2024年4月1日より相続登記が義務化された。義務化前に相続して登記がされていないものも対象となる。法改正に取り組んだ法務省の大谷 太氏と相続に詳しい司法書士の森田みさ氏に、相続登記の新たなルールについて話を聞いた。

相続登記が行われなければ活用できる国土が減っていく

所有者が誰かわからなくなってしまっている「所有者不明土地」が、国土の約2割、九州を上回るほどの面積まで拡がっている事実をご存じだろうか。

「2040年には、実に北海道の面積にまで所有者不明土地が増えるという推計もされており、国としても重大な課題としてとらえています」と話すのは、法務省民事局民事第二課の大谷 太課長だ。事実、所有者不明土地の増加は、社会に大きな影響を及ぼしている。2011年の東日本大震災の際、被害を受けた人々の転居先として土地の候補をあげてみると、震災前から相続登記がされずにいたことなどにより、所有者がわからない土地が多く存在していることが判明した。結果的に多くの土地が所有者に移転候補地として交渉もできず、災害対応に時間を要せざるを得なかったという。「所有者不明土地が増え続けることで、公共事業や復旧・復興事業が円滑に進まなくなってしまう」と大谷課長。

法務省民事局民事第二課長 大谷 太氏
法務省民事局民事第二課長 大谷 太氏

こうした緊急対応時だけでなく、もちろん日常の土地の売買においても所有者不明土地による支障は多い。土地の相続に詳しい司法書士の森田みさ氏は、こう指摘する。「不動産会社の人が物件の売買交渉のため、登記簿に記載されている所有者の住所に訪ねて行くと、まったく違う人が住んでいたという話をよく聞きます。登記簿の情報が何年も前のもので、所有者がすでに亡くなっていたり、引っ越されたりしているケースが多いそうです。別の手がかりがなければ、本来の所有者に辿れないことがほとんどです」

東北ブロック司法書士会・宮城県司法書士会会長 森田みさ氏
東北ブロック司法書士会・宮城県司法書士会会長 森田みさ氏

また地方において見られるのは、相続人が意図的に登記をしないという例だ。相続登記や土地の管理には費用がかかるため、土地の価値が低い場合はその負担を考え、放置してしまうことがある。これまで相続登記は義務でなかったことが、所有者不明土地を増加させていた一因になったとも考えられている。

不動産登記法の改正で生まれた新たな選択肢とは

こうした社会背景がある中で、法務省は不動産登記法を改正。2024年4月1日から、相続登記が義務化された。改正のポイントは、土地や建物などの相続を知った日から3年以内に登記申請をしなければならないこと。また、2024年4月1日より前に相続した不動産についても登記が義務化され、2027年3月末までに申請が必要となることだ。どちらについても、正当な理由がなく義務に違反した場合は、10万円以下の過料が科される可能性がある。

「相続登記の義務化は、所有者不明土地の増加を防ぐ目的ではありますが、期限内に登記を行ってもらうことで将来の相続トラブルの減少につながると思っています」と大谷課長。

森田司法書士も「相続があったらすぐに登記を行いましょう」と速やかな登記の大切さを語る。

「登記を先延ばしにしてしまい世代が変わると、相続人はねずみ算式に増加します。100人を超える大人数になるケースも珍しくありません。そうした場合、正式な相続登記には100人を超える全員の意思確認が必要となってしまうので、その労力を想像するだけでも気が遠くなってしまうでしょう。こうした事態に陥らないようにするためにも、登記を長らく放置しないことが鉄則です」

早めの登記を促すために法務省では現在免税措置を適用している。相続登記にあたっては登録免許税が固定資産税評価額の0.4%かかるが、不動産の価額が100万円以下の土地の場合は免税となる。また数次相続といって、例えば曽祖父、祖父、父、自分と相続が発生していた土地に対して、通常は相続のたびごとに登録免許税を支払う必要があるが、直近の相続以外は免税となる。これらの措置が2025年3月31日まで適用されている。

登録免許税が免除となる一例。登記名義人となっているAからBが相続により土地の所有権を取得した場合において、その相続登記をしないままBが亡くなり、Cが相続したときは、A→Bの登記については登録免許税が免税となる。
登録免許税が免除となる一例。登記名義人となっているAからBが相続により土地の所有権を取得した場合において、その相続登記をしないままBが亡くなり、Cが相続したときは、A→Bの登記については登録免許税が免税となる。

