バレンタインデーに向けて、全国のチョコレート売り場がにぎわう2月。「チョコレートって、1年分のほとんどが2月に売られているのでは?」と思ったことはありませんか。神戸の製菓会社、モロゾフの有価証券報告書の四半期情報をもとに、季節変動がある事業の読み解き方を学びます。

なぜバレンタインにチョコレートを贈るのか

バレンタインデーといえば、女性が思いを寄せる男性にチョコレートを贈る日。1月下旬ともなれば百貨店はバレンタインデーのキャンペーンを始め、どのチョコレート売り場も女性客で賑わいます。今では意中の男性に贈る本命チョコだけでなく、同僚や上司に贈る義理チョコや友人に贈る「友チョコ」、自分への「ご褒美チョコ」まで普及し、全国の女性が盛り上がる一大イベントとなりました。

ところで、バレンタインデーに贈るものは、なぜチョコレートなのでしょうか。そもそもバレンタインデーの起源は、結婚を禁じられていた若者たちを密かに結婚させた聖バレンタインが処刑されたことに由来し、キリスト教徒の間で恋人の日として広まったのが始まりです。チョコレートとは何の関係もありません。欧米では恋人同士や家族間でカードや花束、お菓子などを贈り合います。

バレンタインに女性から男性にチョコレートを贈るのは日本の風潮です。そのおかげで、今度は男性が女性にお返しを贈るホワイトデーまで誕生しましたが、これも日本独自の文化です。近年では日本と同じスタイルのバレンタインデー、ホワイトデーが、中国・台湾・韓国などにも広がっています。

バレンタインデーを前にして、驚くほどの数のチョコレートが売れていきます。バレンタイン時期とそれ以外では、売上にどのくらい違いがあるのでしょうか。

実は、バレンタインにチョコレートを贈る風習が定着したのは、日本の製菓会社の戦略によるものでした。モロゾフやメリーチョコレート、森永製菓などが「バレンタインにはチョコを!」と度重なる宣伝をした結果、1970年代から定着し始めたのです。そして製菓会社がバレンタインチョコの普及にそこまで力を注いだのには切実な事情があったのです。

今回は、1932年に日本で初めてのバレンタインのチョコレートを発売し、さらに1936年には日本初のバレンタイン広告を出したとされるモロゾフについて見ていくこととします。

お菓子は薄利多売のビジネスモデル

モロゾフは1931年に創業された老舗の洋菓子メーカー。プリンやチーズケーキなどの販売店としても有名ですが、元々はロシア人一家が神戸で経営していたチョコレート店であり、創業者のフェードル・モロゾフは、日本に初めて高級チョコレートを紹介した人物と言われています。後にモロゾフ一家は経営陣と対立し、新たにコスモポリタン製菓を設立することとなりますが、モロゾフは今もチョコレートの品ぞろえが豊富な洋菓子メーカーとして続いています。

そんなモロゾフの2015年1月期の有価証券報告書を見てみると、売上高は277億円、当期純利益は4億円です。売上の規模はそれなりに大きいのですが、当期純利益率は1.5%しかありません。2014年に経済産業省が発表した全国における当期純利益率の平均は2.9%ですので、利益率は低めと言えます。

有価証券報告書の【主要な経営指標等の推移】で過去5期分の業績推移を見ても売上高は260億~270億円台の間で安定している一方、当期純利益率はほぼ1%台で推移していることが分かります。

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モロゾフ 売上高および純利益率の推移

お手頃な価格帯の商品が多いということもあり、モロゾフの洋菓子の原価率は約54%です。そして人件費や設備関連費、荷造運賃、広告宣伝費といった販売管理費は売上の44%程度に上り、近年は営業利益率2%台が続いています。そこから法人税などを加味すると当期純利益率は必然的に1%台となるのです。

決して利幅が大きいビジネスではないのですが、会社は洋菓子を大量に売ることで利益の額そのものを増やしています。ただ売上を伸ばしたいというのはどの会社も同じですが、モロゾフの決算数値を見ていくと、その業界ならでは事情がくみ取れます。過去に製菓会社がバレンタインチョコの文化をつくるにまで至った理由を探すため、今度は四半期情報を見てきましょう。

夏場の赤字を冬場で埋める!

