このままでは深刻な“心不全パンデミック”が起きかねない――。今、循環器分野を中心に日本の医療現場ではそうした危機感が強まっている。超高齢社会の進展などを背景に、心不全の患者数は顕著に増加傾向。それが今後、医療体制の逼迫ひっぱくや医療コストの増大をもたらす可能性があるというわけだ。「そのようなパンデミックが懸念される中、働き盛りの現役世代の意識向上も欠かせません」と話すのはロシュ・ダイアグノスティックスの櫻井みどり氏である。世界有数のヘルスケア企業グループ、ロシュグループの診断薬事業部門の日本法人である同社は、心不全バイオマーカー(※)検査の提供にも力を注いでいる。

※バイオマーカーとは、疾患の有無や病気の状態、治療の効果などの指標となる項目、生体内の物質のこと。
*検査のご相談はお近くの医療機関、かかりつけ医、または健診機関などにお問い合わせください。

心不全の再入院率は高くなかなか元に戻らない

櫻井 みどり(さくらい・みどり)
櫻井 みどり(さくらい・みどり)
ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社
マーケティング本部
Diseaseチャプター
リード

心臓のポンプ機能の低下により、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める――。心不全というと高齢者の病気と思われがちだ。しかし実際は、高血圧や糖・脂質の代謝異常など生活習慣病が長期間心臓に負担をかけた結果発症するケースも多い。「その意味でビジネスパーソンの日々の暮らしが影響している側面があります」と櫻井氏は説明する。

そして、一度心不全が進行してしまうと、心臓の機能はなかなか元の状態に戻らない。1年以内の再入院率が高く、慢性化した後に末期的な状態に陥ってしまう人も少なくない(図1参照)

「つまり重要なのは、できるだけ早い段階で心不全のリスクを発見し、それをコントロールしていくことです」

ただ、現実はどうか。自覚症状のない段階で心不全リスクを意識している現役世代は多くないのではないだろうか。例えば健康診断でも、「がん検診」のオプションは付けても心疾患関連の検査を付加している人は少ないに違いない。そうした状況が、症状がまだ現れていない“隠れ心不全”を増加させ、心不全パンデミックの可能性を高めているといえる。

[図1] 心不全のリスクステージと経過イメージ

心臓にかかる負荷が数字で客観的に分かる

現役世代が「自分は大丈夫」「まだ先の話」と心不全を人ごととして捉えてしまう理由には、自身の心臓の状態を知ることが難しいということがあるだろう。まさにその課題を解決するのが、「NT-proBNP」という心不全バイオマーカーの検査だ。

「NT-proBNPは心臓に負荷がかかると血中に出てくる物質です。この値を調べることで、心臓にどの程度の負荷がかかっているのか、数字で明快に把握することができ、自身の心臓の状態を客観的に知ることが可能になります。例えば125pg/mL未満なら正常の範囲内、それ以上であれば一度専門医の受診や精密検査が推奨されるなど、行動の目安も示されていて、とても有用です(図2参照)

[図2] NT-proBNP値と心不全重症度

医師の側も心不全患者やその予備群にNT-proBNPの値を伝えることによって、分かりやすい形で治療を促したり、注意喚起をしたりできるようになる。医師からは「特に自覚症状のない人とのコミュニケーションツールとして有効」との声が聞かれるという。

NT-proBNP検査自体に特別な手間はかからない。例えば健康診断に付加できれば、追加採血の必要もなく、通常の採血で残った血液を利用して結果を出すことができる。「BNP」というバイオマーカーもあるが、NTproBNPは採取した血液中で分解がされにくく、そのため検体の安定性が高いのが特徴だ。

「心不全の診断、病態把握において、NT-proBNP検査はすでに保険適用されています。こうした心不全バイオマーカー検査は関連の学会でもその価値が認められており、日本糖尿病学会と日本循環器学会は、糖尿病患者において、症状がなくても年に一度定期的にスクリーニングすることを推奨するという趣旨の合同ステートメントも出しています」

医療の最前線でNT-proBNP検査が広がりを見せているのは、言うまでもなくそれが心不全リスクの早期発見や重症化の予防につながるからだ。リスクが見つけられれば、生活習慣の改善、高血圧や糖尿病の治療などそれぞれの状態に応じた対処が可能になる。

「逆に言えば、自身の心臓にかかる負荷を知らないままでいることはリスクコントロールの機会を逃すことにもなりかねません。少しの意識の違いで、将来の健康や寿命に差が出ることがあるので、ぜひ現役世代の方にも健康診断などでNT-proBNP検査を受けていただきたいと思っています」と櫻井氏は強調する。

ロシュの知見を生かし社会課題の解決に貢献

スイス・バーゼルに本拠地を置くロシュグループは1896年に創業。医薬品と検査薬を事業の柱に、ヘルスケア領域のリーディングカンパニーとして現在世界150カ国以上で事業を展開中だ。検査薬ビジネスにおいては、日本で50年以上の歴史を有している。

「疾患の有無や状態を調べる検査薬は、ある意味で病気と最初に向き合うものです。医療の世界に不可欠であるとの使命感を持って事業を展開しています」と櫻井氏が言うとおり、ロシュ・ダイアグノスティックスはこれまで革新的なソリューションを多く提供してきた。それを支えているのはロシュグループが積み重ねてきた歴史、その中で培ってきた知見や経験に他ならない。

「幅広い疾患領域の製品を提供している中で循環器領域は私たちの重点領域の一つ。これまでさまざまな製品を提供してきました。NT-proBNP検査については未病の段階からリスクを判定できることから、一般の方、医療従事者の方を問わず、より多くの人にその意義を知っていただきたい。これまで当社が築いてきた全国の病院や検査センターとのネットワークも生かし、社会課題である心不全対策にいっそう貢献していく考えです」

繰り返しになるが、気付かぬうちに進行し、一度症状が出ると再発、悪化する可能性が高いのが心不全の怖さ。いかに早い段階でリスクを見つけられるかが対策の鍵となる。そうした中で、簡便に心臓への負荷を調べられるNT-proBNP検査は、日々忙しいビジネスパーソンにとって頼れる味方となりそうだ。