都立高校入試に起きた改革

都立高校にも小・中学校時代に不登校の経験がある生徒や、長期欠席が原因で高校を中途退学した生徒を受け入れる学校があり、「チャレンジスクール」と呼ばれている。

現在、都内にはチャレンジスクールが7校設置されている。入試の内容は、面接と作文だ。前出の植木さんはこう語る。

「私の教え子にも、都立高校のチャレンジスクールへの進学を目指している子がいます。ただ、希望者が多く、学校によっては3倍ほどの倍率になっているところもあるそうです。面接では『高校に行ったらどんなことをしたいのか』、『将来どんなビジョンを描いているのか』などを問われますから、第三者が面接の練習をしてあげるといいでしょう」

東京都の都立高校の一般選抜(第一次募集)は、今年度は2月21日に行われる。

実は一般選抜でも不登校の子に対する配慮は行われており、その一つに、調査書に欠席日数を書く欄が令和5年度より撤廃されていることがある。

東京都教育庁の都立高校入試担当者はこう話す。

「文科省の通知では、公立高等学校入学者選抜の調査書の記載事項について『高等学校入学者選抜の資料として、真に必要な事項に精選すること』とされています。令和4年度に行われた『令和5年度東京都立高等学校入学者選抜検討委員会』において検討が行われ、それまで調査書にあった『欠席日数』について、令和5年度入学者選抜から撤廃するという結論に至りました」

内申が気になって都立高校のへの進学を諦めてしまう学生も多いと聞くが、東京都の公立高校に限って言えば、中学の欠席日数は2年前から選考資料に含まれていないのだ。

これは不登校に悩む家庭にとっては大きな変化だが、まだ知っている人が少なく、不登校の小学生を持つ親が「中学受験をした方がいいのではないか」と考える理由のひとつにもなっている。

不登校の原因は様々だ。子ども自身が学校へ行けないことで将来の展望が見えなくなり、「人生が終わった」と絶望してしまうこともあるという。

そんなときに「こんな道もあるよ」と道すじを示して、明るい未来を見えるようにすることが、親をふくめた周りの大人たちの大事な役割となるだろう。

子どもが行きたくなる学校とは

最後に、不登校が増えつづけている現状に対する学校側の見解として、前出の高津校長の話を紹介する。

高津校長はもともと高井戸中の体育教諭だった。他校を経て高井戸中学校に校長として再赴任したのが2021年、コロナ禍の時だ。不登校が増えた原因としてコロナ禍を挙げる人は多いが、高津校長はそれだけでは語れないという。

「やはり時代の変化です。簡単に言うと、昭和の学校のような規則をきちんと守ってみんな一緒にやっていこう、という価値観に違和感を持つ子どもが多くなってきています」

そこで高津校長を中心に、学校は、校則を生徒の手に委ねることにした。

「私が校長として赴任したときのことです。40年ほど前から制服のデザインが変わっておらず、そろそろ変えようか、という話が出たので、子どもたちにデザインを任せることにしました。『やりたい子いる?』と声をかけたら、20人ほどが集まって。ネクタイはいるかいらないか、袖のボタンはどうする? など、子どもたちに装飾もすべて選ばせました。女子生徒にもズボンが欲しい、という声があったので取り入れました。制服が完成するころには卒業して着られない子もいましたが、『自分の学校の制服を作る』ということに生き生きと取り組んでいる様子でしたね」(高津校長)

これを機に学校行事や委員会なども、なるべく子どもたちの手で運営するようにしたという。

「授業形式ひとつとっても、今は先生が生徒に一方的に教える一斉授業はやめていこう、という時代です。行事や委員会なども、先生が要項を作ってそこに生徒を乗らせてやらせるのではなく、生徒が自らできる方法を模索することが大事だと思います」

例えば運動会。高津校長は、従来の運営だと、運動が得意な子は輝けるが、それ以外の子にとっては苦痛なこともあるだろうと考えた。

そこで、自分たちでクラスTシャツを作り、人気のデザインを投票してもらって表彰したり……学年を超えた縦割りのチームを作り、先輩が後輩を教えたりする機会をつくりました。そうすると、来年はTシャツのデザインをやりたい、先輩として後輩を教えたい、という子が増えてきて、運動が苦手な子も運動会で活躍できる場が出てきました」

そのような取り組みを続けていくうち、校長就任時は3学年4クラス、140〜150人の学校全体で40人ほどいた不登校生徒が、今は学校全体で20人以下になったという。

「たとえ勉強が得意でなくても自分の居場所ができたり、通う楽しみができたりすると学校に通いたくなるものです。それにはやはり、生徒自身が『学校は自分たちが作るもの』という意識改革ができる土台を作っていくことが大事でしょう」(高津校長)