トヨタを辞めていいんだろうか……
辞めると決めたのはいいのですが、次に何をやろうかと悩みました。ほかの会社を探し始めると、トヨタほどいい会社が見つかりません(笑)。
知人を介して、今当社の社外取締役に就いている高野(秀敏)に相談したら、「コンサルなんかいいんじゃない」と言います。それまで「コンサルって怪しくない?」「虚像じゃない?」と思っていたんですが、高野は「まあ3年間、修行だと思ってやってみたら」と。その言葉で「修行か。3年やって自信をつけるなり、転職市場での自分の価値が上がればいいのかな」と思いました。トヨタとまったく違う場所だからこそチャレンジすることに意味があるとも考えました。
それで入社したのがA.T.カーニーです。面接のときこう言われました。
「コンサルは振れ幅がすごく大きな仕事で、辛いときはものすごく辛いけど、その分、達成感や喜びはとても大きい仕事です。普通の会社に勤めていれば振れ幅が小さくて、辛さも喜びもそれほど大きくないかもしれない。辛さと喜びを足し引きすれば、どの会社に勤めても同じかもしれないけど、どちらが好きかの選択です」
そう聞いて、波の大きな人生もいいかなと思ったんですね。それでも、内定してからトヨタを退職するまで数カ月あって、その間に「本当に辞めていいのかな。辞めたら自分の責任でキャリアを設計していかなければいけないな」という不安が何度もよぎりました。
A.T.カーニーでは梅澤(高明・現日本法人会長)さんのチームに入れていただいて、さまざまな企業の新規事業部門や経営企画部門の仕事に携わりました。この3年間でゼロベースからモノを考える力がついたと思います。その代わりめちゃくちゃ働きました。いつも寝不足の状態です。わずかな時間で課題を見抜く力もつきました。コンサルはお客様よりも半歩先、一歩先の仮説をもたなければいけません。最後は、どんな複雑な問題でも整理すればどうにかなるという境地になれましたね。
わざわざ見たい通販番組をつくる
3年必死で働くと、いろんなスキルが身につきます。仮説を組み立てる方法、物事を考えるフレームワーク、プロジェクト設計などのスキルです。これなら自信を持って転職市場に出られるなと思いましたが、今の私から見ると全然ですね(笑)。
社会人5年目でA.T.カーニーに入ってシニアビジネスアナリストからアソシエート、シニアアソシエートと順調に昇進しました。でも、入社のとき「ここも3年」って決めていましたし、このハードワークは一生できないと痛感していました。
面識はなかったのですが、先にA.T.カーニーを辞めてジュピターショップチャンネルに行かれている方が人を探していると言うので、お話を聞きに行ったら非常にユニークなビジネスで、自分の力が活かせそうでした。それで経営企画で入ることに。一番面白かったのは新しい番組を作ったことですね。ふつう経営企画は番組作りをしないんですが、新しい顧客層を開拓しようという流れの中で、番組制作のプロデューサーのような仕事をしました。
それまでショップチャンネルのお客様は50代、60代が中心で、もう少し若い世代を取り込みたいという狙いがありました。30代、40代も化粧品はけっこう買ってくれるんですが、服はあまり購入していなかったです。けれど服を一度買い始めて満足すると買物の頻度が上って、ロイヤルユーザーになる傾向がある。経営企画でそういった分析を行って、そこからアラフォー向けのファッション番組を発案しました。テレビをつけたらたまたまやっていた通販番組を見るんじゃなくて、その通販番組を見るためにチャンネルを合わせるような内容にしたかったんです。
最初は現場からすごい反発がありました。番組中にBGMを入れようとすると「BGMなんか流しちゃダメだ」とか、服を見せる以上にコーディネートを強調すると「そんなのはダメだ」と。けれども、それが大ヒットするんですね。商品が品切れになったときはすごく手ごたえを感じました。しかも単価の高いものが売れるんです。3万円のパンツとか10万円のコートとか。その番組が「ヴィーナスナビ」で、今でもショップチャンネルの看板番組です。番組を頭から見ていないとすぐに売り切れちゃいます。
マネージャーというプレッシャー
ジュピターショップチャンネルは5年半です。最後は、このままここにいると少し自分の成長が鈍っちゃうかなと焦りました。それで、とりあえずコンサルタントに戻って、また成長を感じたいなと。良好な形で辞めていたので、戻るのは割とすんなりいきました。
問題は、マネージャーのポジションで再入社したことです。コンサルではマネージャーの経験がなかったので不安はありました。とくにA.T.カーニーはマネージャーがプロジェクトのすべてをデザインしていきます。マネージャーが責任を持って仮説を立て、プロジェクトを設計し、お客様との関係を作り、納期を守りながらアウトプットを出していきます。その責任を果たすのはすごいプレッシャーです。
とくに納期には一番重圧を感じます。コンサルは人件費が大半ですから納期が伸びるとコストがかさんでしまいます。たとえば、思ったほどデータが集まらず分析が間に合わないなどということは絶対にあってはなりません。ショップチャンネルに移る前にA.T.カーニーのマネージャーを見ていて、私にはできない仕事だと思っていました。
意外だったのは、マネージャーになれば自分でタイムマネジメントできるという良さです。マネージャーには精神的プレッシャーはありますが、誰かに時間をコントロールされることはありません。部下が無駄なく作業を進められるように、土日に私が仕事の設計をして月曜日に指示を出すという感じでしたね。私は平日はあまり作業を抱えないようにして、お客様への対応に集中する。そうすると、割と早く帰れる。
A.T.カーニーに戻ったとき、本当は10年働こうと思っていたんですが、2年半でクラウドワークスに移ってしまいました。ここも3年間? どうでしょうか。特に期限は設けていません。5年になるか10年になるか、もっと長くなるのか……。
今、私たちが目指しているのはクラウドソーシングを社会のインフラとし、人の生き方や働き方を良い方向に変えていきたいということです。それには20年くらい掛かるでしょう。今は限られた職種しかオンラインでやり取りできませんが、早くあらゆる職種をオンラインにしていきたいですね。
●田中さんのキャリア年表
1999年(23歳) 東京大学法学部卒。トヨタ自動車入社、マーケティングを担当
2003年(27歳) A.T.カーニーに入社
2006年(30歳) ジュピターショップチャンネルに入社
2011年(36歳) A.T.カーニーにマネージャーとして戻る
2014年(38歳) クラウドワークスに参画。執行役員に就任(経営企画担当)
■仕事道具
スケジュールはデジタルで管理。広報部をはじめ社員とも共有しているため、取材の日程も驚きのスピードで決まった。
■ストレス発散法
睡眠。寝ればほとんど解消される。熟睡できないくらいストレスが溜まったときは旅に出る。