少子化は多くの先進国で共通する悩みだが、中でも際だって出生率が低いのが日本とドイツ。ドイツで働く女性達はどう考えているのか、ベルリンで現状について聞いてみた。

日本とドイツの共通点と聞くと、何を思い浮かべるだろうか。ともに第二次世界大戦の敗戦国で、自動車などの製造業を伝統産業に持ち、真面目で勤勉と言われることの多い国民性……といったところが挙がりそうだが、それだけではない。共に少子化に悩んでおり、出産後の女性の就労形態がパートタイムにシフトすることが多く、会社で働き続けることが難しいという傾向も似ているのだ。ドイツの首都ベルリンで、働く女性たちに話を聞いてみた。

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ベルリンに住むナターシャとその家族

望んでパートタイムになる母親たち

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フランス人で今はドイツで暮らすナターシャと、息子のディラン

フランス人のナターシャは5年前、ドイツで、ドイツ人パートナーと共に子供向けのヘルシーなお菓子や飲料を製造するメーカー「Erdbar」を立ち上げた。会社が軌道に乗り、やっと人を雇えるようになった時のことだ。自分自身が最初の子供を出産したばかりだったこともあり、雇用するなら、子どもを育てている母親を社員として雇いたいと考えた。ドイツの女性が出産後パートタイムになることが多いのは知っていたが、それは仕事が見つからないからだろうと思っていたからだ。

だがその後、ナターシャは意外なことに気付くことになる。「母親たちは職を得ても、『家族のため』といって辞めていきました。これまで私たちの会社を辞めていったのはすべて母親なんです」。フランスでは出産してもすぐにフルタイムの仕事に復帰するのが当たり前だ。ドイツの母親の仕事への姿勢は、ナターシャにはちょっとしたカルチャーショックだった。「これまでドイツの女性が出産後にキャリアを捨ててパートタイムになるのは、政府や男性の上司が原因だと思っていました。でも、少なくとも私たちの経験ではそうではない。母親自らがフルタイムでの勤務を選んでいないようです」と、ナターシャは語ってくれた。

実際、欧州の大国であるドイツは、北の境界を接するデンマークやポーランド、西のフランスなどの隣国と比べると、専業主婦あるいはパートタイム勤務の母親が多いようだ。ドイツ国内でも、ミュンヘン、フランクフルトなどの都市を含む旧西ドイツ地域では、3歳以下の子供を託児所などの施設に預ける比率は3割を下回っている。筆者が知るあるドイツ人は、3人の男の子の母でフランスでドイツ語を教える教師だったが、フランスからドイツに移ることになった際、「ドイツで『働く母親』をするのは難しい」とぼやいていたのを思い出す。これはなぜなのだろうか?

完璧主義が両立を難しくしているのでは

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ベルリンでメディアコンサルティング会社を営むカティアは、4歳と2歳の女の子を育てている。

「完璧主義」という言葉で分析してくれたのは、カティアだ。「母としても完璧に、仕事も完璧にと思うから(働く母は)こなせない」と話す。自分自身に完璧を求める背景には、社会のプレッシャーもある。親戚や周囲から母として完璧であることを求められ、会社に行けば正社員として完璧な仕事を求められる――というのがカティアの意見だ。

カティアはベルリンでメディアコンサル事務所を設立したが、生まれも育ちもドイツ南部。20代は保守的といわれるミュンヘンで過ごした。ベルリンの壁崩壊後に実現した1990年の再統一まで東と西に分断されていたドイツでは、地域によって家族観、仕事観が異なる。共産主義だった東ドイツでは、女性は出産後すぐに職場に復帰するのが当たり前で、そのためのインフラもきちんと整備されていた。4歳と2歳の女の子を持つカティアにとって、東ドイツの文化を半分持つベルリンは子育てと仕事が両立しやすい都市だ。しかし「ミュンヘンでは“3歳まで自宅で保育”が主流」なので、託児所そのものが少ない。多くの女性は仕事を離れて3年後に戻るが、フルタイムで働くことはありえないというのがミュンヘンの子育て観だという。需要の問題なのか、最近出産したカティアのミュンヘンに住む友人も、乳児向けの保育施設がなくて困っているそうだ。

