何度も昇進を拒んできた。でも今は、自分が先頭に立って職場を変えていく、そう決心している。彼女を変えたものとは?
朝の通勤時間帯、車がひっきりなしに通る国道沿いの営業所の出入り口に、佐川急便の配送トラックが列をつくっている。
「行ってらっしゃい! 気を付けて」
冬晴れの澄んだ空気のなか、大西由希子さんは配達に向かう車両のドライバー一人ひとりに声をかける。その際、彼女は運転席の彼らとハイタッチして、車の往来が途切れるのを待つ間に必ず近況を尋ねるのだった。
「お子さんはどう?」「今度、ソフトボールの試合があるんだって?」――そんな会話を交わした後、ドライバーたちは彼女と視線を合わせ、「行ってきます」とうなずく。その様子からは、彼女がスタッフから深い信頼を得ていることが伝わってくるようだった。
「朝は荷物の準備で忙しいので、スタッフと話す時間が持てないんです。だから、あの1分間は彼らとコミュニケーションをとる大切な時間です」
全国に430の営業所を展開する佐川急便において、彼女は唯一の女性所長だ。入社は1998年。高校を卒業後に三重県のゴルフ場でキャディとして働いた後、21歳の時に地元・宮崎県延岡営業所の宅配ドライバーとなった。高校時代にソフトボール部に所属し、スポーツ関係や体を動かす仕事に就きたいと思ったのがその理由だった。
まず軽自動車による個人宅への宅配で経験を積み、法人から請け負う2tから4tトラックでの宅配業務と営業を行うようになっていった。
「最初の頃は車を降りると先輩がすでに荷物を持って走っていて、見失ってしまうくらいでした。社の雰囲気もイメージ通りの体育会系。でも、私にはその雰囲気が合っていたんです」
日々の仕事に慣れてくると、彼女は次第にこれが自分の天職だと思うようになった。
「他社より早く配達に行って、集荷も時間通りに行く。そのうちに『大西さんだから荷物を出すよ』と言ってくれるお客さまが増えていったんです。うれしかったですね」
女性ドライバーは珍しかったものの、トラックに乗ってしまえばそれを意識することはほとんどなかった。なにより幼い頃から勝手知ったる延岡の町だ。
「あんた若いのに頑張るねェ。こんなに働いているといいことあるよ」
顔なじみとなったお客さんからそんな声をもらいながらの日々は、彼女にとって居心地の良いものだった。
後輩のために、道を切り開こう
そんな大西さんに転機が訪れたのは、入社10年目を迎えたときのことだ。福岡営業所への係長としての異動・昇進を上司から打診されたのである。
「最初は自分には無理だと思って断っていたんです」と彼女は振り返る。
営業所の係長には、店で働くドライバーの小グループをまとめる役割がある。また、業務上のクレーム処理などを責任者として担当することもあり、それを務める自信がなかった。
「田舎で仕事をしていた私が、ビジネス街で物流の提案をする。そんなのできないって思いました。でも、営業部長にまで説得され、結局は行くことになって――」
福岡営業所に異動した際、彼女の不安は別の意味で的中することになった。
1976年、宮崎県出身。98年、佐川急便延岡店(宮崎県)に入社。ドライバーとして10年間活躍し、同社で女性として初めて係長、課長、営業所長に就任。南福岡営業所では約70人のスタッフを率いる。