役員はビジョンを示すべし

カルビー 執行役員 福山知子さん

私には小学校2年生と5年生の子どもがいます。それで、いままで育児勤務を選択してきました。昨年、執行役員(中日本事業本部長)のオファーがあったとき、「育児勤務ですが、いいですか」と尋ねました。これまで、会社に対して図々しいお願いをたくさんしてきましたが、その最たるものかもしれません。

カルビーは全国を4事業地域に分け、そのうち静岡から兵庫までが中日本事業本部の担当エリアです。このエリアで従業員が890人、売り上げ規模は約400億円です。3つの工場と2つの支店、阪神百貨店梅田本店にグラノーラ専門店の「grano-ya」があります。

本部長はその地域の社長のような立場です。もちろん売上や利益に責任を持ちます。メンバーの生活がかかっているので、プレッシャーが無いとは言えませんが、比較的割り切れる性格なので仕事のときは子どものことは頭にありませんし、家庭では仕事のことは考えません。正直言うとちょっと考えてしまうこともありますが(笑)。でも、私を支えてくれる9人の部長の皆さんが素晴らしい人たちなので、それほど心配はしていません。

むしろ本部長になって大変だったのは、メンバーに方向性を示すことです。90年に東京本社に入り、ずっとマーケティングを担当してきましたから、人の話を聞くのは不得手ではないですが、ビジョンを打ち出すようなことは考えていませんでした。会長の松本晃や社長の伊藤秀二が立派なビジョンを示しているのだから、それで十分ではないかと思っていました。ところが、メンバーから「自分の言葉で語ってほしい」と言われたのです。部長のときは悩まなかったことでした。

本社にいれば上級執行役員がいますし、近くに同じような立場の本部長もいます。そういう話もできると思いますが、ここでは本部長はひとりです。そんなとき、コーチングを受けられたのがラッキーでした。「福山さんは何がやりたいんですか?」と聞かれ、答えはくれないので一生懸命考えます。それがいい訓練になりました。

本部長になってからは各部長に遠慮し、なるべく課長やメンバーに直接話しかけないようにしていましたが、やはりメンバーから「福山さんは全然話を聞いてくれない」と言われたので、大反省です。だから、いまオフィスにいる間は、メンバーの話を聞き、みんなのためにすべての時間を使うように心がけています。

この企業なら成長できると思った

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福山さんのキャリア年表

私がカルビーに入社したのはバブルの時代です。まだ女性の活躍は期待されていませんでした。大学は理系だったので研究職に就きたかったのですが、女性だったら大学院くらい出ていないとダメという時代です。カルビーに決めたのは人です。面接で、今年亡くなられた元会長の川瀬博之さんとお話し、「この人の下で働いたら楽しそう」「この人の下なら自分も成長できそう」と感じたのです。

カルビーには昔から男女平等という考え方はあったように思います。女性の課長は1人か2人しかいませんでしたが、研修などは新人のころは男女関係なく同じメニューを受けられました。女性だから損をしたと感じたことはほぼありません。もしかしたら私だけが鈍感だったのかもしれませんが(笑)。

マーケティングの部署に配属され、最初の上司となったのが長沼孝義です。現在は、東日本大震災の震災遺児の進学を支援する「みちのく未来基金」の代表理事です。長沼は「本を読みなさい」「カルビーではなく福山で仕事ができるように」と言う人で、ハードワークを強いられたことはありませんでした。長沼から任されたのが、マーケティングリサーチの確立です。当時は、新商品を出すとき調査はしていましたが、それを体系立てる仕事を任されました。最初は先輩とやっていたのですが、1年後からはひとりで作り上げていきました。

お客さんの思い出の一部になれる仕事

外部の調査会社とも協力しながらマーケティングリサーチの手法を積み重ねていく中で、大きな発見がありました。それは、カルビーの商品はお客さんの思い出に入れる商品だということです。昔、お母さんに遠足のおやつでかっぱえびせんを買ってもらったとか、学校で友達とじゃがりこをまわしながら食べたとか、カルビーの商品はお客さんと一緒にいられる商品です。こういう商品はなかなかないので、大事にしていきたいと思いました。

一方で、お客さんは商品とメーカーが意外と一致しないものだともわかりました。「カルビーといったら何を思い出しますか」と尋ねてみると、ほかのメーカーの主力商品を答える方がおられます。お客さんはどの会社かなんて気にしていません。ならばより一層、お客さんのそばにいられるような商品の開発が重要だと思いました。

4~5年過ぎるまでひとりで自由気ままに仕事をやらせてもらえました。それはよかった面と悪かった面があったと思います。マイナス面を言えば独善的になってしまったことでしょうか。1人、2人とメンバーが増える中で、自分が単独でカルビーのマーケティングリサーチを作り上げてきたという自負があり、すべて自分が思う方向に進めたいとか、メンバーが私の意に反する動きをするとイラッとしたり、知らず知らずのうちに全部を管理したいという気持ちになっていたのです。そして上司ともぶつかるようになってしまいました。