カティア自身はどうやってキャリアを築き、維持してきたのか。弁護士としてスタートした後、米国系のコンサルティンググループへ、その後大手メディア会社に転職し、その後起業した。独立した2年後に妊娠が分かったが、妊婦姿をクライアントに見せることはなかった。「ビジネスパートナーとして真剣にとってくれないと思った」とカティアは理由を説明する。出産から3カ月で復帰したが、折しも市場状況は芳しくなく、周囲の目もワーキングマザーをビジネスプロフェッショナルとして扱ってくれないと悩んだ。「とても難しい時期だった」と振り返る。「子供がいても、プロとして仕事ができることを実証していくしかなかった」。

風当たりを感じたのはビジネスだけではない。同じ母親同士でも感じた。「自分に完璧に、自分に厳しくしようとすると他人にも厳しくなる。母親同士が戦っている」とカティアは形容する。「子供が小さいときは母親は家にいるべき」という批判的な意見を聞きたくないという理由で、カティアは同じように働く母親を集め、”野心を持って働く母親”の集まりをつくった。週に1度集まり、お互いの悩みを聞き、情報を交換し、励ましあった。

このような経験があったためか、その2年後に2人目を妊娠した時は楽だった。仕事では実績があり、会社も好調、母親としての自分にも多少の自信があった。現在、5時にオフィスを出て子供が寝る10時までは家族との時間。その後、仕事に戻る。効率よくニュースを読んだりメールをチェックできる、スマートフォンやタブレットなどの技術を最大限活用しているという。社員に対しても成果主義で接している。労働時間の長さではなく、労働時間が短くても仕事で成果を出していれば文句は言わない。

もちろん、パートナーの協力は不可欠だ。家事を半々というのはまだまだ現実的ではない。だが「7日のうち3日でも皿洗いをしてくれれば、それでもいいかもと思うようになった」という。パートナーとは、仕事、家事、育児すべての責任が重複しているからこそ安心ができると話しているという。1人目が4歳になった現在、”野心を持って働く母親”のグループは自然解散した。「みんな、働く母として自分たちの生き方を見つけたんだと思う」(カティア)

自宅保育の母親に手当て――日本を下回る出生率

ドイツでは7月半ば、ちょっとした変化があった。自宅で育児する母親への手当てが無効となったのだ。この法律はミュンヘンのあるバイエルン州のキリスト教社会同盟(Christian Social Union)の提案で、1歳から3歳の子供を託児所などの保育施設に預けずに自宅で育児する母親に月100~150ユーロを支給するというものだった(編注:2015年11月現在、1ユーロ=約132円)。この法案に反対する人たちからは「母親の就労意識を下げ、不平等を拡大させている」という批判があったという。また、現金支給よりも根本の問題である保育施設不足を解消すべきだという声も多かったようだ。

手当ては2013年8月より実施され、支給率は73%。1~3歳の子供を持つ母親10人中、7人以上が受け取ったことになる。子供の人数にして46万人。連邦統計局によると、受給した人の多くが旧西ドイツに住む人たちだという。受給期間にもばらつきがあり、旧西ドイツのバイエルンでは平均20.6カ月分を受給したのに対し、旧東ドイツのチューリンゲンでは13.3カ月分だった。

だが、このような取り組みもむなしく、ドイツの少子化は進行中だ。5月にハンブルグ経済研究所が発表したデータによると、ドイツの出生率(人口1000人あたりの出生数)は8.2人。これはフランスの12.7人はもちろん、日本の8.4人をも下回る。ドイツは移民大国でもあるが、移民に対する反対勢力もある。少子化が続くと労働コストが跳ね上がるという専門家の予想も出ており、現在のような経済的地位を維持するのは難しいだろうという意見もあるようだ。

一方、”外国人”であるナターシャは上述のような現金支給など、子供に対する政策は自国のフランスよりも手厚いと感じている。「ベルリンでは、子供が3歳を越えると、補助金を受けられる保育施設がフランスより多いと感じる」とナターシャ。ベビーシッターも全額ではないが税額控除の対象だ。そして、妊婦の解雇、出産後に復帰を希望する女性社員の解雇も法で固く禁じられている。

