日本の製造業のデジタル活用は「周回遅れ」――。硬直化した組織や進まないデジタル人材育成。DXを阻む課題を乗り越えて日本独自のバーチャル・エンジニアリングを確立するには、どんな視点が必要か。サイバネットシステムをはじめとするさまざまな企業との連携、コンサルティング活動などを通じてCAE(Computer Aided Engineering)運用推進を支援する栗崎彰氏に、道筋を見いだすためのヒントを聞いた。

――40年以上にわたり国内外の製造業の最前線に関わってきた栗崎さんから見て、なぜ日本と海外ではデジタル活用の差が開いたのだと思われますか。

【栗崎】日本が長い年月をかけて培ってきた熟練者の技術、製造プロセスといったものの多くが暗黙知として継承され、形式知に落とし込まれていません。対照的に私が勤務していたアメリカ、フランスの企業では全てがドキュメント化、システム化されていました。デジタルを活用した業務改革や新たな技術の導入に非常に慎重で、現状維持を重んじる保守的な企業文化が根強い、これが日本の最大のネックだと考えています。

ソリューションの導入をお客さまに提案して総論としてはOKだったとしても、では実際にスタートしましょうとはなりにくいのです。すでに投資している設備があるのだから簡単には入れ替えられない、擦り切れるまで使い倒したいという。このような環境ですから、専門的な知識を持ってデジタルを使いこなせる人材も育たないというわけです。

現場を支えてきた「匠の技」が足かせになってはいけない

――トップの意識の変化が一つの鍵。

【栗崎】以前、知り合いの20代の技術者にこんなことを言われました。「栗崎さんたちは8ビットパソコンをはじめ、パソコン通信からインターネットの普及、スマートフォンの登場、そしてAIと、変化をリアルタイムで体験してきた世代ですね、うらやましい」と。デジタル技術が古い仕組みを刷新し、いかに世の中に役立ってきたかを肌で感じてきた今の経営者には、新しいものを受け入れるリテラシーの高さが備わっているはずです。しかし、目先のことにとらわれて、自身の経験を経営に生かす術を忘れてしまっているのではないかと思います。

――今後、日本の良さをどうデジタルと掛け合わせていくべきでしょうか。

【栗崎】高度な品質管理、綿密な工程管理による製品の信頼性は世界に誇れる日本の強みです。また、サプライチェーンの連携力や柔軟性も大きな特徴でしょう。

栗崎 彰(くりさき・あきら) 合同会社ソラボ 代表
栗崎 彰(くりさき・あきら)
合同会社ソラボ 代表

これらを支えてきたのが、想定外のことでも「たくみの技」でなんとかしてしまう高い現場力です。日本の良さといえる一方で、実はそれが足かせになっている部分もあると感じます。本来、現場で調整しなくても済むように改善できることでも各事業部がムラ社会のようになってしまい互いに意見できない、だから匠の技も社内に広がっていかない、そんなケースを多々見てきました。

企業風土を変えていくには、単なる言い付けではない丁寧なトップダウンが必要だと思います。DXに取り組むことでお客さまにどう貢献できるのか、社内的にどんな効果があるのか、裏付けとなるデータも添えてしっかりと伝えることです。デジタル化の成功とは、技術的な面だけではなく意識や行動の変革も含んでいます。例えば匠の技を、進化する技術を用いて「変わらない価値」として届けていくにはどうすればいいのか。「伝統と革新が出合う場所」をつくる、それが行政と企業の役割だと思います。

栗崎彰のニッポン製造業グレート・リセット
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