有価証券報告書では年度の決算情報が開示されていますが、四半期ごとの売上高や純利益といった主な経営指標も参考程度に載っており、業績の季節変動を知るのに役立ちます。

ここで、四半期とは年を4等分した、3カ月の期間を差します。3月決算企業の場合、4月から6月までの3カ月間が第1四半期、7月から9月までが第2四半期、1月から12月までが第3四半期、1月から3月までが第4四半期となります。

四半期情報などは有価証券報告書の「第5【経理の状況】(3)その他」で開示されているのですが、それをもとに過去4期分の四半期ごとの売上高及び純利益のグラフを作成すると図のようになります。

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【上】モロゾフ 売上高の季節変動、【下】モロゾフ 純利益の季節変動

モロゾフは、通年でこそ1%台の当期純利益を出しているものの、毎年の傾向として売上の比較的少ない第2四半期(5~7月)と第3四半期(8~10月)の半年間は赤字だということが分かります。その赤字を売上の多い第1四半期(2~4月)と第4四半期(11~1月)がカバーしているのです。

赤字の原因は、売上が少ないからです。先ほど見てきたように、人件費や設備関連費といった固定費を含む販売管理費は通年の売上高の44%ほどかかります。売上が少ないとそれを賄えなくなってしまうのです。

売上の内訳について考えてみましょう。モロゾフの第4四半期の売上が最も多いのは、クリスマスケーキやお歳暮など、さらにはバレンタインチョコが1月下旬から売れ始めることによる影響だと考えられます。第1四半期の売上が多いのは、言うまでもなくバレンタインデーとホワイトデーがあるからでしょう。

また、全国菓子工業組合連合会(全菓連)によるWebサイト「お菓子何でも情報館」では、お菓子の種類別、月別支出金額に関する家計調査の結果がまとめられています。こちらを見ても、1年でもっともケーキが買われるのはダントツで12月、同様にチョコレートが買われるのは2月であることが分かります。業界によっては、売上の季節変動がこれほどまで大きいことがあり得るのです。

季節変動の大きい事業会社は通年で捉える

今も昔もモロゾフの主力商品であるチョコレートは、その特質上、夏にはさほど売れません。となると冬に売るしかありません。そこで、その昔、売り時を新たに生み出すべく、バレンタインデーにチョコレートを仕掛けたのだと考えられます。

チョコレート以外にもケーキやプリンなどを販売している現在のモロゾフは、冬~春の商戦でできるだけ黒字を出すことで、夏~秋の赤字を上回るようにするという事業方針を取っていると予想されます。冬~春の商戦は、クリスマス、お歳暮、バレンタインデー、ホワイトデーと続きますが、クリスマスシーズンに次ぐ売り時であると思われるバレンタインデー、ホワイトデーシーズンを逃したら、通年で赤字に転落してもおかしくないでしょう。ひいては存続も危ぶまれる事態となるかもしれません。

もしこれがチョコレートだけを売るメーカーやお店であれば、多くの場合2月が大幅な黒字で、それ以外はほとんど赤字だと筆者は推測します。製菓会社が必死になったバレンタインチョコを広めたのには切実な業績背景があり、バレンタインデーとその返礼となるホワイトデーは、チョコレートメーカーをはじめとした製菓業界の年間売上を支えるための一大イベントだったのです。

以上、今回は製菓会社モロゾフについて見てきました。企業の決算情報については四半期報告書なども出ていますが、季節変動の激しい会社については四半期の業績ではなく、通年ベースで捉えることが大切です。四半期では赤字でも一年を通してみれば黒字ということもあり、短期的な業績では会社の事業を評価することができないのです。そういう意味でも有価証券報告書こそ最も有用な企業情報だと言えるのです。

秦 美佐子(はた・みさこ)
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。