子供は産まない、起業に賭ける

「子供は産まないと決めている」

そう語ってくれたのは、アンナだ。Mon Blanc(モンブラン)など高級ブランド企業でプロダクトデザインやブランドマネジメントを手がけた後、Webサイトで商品やオブジェクトを360度表示できる高度なイメージ技術を持つ企業 Fast Forward Imagingを立ち上げた。

起業家のアンナは、投資家たちにも「子どもは産まない」と説明しているという。

現在、30代後半。「ずっと起業したいと思って、いくつかの挑戦の末に立ち上げたのが今の会社。何度か失敗したが、今度こそうまくいきそうだ」と目を輝かせて話す。女性であることが起業にとってデメリットだと感じたことは数えるぐらいしかない。「いい意味で注目されるし、覚えてもらえる」と前向きだ。子供は起業するずっと前から持たないと決めており、投資家にも最初から子供は持たないと説明しているという。

同世代の友人の中には、同じように子供を持たないと決めている人もいるし、出産後、子供との時間を過ごそうとキャリアを捨ててパートタイマーになった人もいる。「子育てとは何かを考えた時、自分以外のもう一人の人間に責任を持つということは自分にはできないと思った。いま仕事でたくさんの責任を背負っていて、時間も注いでいる。私は起業家を選んだ。自分で自分の人生を開拓している」――アンナの爽やかな笑顔と軽い口どりの背後に、固い決意を感じた。

会社は2年目で社員も増えた。オフィスで夕方まで仕事をした後は、イベントやセミナーに出かけることもあり、結局夜まで仕事をしていることがほとんどだ。実際、筆者がアンナと知り合うことができたのも、ベルリンで6月末に米Dellが開催した女性起業家イベント「Dell Women Entrepreneurs Network」に出席していたからだ。ちょうど、仕事が忙しくなるベルリンファッションウィークの直前で、アンナは手元のスマートフォンでスタッフやクライアントからの重要な連絡に対応しながらの参加だったが、世界中の女性起業家とネットワーキングし、会社を成長させるにはどうすればよいのかを考え、プレゼンの心得などのセミナーを楽しんでいた。

そんな忙しい日々を送るアンナの日課は、朝起きて必ずするというヨガだ。頭の中を空っぽにして、新しい1日を迎えるという。

ロールモデルを――政府の取り組みも多角化

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キアラ・サンタンジェロは、ドイツ連邦政府経済エネルギー省政務長官、ブリギッテ・ツィプリース氏の秘書をしている

受付を済ませて待つこと数分、モデルのような容姿の女性が迎えに来てくれた。場所はベルリン中心部にあるドイツ連邦政府経済エネルギー省。古い建物を増改築したため、階段を上ったり下りたり、廊下を何回か曲がってやっとオフィスに通された。待っていたのは、同省で政務長官を務めるブリギッテ・ツィプリース氏の秘書、キアラ・サンタンジェロ氏だ。

ツィプリース氏は1990年代後半から政治家として活躍しており、シュローダー政権時に内務省事務次官、その後の連邦法務大臣などの経験を持ち、女性の就労促進にも取り組んできた人物だ。彼の秘書を務めるキアラは「60~70年代のフェミニスト運動からだいぶ時間が経った。女性は変わったのか? 実際には、いまだに重要な決断は男性がしていることが多い。変化を見せなければならない。女性は人口の半分を占める。女性が働くことは大切だ」と話す。

そこで同省は、”Women Undertake”として学校での取り組みを開始した。ビジネスで成功した女性が学校に行き、学生を相手に成功体験を語るというものだ。ツィプリース氏自身も、ベルリンで活発になる起業トレンドを活用し、女性起業家や女性経営者を集めて1~2カ月に一度、”Founders Breakfast”として朝食会を開き、さまざまなトピックについて意見交換しているという。

