営業は“押し”が強いだけでは会話が成り立つどころか、信頼や人望を得ることはできません。今回は、言葉ではない非言語の営業スキル、「聞く」技術の話です。

「デキる営業パーソン」と聞くと、滑らかな「営業トーク」を思い浮かべる人もいるでしょう。十分なエビデンスに裏打ちされた、相手のメリットが盛り込まれた営業資料を、(1)クリアで良く伝わる発音、(2)十分なアイコンタクト、(3)必要に応じた笑顔、この3つの表現力で、理路整然と説明できること。伝える技術は営業として、交渉を成功に導くために不可欠なものです。

しかし今回はあえて、「聞く」という表現に注目してほしいのです。営業にとって「聞く」ということは、相手のニーズを知るのに重要な仕事です。実際に相手のホンネをどこまで聞けたかが、交渉の明暗を分けることがあります。

相手のホンネを聞き出せているか?

車の営業経験が3年目になる、Nさん(28歳・男性)の失敗例を紹介します。Nさんは、最近2度続けて営業先で失敗をしました。

一つ目の失敗はこうでした。新しい小型のベンツを、自営業を営むA社長に薦めた時の営業トークです。「Aさんぐらいに業績が伸びている会社の社長さんは、これぐらいの車には乗っていただきたい」

ところがA社長は、「確かに仕事は順調だし、今後も着々と業績を伸ばしていけると思う。しかし、国産車にしか乗らない主義だから」と断りました。地方から出て来て創業したA社長としては、自分が質実剛健に暮らしていることを常に社員に見せてきました。高級なスーツが着られる収入があっても、会社では常に作業服を着ていることが彼の姿勢でもあったのです。

そこへ「Aさんぐらいの方ならば」と言われても、話がまとまらなかったのは当然のこと。何かを提案する時に、相手の哲学や美意識が分かっていなければ、相手は気を悪くして、営業する側も時間の無駄に終わってしまいます。

Nさんのもう一つの失敗例はこうです。「この車はエコカーで燃費がいいし、環境に優しくエコカー減税がある」と営業した相手から、「いや、車には自由にお金を使いたいと思っているよ。今乗っている大型のベンツが一番合っている」と瞬時に断られたというもの。形は違っても“相手のニーズと価値観の無視”の結果である点では同じです。

そこで彼は、何を直せば営業活動がうまくいくのか解決しようと、私の研修セミナーに参加したのです。

信頼感を獲得する「積極的傾聴技法」

さて、Nさんは2人のクライアントにどのように接すれば良かったのでしょうか?

ここで是非覚えてもらいたいのが、「積極的傾聴技法」(active listening)です。相手のニーズをつかみ、ミスマッチを未然に防ぎ、信頼感を獲得するのがこの技法の目的です。

具体的な傾聴法として、「SOLER原則」を参考にしましょう。これはアメリカの営業研修から誕生したものです。営業スキルとしてだけではなく、医療現場で医師が患者の話を聞く場合や、カウンセリングの臨床現場などでも不可欠で、私の非言語表現重視プレゼン研修でも常にメインとして伝えている考え方です。営業で成果を上げる場合に、この原則を理解しておくと役に立ちます。

お客様の欲求を満たす最強の伝える力非言語編

「SOLER原則」とは、図の5つの原則の頭文字をつなげたもの。簡単に言うと、相手にしっかりと向き合い、心を開いて背筋を相手側に傾け、アイコンタクトを保って、リラックスした雰囲気で話を聞くことです。

このように傾聴できると、相手は「自分の話をよく聞いて、理解してくれる人」とあなたに対して信頼と満足の感情を抱きます。アメリカの心理学者A.マズロウは、人間には「自己実現欲求」があり、その条件欲求が「自己表現欲求」であることを最初に指摘した人物です。簡単に言えば、自分の言葉をよく聞いてくれる相手の存在によって、自分の自己表現欲求が満たされ、それによって目の前の相手の言い分もまた、よく聞いてあげよう、と感じるしくみです。

信頼は「聞く力」で積み重ねる

これは自己表現の「好意の返報性」とも呼ばれる特徴です。人は「自分の話をよく聞いてくれる相手の話を聞こう」と思うのです。そのような“気分”をまずクライアントに持ってもらうこと。そのためにあなたは自分の営業トークをいったん封印して、相手の話にSOLER原則でしっかりと耳を傾けてください。

次に相手が話したがっている(と思われる)ことについて、質問を投げかけてください。例えば、アイコンタクトの減少や視線のうろつきで、何か決断を迷っていることが先方から読み取れたら「この企画を採用する場合の御社のネックはなんでしょうか? なんでもおっしゃってください」とソフトな口調で言う、という調子です。

傾聴の仕上げは、私の研修で「情動のダンス」と呼んでいるものです。心理学では何かの行動を起こす感情を「情動」と呼びます。ここから相手の質問を一緒に解決するという流れに持ち込みます。コストを下げる、あるいは納期を短縮するためにはどうするかなど、問題解決に向けて一緒に考え始めたら、情動のダンスが始まっています。つまり「情動のダンス」とは、相手と気持ちを合わせて解決策を一緒に考える、という行動のことです。相手の動きに合わせてステップを踏むダンスと同じことなのです。

最終的には、相手がこの交渉に対して、「Win-Win」の感触をもって終わること。「言い負かされた」「うまく乗せられた」「相手のペースで仕切られた」といった心証を残すと、次の取引につながりません。

一方的に成果を勝ち取ろう、自分の主張だけ押し通して勝つことを目指す営業は、良い人間関係が築けません。まずは傾聴で先方を十分に理解し、信頼を得ることで交渉のべースを築いてください。

佐藤綾子 パフォーマンス心理学博士

常に女性の生き方を照らし、希望と悩みを共に分かち合って走る日本カウンセリング学会認定スーパーバイザーカウンセラー。日本大学芸術学部教授。「自分を伝える自己表現」をテーマにした単行本は180冊以上。新刊『30日間で生まれ変わる! アドラー流心のダイエット』(集英社刊)は9月4日発売。