妊娠はうれしいことのはずなのに……
「妊娠がわかったとき、子どもができて本当に嬉しい、本当に嬉しいはずなのに、これからの仕事、子育てを考えると、涙が出てきて……布団の中で涙ぐんでしまいました」
パネリストの女性官僚は当時を思い出したのか、話しながら涙をこらえているように見えました。9月27日、政策分析ネットワーク主催の「霞ヶ関発『女性の働き方改革』シンポジウム」に参加したとき、一番印象に残った光景です。
霞が関で働く女性官僚といえば、安倍内閣が掲げる「女性活躍推進」の中核にいるべき、女性たち。仕事が大好きで勤勉で優秀なトップ層です。さらに、この少子化時代、子どもを産むのも同じ女性です。働く女性と産む女性が違う女性であるわけがない。
そんな彼女たちが涙し、将来を絶望して仕事から離脱していく……そんなことで「女性が輝く」社会の実現は難しいでしょう。
「先ず隗より始めよ」ということで、6月下旬に、霞が関で働く女性有志が、「霞が関的働き方改革」への提言を内閣人事局に提出。「残業前提の働き方」、「国会待機」での徹夜、不夜城とも言われる「霞が関的働き方」は持続可能ではないと、子育て期にある女性官僚たちが改革を提案したのです。
私だけじゃなかった! という気づき
その中心メンバーである河村のり子さん(39歳 入庁16年目)を取材していたので、ご案内をいただいてシンポジウムに参加したら、定員200名のところに250名もの人が集まりました。この熱気を肌で感じて、「働き方」問題への関心の高さがよくわかりました。女性だけでなく、男女比も半々ぐらいでした。
参加者は改革を提案した女性官僚有志のうちの4人と英国駐在の経験がある男性官僚、財務省の高田英樹さん。そして基調講演はワーク・ライフバランス社の代表取締役社長の小室淑恵さんでした。
まずは小室淑恵さんが「人口ボーナス期と人口オーナス期では、求められる成果が違う」という非常に興味深いプレゼンをされ、その後、河村のり子さんが、この提案に至った経緯を説明。きっかけは「女性研修」だったそうです。各企業が女性活躍推進の掛け声の下、女性を集めた研修をやっているのですが、なんと霞が関では初の試み。そこで出会った同世代の女性官僚たちは省庁の垣根を超えて、初めてつながることができたのです。
「悩んでいるのは、私だけじゃなかった」
そのことに気づいた彼女たちはアンケートをとり、「子どものいる女性職員の場合、アンケート回答者のすべて(100%)が、仕事と家庭の両立について『困難や不安を感じたことがある』と回答しており、うち約6割は困難や不安を『強く感じたことがある』と回答している」ことがわかってきます。
この話は民間企業にも大いに参考になります。
会社にワーキングマザーが増えたとはいえ、それぞれの部署にポツン、ポツンといるぐらいです。そういう女性たちを一堂に集めてみると「私だけじゃなかった」という共有が起き、そこから「待っていても何も変わらない」「何かやろう」という声が生まれるのです。
まずは、女性を一堂に集めよ
女性活用が進まない会社はまずは「女性社員を一堂に集めてみる」こと。そして彼女たちの声を拾い、彼女たち自身で「提案」してもらうことです。
河村さんたちはアンケートを基に「不安、困難」の原因を洗い出します。そこには「子どもがいない女性職員の場合、約半数は月60時間以上の残業を行っている現状にあり、霞が関の仕事は、職員の恒常的な長時間残業を前提として成り立っている」ことがありました。
「最初の10年間は男女差別なく、何の疑問も持たず、言われるままに猛進して働いていました。やりがいもあり、楽しかった。しかし子どもを持つと「業務量の多さ」だけでなく「夜しか対応できない仕事」がどうしても難しくなる」(環境省 内藤さん)
問題は「国会質疑対応」と67%が答えています。提案の中には「国会質疑関係業務の改善の重要性」があります。今までは前日が締め切りだった国会議員の答弁準備を、前々日の8時までにしてほしいというものです。前々日なら徹夜しなくても業務対応ができる。子育て中の女性官僚も対応できるのです。
「今はまだ『子育て中の女性への配慮』でなんとかなっている。しかし20代の女性官僚比率は3割です。3割の女性が子育て期に入れば、業務は回らなくなる。このような働き方は持続可能ではないのです」(河村さん)
改革の提案は用意した。しかし誰にどうやって提案すれば、ことは動くのか? 国会をも巻き込む改革です。
提案するときは、味方を見つけるべし
そこで味方になってくれる人を探します。提案の話をしてみると、思いもかけず多くの人、特に子育て世代の男性たちが応援してくれたそうです。
「まず次官の村木厚子さんに相談し、村木さんが小渕優子さんのところに行くときに付き添ってくれて、それから内閣人事局まであがることに。私もこんなに大事になるとは思っていなかったのですが」
この提案を受け、自民党議員に関しては前々日の8時という締め切りを守ってくれるようになったということです。「改革の一歩」はしっかりと実現したのです。
誤解しないでいただきたいのは、これは決して「税金で働いている官僚が楽をしようとしている」わけではありません。むしろ、働き方の改革は政策の質を高めます。
「私も寝ないで働いていたときは、そこまで考えなかったのですが、6時半に仕事を強制終了して子供を迎えにいくという時間制約ができて、労働コストの意識が高まりました。政策の質が向上するのです。男性だってあんな働き方では疲弊してしまうし、共働きの子育て世代の奥さんの仕事も阻害してしまう。男女ともにやらないと、いずれ介護の問題も出てきます」
改革すべき「霞が関的価値観」とは?
河村さんたちが考えているのは労働時間の問題だけではありません。霞が関的な働く価値観の改革も考えています。
改革すべき価値観として、例えば、「役人たるもの、すべての時間を仕事に捧げる覚悟でなければいけない」「完成度を高める or リスクをゼロに近付けるためには、どこまでも努力しなけれはばならない」などがあがっています。
これも「日本人的仕事の価値観」という意味では霞ヶ関に限った話ではありません。例えば内部資料を完璧に作ることが、本当に生産性につながっているのか?
テレビ局で「ワーク・ライフバランス」の番組を作る人が「一番寝ていない」のはなぜか?
この提言は、優秀な官僚が作っただけあって、残業前提のハードワークな職場の方たちのための持続的な働き方へのヒントがたくさん入っています。
まず女性同士で集まる。悩みを共有する。課題を洗い出す。提言を作る。みんなに言ってみる。応援してくれる人を見つける。根回しする。
最後にワーク・ライフバランス社の小室さんが、年配の上司に話すときは「育児だけでなく、まず介護を前面に出すといいですよ」とアドバイスされました。
とにかく言ってみれば、何かが起こります。
「時代の追い風が吹いている。今やらないとだめなんです」と河村さんは決意をこめて語ってくれました。
「持続可能な霞が関に向けて -子育て等と向き合う女性職員の目線から-」
http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/teigen1.pdf
少子化ジャーナリスト、作家、昭和女子大女性文化研究所特別研究員、大学講師
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。著書に『女子と就活』(中公新書ラクレ)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書)など。最新刊『格付けしあう女たち 「女子カースト」の実態』(ポプラ新書)。