「2014年、ドイツ企業の創業者の半分近くを女性が占めるに至った。このように、ビジネスとリーダーシップの全ての面で女性が躍進しているという点で、われわれの成果に喜んでいる。しかし、技術分野での女性起業家は10%程度で、まだまだ取り組む余地はある」と、キアラはツィプリース氏の意見を代弁してくれた。

男女の機会均等はドイツ政府の課題の1つとなっている。パートタイマーの2人に1人が週の労働時間を20時間以下に抑えているが、2014年のG20ブリスベンサミットで提出した「Employment Plan 2014」で、ドイツ政府は女性の労働時間の長時間化、保育施設の増設、管理職での女性の比率アップなどを取り組み事項に挙げている。

仕事は子供のある・なしに関係ない

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学生時代に出産したベアと、まだ幼い娘のカリーナ

アンナが参加していたDellの女性起業家イベントに毎年参加しているのがベアだ。現在40代後半。21歳、学生時代にカリーナを妊娠し、シングルで子供を育てた彼女は、ツィプリース氏が取り組むロールモデルの重要性に同意した。

シングルマザーの道を選んだベアの場合、働く以外の選択肢はなかったが、大変な状況を持ち前の明るさとユーモアで乗り切った。例えば外出。子供がいると制限されるが、友達と同じように外出したいという思いから、3人の母親で交互にお互いの子供の面倒を見るようにした。次に、外出しながらお金を稼ぐ方法はないかと、同世代の若い女の子のトレンドをモニターするサービスを思いつき、彼女たちがキャッチしたトレンド情報を企業に売った。

卒業後、しばらくの間はテレビ局などに勤務したが、ひらめきと実行力はその後の起業につながる。娘のカリーナが14歳になったとき、ベアは学校経営に乗り出した。自分が寝た後も仕事をしていた母親を見てきたカリーナは、やりたいことに向かって進む母親の背中を押してくれたという。

「雇用される社員であろうと、起業家であろうと、自分が到達したいことを目指して頑張る。これが自分の職業観」とベア。「子供がいる・いないは関係ない。私は両親が働くのが当たり前という環境で育ったからかもしれない。子供の時のロールモデルはとても大切だと思う」と続けた。

ベルリンのベアの自宅に遊びに行った時、カリーナは母親と一緒にご飯を作っていた。「建築家を目指して勉強中」というカリーナからは、母親譲りのポジティブさと芯の強さを感じた。

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現在、ベアは40代後半(右)。娘のカリーナ(左)は建築家を目指して勉強中だ。

ドイツの首相は女性だけれど

すっかり欧州連合(EU)の顔となったアンジェラ・メルケル首相を国のトップに持つドイツだが、女性は母親になるとキャリアを捨てるというのはある程度本当のようだった。ちなみに、メルケル首相は旧東ドイツ出身。「男のように振る舞うことで成功している」と彼女を評する人もいる。

ドイツではこのほかにも、学生時代からの付き合いである友人を含む数人の素晴らしい女性にあって話を聞くことができた。国や文化の違いを超えて、女同士共感できる話ばかりだった(ちなみに一番当てにしていたわが友人は、子供の父親と別れ、現在恋愛中。こちらの質問はそっちのけでノロケ話ばかり。それでも13歳になる子供が帰宅すると、母の顔になり、忘れ物はなかったか、などといろいろ聞いていた)。皆、プライベートとビジネスの両方で、喜びややりがいと同時に多少の悩みと不安を抱えながら、自分なりの生き方を模索している。

ドイツと日本は共に少子化に悩む国だが、細かな環境や事情はもちろん異なる。それでも、「完璧を目指すことが母親を苦しめている」という解釈には納得した。日本で子育てをする自分の経験で言うならば、例えば子供が学校に通うために用意するこまごましたモノや、何かと細かいルールが少し減るだけで、あるいはキャラ弁に代表される“愛情のこもった手作り弁当”のプレッシャーがなくなるだけで、完璧を目指してしまう、あるいは目指すことを望まれて苦しむ母親たちの神経はかなり休まるような気がするのだが……これを読む皆さんは、どう思われますか?

末岡洋子
欧州IT事情に詳しいフリーランスライター。@IT(アットマーク・アイティ)の記者を経て、フリーで活躍中。