「免税措置の好機を生かすためにも、相続登記の義務化をきっかけに自身の相続情報を確認することをおすすめします。実は、固定資産税を払っていても相続登記は完了していないケースもあります。いまはWebでも登記情報を数百円の手数料で確認できるので、ぜひ登記簿を見返していただきたい」と森田司法書士は語る。

その他にも不動産登記法の改正では「相続人が悩まされることが多かったケースについて、救済策となる制度を新設しました」と大谷課長は語る。

1つ目は、すべての相続人とすぐに遺産分割協議ができず登記に進めない場合に役立つ「相続人申告登記」だ。相続人の一人が登記簿上の所有者の相続人であること等を、不動産を管轄する法務局に申し出ることで、相続登記の義務を履行することができる。「相続を完了させるには、あらためて遺産分割協議を行う必要がありますが、全相続人がすぐに意思表示ができない状況にある人へおすすめできる制度です」と森田司法書士。

2つ目は、管理が負担になる遠方の土地などを相続した人が、所有権を国庫に帰属させることができる「相続土地国庫帰属制度」だ。大谷課長はこう詳述する。

「居住地から遠く離れた土地を相続した人にとっては、その後の土地の管理も負担です。これまではその負担のために本当は相続したい預金や使いやすい財産があったとしても相続放棄という形をとる方がいらっしゃいました。今回、相続土地国庫帰属制度が創設されたことで、遺産相続を諦める必要がなくなり、管理できない土地のみ手放すということができるようになりました」

「相続土地国庫帰属制度」は、相続によって土地を取得した人が申請可能。土地の共有持分を相続した共有者も、共有者の全員が共同して申請を行うことによって、本制度を利用できる。対象となる土地の上に建物や管理の妨げになる工作物などがない、危険な崖がないといった一定の要件を満たすことや管理負担金が必要となる。
「相続土地国庫帰属制度」は、相続によって土地を取得した人が申請可能。土地の共有持分を相続した共有者も、共有者の全員が共同して申請を行うことによって、本制度を利用できる。対象となる土地の上に建物や管理の妨げになる工作物などがない、危険な崖がないといった一定の要件を満たすことや管理負担金が必要となる。

相続登記を先延ばしにしないための知恵

所有者不明土地の問題を背景に義務化された相続登記。現状は対象とはならずとも、いつかは自分事になる人も多いはず。登記に必要な戸籍謄本を本籍地以外の役所から取り寄せられるようになったりと、その手間は過去に比べてグッと軽減されている。

いざ登記が必要になったときに尻込みしないためにも、正しい情報と勘所を事前に知っておくことが大切だ。相続とその後を円滑に進めるために、森田司法書士は「相続人の関係を複雑化させないために遺言書を作成することも有効」と話す。

「この不動産はこの人が取得すると明記して、遺産の共有状態をなくすことが大切です。そうすることで、複数人の同意を取らないと不動産の管理ができない、処分ができないといった状態はなくなります。子や孫が後々もめてしまわないようにするためにも、遺言によって生前に相続人をしっかりと決めると良いでしょう。法務局では、3900円の手数料で自筆証書遺言書を保管するサービスも行われています。これを利用すれば、本来、遺言書の開封等の際に必要な裁判所の検認手続が不要となります」

大谷課長は「相続登記は遺産を活用するためにも必要です」と、相続に備え正しく登記することが将来の可能性を広げると語る。

「権利関係をハッキリさせておかなければ、災害などの不測の事態にスムーズな対応が取れません。遺産分割をきちんとして、相続登記をしておけば、買いたいという人が出てきたときに容易に売却できます。未来の世代のためにもぜひ早期に遺産分割と相続登記をしていただきたいと思っています」

2024年度以降に相続を知った不動産については3年以内に、また2023年度以前に相続が発生したことを知った不動産についても2027年3月末までに登記が必要になる。土地などの不動産は受け継いでいくもの。未来に禍根を残さないように生前から上手に差配したいものだ。そのためにも親戚一同が集まりやすい年末年始などを利用して、不動産や相続についてあらためて考えてみてはいかがだろうか。