毎月一定額を積み立てる百貨店の「友の会」。満期になるとボーナス分が上乗せされ、その百貨店で使える商品券やプリペイド式のカードの形で受け取れるという仕組みです。三越伊勢丹ホールディングスの損益計算書を基に驚きの高利回りの秘密に迫ります。
誰でも安全に超高利回りの資産運用ができる
12月は多くの小売業にとって一番の稼ぎ時です。冬のボーナスが支給されるのに加えて、「クリスマス」というお金のかかるイベントがあり、財布の紐も緩みがちです。プレゼントとして贈られる宝飾品やブランド品のバッグ、玩具などをはじめ、コートやファーといった単価の高い服飾品が飛ぶように売れます。またパーティーなどの集まりで飲食売上も増えますので、モノを売るお店も飲食店もクリスマス商戦と称して、機を逸さないよう躍起になります。
中でも百貨店はその力の入れ方が一際目立ちます。そこここに豪華なツリーを飾り立て、クリスマスを感じさせるさまざまなアイテムや装飾で売り場をにぎわせます。これらの百貨店が売っているのは、単なるモノだけではありません。年利15%もの超高利回り金融商品がひそかに売り出されているのです。
今のご時世、銀行にお金を預けても利率は0.2%程度に過ぎません。ところが百貨店の運営する「友の会」に加入すれば、実はその80倍にも上る高金利でかつ安全な資金運用ができます。業界最大手で三越と伊勢丹を傘下におさめている三越伊勢丹ホールディングス(以下、三越伊勢丹とする)を例にしましょう。
三越伊勢丹の場合、友の会で12カ月の積み立てコースに入会すれば、満期時に1カ月分のボーナスがプラスされた形で13カ月分のお買い物カードが届けられます。例えば毎月1万円を12カ月にわたって払い込んだ場合、1年後には13万円分の商品が購入できるというわけです。
12万円が1年後には1万円増えて13万円分になりますので、(1万円÷12万円)として、年間利回りは8.3%と計算しそうになりますが、じっくり考えてみましょう。
友の会は毎月1万円ずつ積み立てるため、1カ月目の1万円は1年間、12カ月目の1万円は1カ月だけの運用となります。預かり期間の累計78カ月を12カ月で割って平均を出すと、78÷12で6.5カ月となるため、1万円のボーナスがもらえる満期までの平均預入額が6万5000円相当額ということが分かります。つまり(1万円÷6万5000円)で、年間利回りは約15.38%ということになります。
途中解約するとボーナスはもらえませんが、全額返金されるため元本割れの心配はありません。百貨店が存続していける限り、カードを使っていつまでも買い物ができます。株式投資等で年間15%もの利回りを出すのは困難ですが、百貨店の友の会に入会すれば、それがいとも簡単に達成できるのです。
このように、百貨店をよく利用する消費者にとっては恩恵の大きい友の会ですが、運用主体である百貨店にはどんなメリットがあるのでしょうか。友の会を運営するだけで経費がかかりますし、何より15%もの年利を支払ってもきちんともうけることができるのでしょうか。今回は三越伊勢丹の決算情報をもとに、友の会の仕組みに迫ります。
高利回りで会員募集できる百貨店業界の懐事情
まずは三越伊勢丹の業績を見てみましょう。2015年3月期の連結損益計算書によれば、売上高は1兆2722億円と大規模です。それもそのはず、三越伊勢丹は百貨店業界売上ランキング第1位(2014年3月決算より)。日本一の売上を誇る伊勢丹新宿店を有するだけのことはあります。ところが営業活動でのもうけを示す営業利益は330億円で、営業利益率は2.6%です。経済産業省の発表した2013年度の全国平均は3.4%ですので、比べると三越伊勢丹の利益率は低いと言えます。これは単年度だけたまたま低かったのでしょうか?
