「社長の寛大さに救われました。後に『そのくらいの失敗があったほうが人間味を感じていいよ』と笑ってくれていましたね」
つまずきながらも概して順調にキャリアを積んできた最勝寺さんだが、プライベートも絡めると子どもが生まれてから人生のピークとどん底を経験する。
「娘が生まれたときモチベーションがすごくわいてきたんです。育児休業は取っていましたが、その間に情報収集したり、どうやって仕事に復帰しようかとわくわくしていました」
通信業界では毎日新しいサービスが生まれる。今ならインターネットでその様子を知ることができるが、当時はそれがかなわない時代。最勝寺さんは職場の後輩に封筒と切手、手間賃を渡して、会社が打ち出す新サービスのリリースや業界動向などをコピーして送ってもらっていた。
人生のどん底は仕事と子育ての両立時代にやってくる。
「経営管理部に外線電話が鳴るのは珍しくて、たいてい保育園からでした」
子どもが熱を出したので迎えに来てほしいという電話。最勝寺さんは部署のみんなに迷惑をかけることを謝って退社し、保育園に急行した。担当の先生に抱きかかえられているわが子は母の姿を見つけると、真っ赤な顔をもっと真っ赤にして泣きながら手を伸ばす。
「さっきまで、なんで熱なんか出すんだろうとか、仕事の途中で呼び出されるのは困るな……とか思っていた自分が本当に嫌になって、子どもを抱きかかえると涙がボロボロこぼれました」
その後、離婚したときは仕事が手につかないほどの精神状態になったこともあった。けれど子どもが手を離れ、思う存分仕事に力を注げる今、役員にふさわしい心持ちを大事にする。
「当社の社是にある『心を高める』という言葉が好きです。自分の背筋が伸びる気持ちがしますし、周りを思いやる意識が強くなるんですよ」
■Q&A
■好きなことば
心を高める
■趣味
推理ドラマの観賞
■ストレス発散
3日悩んで忘れる。ポジティブシンキングで良かったこと探しをすると、どん底と思っていたこともそうではないことに気づく。
■愛読書
『稲盛和夫の実学』
KDDI理事 コーポレート統括本部 経営管理本部 副本部長。
1964年千葉県出身。87年同志社大学文学部卒業後、出版社勤務を経て88年第二電電(現・KDDI)入社。経営管理部、IR室長、財務・経理部長などを経て、2014年理事に就任。