サステナビリティ経営に欠かせないヘルスケア事業
――日本生命がなぜ「ヘルスケア事業」に注力するのか、その背景について教えてください。
【上田】日本生命は、国民生活の安定と向上に寄与することを経営基本理念に掲げる中、安心・安全で持続可能な社会の実現への貢献を通じた企業価値向上を目指し、あらゆる事業活動において、サステナビリティ経営を推進しています。「人」「地域社会」「地球環境」の三つの領域に重点を置き、それぞれのサステナビリティ実現に向けてグループ全体で取り組んでいます。「人」の領域では、人生100年にわたり誰もが安心して健康に過ごせること、「地域社会」の領域では、誰もが地域で生き生きと暮らし続けられることを目指しています。ヘルスケア事業は、この二つの領域における中核取り組みの一つです。
ヘルスケアを重視する姿勢は1889年の創業時から当社に根付いているものです。「共存共栄、相互扶助の精神にもとづく生命保険事業」と明記した経営基本理念を、さまざまなサービス、活動に反映させてきました。これまでの蓄積を発展させ、サステナビリティ経営をより強力に推し進めていくけん引役として2017年度に専管組織を設立し、22年度に事業部化したのが「ヘルスケア事業部」です。
少子高齢化、生産年齢人口の減少は避けられません。安心・安全で持続可能な社会の実現にヘルスケアの文脈から貢献するべく、まずは健康保険組合や共済組合などの保険者、地域住民の健康増進を担う自治体、従業員の健康や安全管理に責任を持つ事業主などを対象とするサービスをスタートさせました。
「新中期経営計画(2024–2026)」において日本生命が見据えている将来の姿は、生命保険事業をはじめアセットマネジメント・ヘルスケア・介護・保育などのさまざまな安心を提供する「安心の多面体」としての企業グループです。「リスクに備える」ための生命保険事業は引き続き当社の中心に置きながら、「リスクそのものを低減させる」ヘルスケアサービスを積極的に提供し、私たちが届ける安心の価値を引き上げていきたいと考えています。
ストレスチェックを高度化するヘルス・ビッグデータ解析
――具体的にどのようなアプローチで課題解決を目指しますか。
【上田】大きくは2軸で取り組みます。まず、健診結果やレセプト(診療報酬明細書)といったヘルス・ビッグデータの解析によって組織の課題を見える化する「データ分析サービス」です。ヘルス・ビッグデータの解析は、生命保険事業の営みそのものといっていいでしょう。130年超の歴史を重ねてきた上に確立したコア技術ですから、自社の強みとしてさらに磨き上げつつ、並行して大学などとの共同研究も進めています。
例えばストレスチェック制度の設計に関わった東京大学・川上憲人特任教授との共同開発の成果が、今年4月に公開した企業の健康経営®、人的資本経営を支援する職場環境分析サービス「SAAGAS(サーガス)」。50人以上の従業員がいる事業所で義務付けられているストレスチェックの結果をそのまま生かして、集団分析をさらに高度化できるサービスです。22年に東京大学に世界初(※)のデジタルメンタルヘルス技術を専門とした「労働者の心の健康」をテーマとする研究室を設置し、そこで共同開発した手法を取り入れたものです。
「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※出典:東京大学大学院医学系研究科
メンタルヘルスは従業員のQOL(生活の質)に直結し、不調による労働生産性の低下は事業活動にも影響を及ぼします。SAAGASは職場環境要因と休職リスクの相関関係はもとより、労働生産性やエンゲージメントなどの課題も抽出可能で、それに対する施策もご提案します。ストレスチェックを行う事業者を変更する必要はなく、従業員は追加アンケートの負担が増える心配もありません。
――反響はいかがでしょうか。
【上田】20を超える企業、行政機関などから発注が相次いでおり、10月末にはシステムを増強するなど、ニーズにお応えするための環境整備も進めているところです。同じく10月には、千葉県木更津市で開かれる「第34回日本産業衛生学会全国協議会」において、SAAGASの特徴や成果を発表する予定です。
ストレスチェックの結果データから、人的資本経営のPDCAを支援するサービス。8つの主要なアウトカム指標を基に、「網羅的な実態把握、課題の特定、施策検討、取り組み評価」まで、Webアプリを通じて一連の支援が受けられる。SAAGASの導入によって、企業・団体の迅速かつ効果的な職場改善、その先に、勤労者のメンタルヘルス改善・向上が期待できる。
パートナーとの協業も推進 受診を促進し早期発見へ
――では、もう一方の軸についてお聞かせください。
【上田】生活習慣病の糖尿病対策を皮切りに、運動促進支援、運転技能向上アプリ「BTOC」など、順次サービスラインアップを拡充している「健康施策・予防サービス」です。当社が有する広範なネットワークを生かした外部パートナーとの協業が一つの特徴で、最近では眼病の早期発見につなげるための試みも始まりました。東北大学と仙台放送が開発したVRシューティングゲーム「メテオブラスター」を使って視野の状態を簡易的に判定します。
失明する原因の1位でありながら自覚症状が乏しい緑内障は、気付かない間に進行し、発症してからようやく受診に至るケースが多いのです。人間が受け取る情報は大部分を視覚から得ているともいわれますから、目の健康は豊かな生活と深く関係しています。ところが早期発見につながる眼底検査の日本の受診率は、先進国でも最低ラインにあるとされています。メテオブラスターをきっかけにして眼病への関心を高めていただき、受診を促したいと考えています。
啓発を主体としたこの動きは「東北大学×仙台放送×日本生命×仙台市」の4者による「眼からはじめるやさしい街づくり」連携協定の締結につながっています。今年5月にはキックオフイベントとして、仙台市内でゲームと共に移動眼科検診も実施しました。
――今後のイメージ、事業への思いなどをお願いします。
【上田】ヘルスケア事業は当社に新しい風を吹かせるプロジェクトだと捉えています。多様な企業や社内外の人材を引きつけ、一緒に事業を成長させていくことに、私自身も大きなやりがいを感じていますし、また期待を寄せています。当社が目指す「安心の多面体」、その一角を担うべく着実に歩んでいきたいと思っています。