過去の連結損益計算書をもとに作成した5年分の売上高及び当期純利益率の推移表は、図のようになります。
5年という中期で見た場合、売上高の微増に伴って、2011年に1%に満たなかった営業利益率は2015年には2.6%となり、改善されてきたことが分かります。ただ、前述したように全国平均と比べると低いです。百貨店業界は、一般的に利益率が低いと言われますが、この利益率だと1万円の商品を売ったとしても、営業コストを差し引いたもうけが260円しかないということになります。そこからさらに利息や法人税などを支払っていく必要があるため、会員が年利15%も得するような制度を運営するだけの体力があるのだろうかという疑問が浮かびます。
また、三越伊勢丹は銀行から借り入れをしていますが、【連結附属明細表】によれば、短期借入金の金利は0.44%、長期借入金でも0.82%です。いずれも1%未満で、非常に低い金利で資金調達できていることが分かります。それにも関わらず、会社は友の会の会員に高金利を支払っているのです。しかも、収益を圧迫する友の会の制度を廃止するどころか、むしろ友の会への加入を推し進めています。なぜこのようなことができるのでしょうか。
営業コストと粗利の関係
友の会の謎を解く上で、ポイントとなるのが粗利です。粗利を考えるためには、まずは営業コストの構造を理解する必要があります。
営業コストは、「売上原価」と「販売費及び一般管理費」(以下、販管費とする)に分けられます。基本的に、売上原価は商品の原価を指し、売上に連動して発生する変動費です。これに対して、販管費は人件費や地代家賃といった設備関連費、経費などから構成され、売上とは関係なく発生する固定費です。先ほど百貨店業界は一般的に利益率が低いと書きましたが、それは「良い立地に店舗を構え、高級感あるしつらえの中、丁寧な接客を行う」という業界の特性によるところも大きいと考えられます。
そして、売上高から変動費と固定費を含めた営業コストを差し引いたものが営業利益であるのに対し、変動費部分の売上原価のみを差し引いたものは粗利と言われています。
ある商品をいくらで売るかを決める際、粗利が重要な役割を果たします。粗利が出なければ売れば売るほど損ということになりますが、粗利が出ていれば売ることで固定費を少しでも賄うことができるため、売っても損にはなりません。
さて、粗利は決算書上、「売上総利益」という科目で表示されますが、2015年3月期の三越伊勢丹の売上総利益は、3554億円となっています。そのため、(売上総利益÷売上高)で計算される粗利率は27.9%となります。
ここで、友の会で月々1万円の積み立てコースに加入した場合、百貨店側は12万円の積み立てに対して13万円分の買い物カードを付与しますので、13万円の商品に対して1万円サービスするということで(1万円÷13万円)で実質7.7%の値引きとなります。
商品の元々の粗利率が27.9%だとすると、7.7%値引かれた後の粗利率は20.2%となります。もちろん、粗利率は高ければ高いほどいいのですが、低くなってもその分多くの商品が売れることによって固定費をカバーできれば問題はありません。利益率が低くなっても、固定客を作って数多くリピートしてもらうことで、利益の額が伸びることだってあるのです。
WIN-WIN関係をもたらす友の会
例えば表のケース1とケース2で考えてみましょう。ケース1は売上高100億円、粗利率27.9%で、粗利は27.9億円になります。一方、ケースに2は売上高138億円、粗利率20.2%で、粗利は27.9億円になります。ケース2の粗利率はケース1より7.7%低いですが、売上を多く計上しているため、粗利ではケース1と同額の結果となっています。138億円以上の売上を上げられれば、粗利はケース2のほうが多くなるのです。
以上から、友の会は会員側にとっては年利15%と非常に高いのですが、百貨店側からすれば実質7.7%の値引きであり、粗利をきちんと確保できる水準であることが分かりました。また、友の会をつくることで固定客を増やし、売上の増加を図ることで利益の額を増やすことも可能だということも考えられます。友の会は加入者だけでなく、運営元にもメリットのある、WIN-WINの関係をもたらす賢い仕組みだったのです。
このように、友の会の謎は損益計算書から解くことができました。そして友の会に限らず、どんなビジネスの仕組みも決算書で明らかになります。これを機に、会計リテラシーを高めることを新年の目標の1つに入れてみてはいかがでしょうか。それでは良いお年をお過ごしください。
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。