知的財産権への社会的関心が高まる中、一般のビジネスパーソンにはまだなじみの薄い存在なのが知財の専門家、弁理士だ。知財について弁理士と相談することは、企業にとってどんなメリットがあるのか。弁護士や司法書士など他の士業よりも少ない1万2000人のスペシャリストに、どうアプローチし、どんな視点から適任者を選べばいいのか。日本弁理士会の鈴木一永会長にお話を伺った。

知財を武器にビジネスをデザインするプロフェッショナル

――弁理士の仕事とは、どんなものですか。

【鈴木】知的財産権のうち特許権、実用新案権、意匠権および商標権の4つを「産業財産権」と呼び、弁理士はこれらの権利を出願する人や企業をサポートしたり、事業に関係しそうな権利の有無を調査したり、既存の権利の範囲がどこまで及ぶか鑑定し、人や企業に助言を行います。特許や商標の出願を代理することが仕事と思われがちですが、それは業務の一部にすぎません。

その業界その企業独自のノウハウまで知的財産に含めれば、何も知的財産を持たない企業はおそらく存在しないでしょう。弁理士はそこに法が定める権利を見出し、守る役目を負っています。

一方で会社を経営しているかぎり、たとえ自社で特許や商標を出願しなくても、意図せず他社の知的財産権に抵触してしまう可能性があります。新しく開発したり扱うことになったりした商品が他社の権利に触れないことを確認しなくてはならないシチュエーションは、今後ますます増えていくでしょう。そうした調査を行い、権利侵害の有無を判断するのも弁理士の仕事です。

鈴木 一永(すずき・かずのり)
日本弁理士会会長。鈴木正次特許事務所に在籍し、商標、知的財産権の調査を担当。2009年に日本弁理士会執行理事。その後、日本弁理士会副会長などを経て、23年より現職。

――特許権、実用新案権、意匠権、商標権には、それぞれどういった特徴がありますか。

【鈴木】特許とは技術的なアイデア、いわゆる発明です。実用新案は発明というほど高度ではないアイデアで、形があるものに限られます。意匠とはデザインのことで、商標とは自社の商品やサービスを他と区別するための目印です。

弁理士は4つの権利すべてを扱う資格がありますが、カバーする範囲が広いため、実際には各人がそれぞれ専門を持っています。たとえば私の場合は商標を専門としています。

発明の内容を定められた形式で書き出したものが、特許の「明細書」です。その書き方にはさまざまなノウハウがあり、実地で使えるレベルの明細書が書けるようになるには、試験合格後に先輩弁理士の指導を受けながら書き方を学ぶ必要があります。

特許出願に際しては他にも先行技術の調査、発明の有効性や権利化の可能性の判断といったステップがあり、出願を行う分野の技術やトレンドを知悉していなくては務まりません。そのため半導体やバイオ関係といった先端分野を扱う弁理士には、その分野の修士号、博士号を持つ人が少なくありません。

――弁理士には国際的な業務が多いと聞きます。

【鈴木】海外で製品を製造販売したり、商標を使用するためには、その国で権利を取得したり、権利が侵害されていた場合はそれを回復する必要があります。

製薬会社などではひとつの医薬品につき100カ国以上で特許出願することも普通になっています。日本の特許事務所を通じて世界各国の特許事務所に出願を依頼するため、英語が使える弁理士も多く、外国の法律や国際条約についても知識を持っています。

商標も同様で、「中国で生産した商品を日本と東南アジアで販売する」という場合、中国、日本、また東南アジアでは国ごとに、その国の分類や法制に合わせて商標を取る必要が出てきます。

日本弁理士会には「国際活動センター」があり、日頃から海外との情報交換に努め、アメリカ、ヨーロッパ、中国など各国の知的財産関係団体との交流会も実施して、得た情報を会員の弁理士に提供しています。

イベントや相談会を活用して最適な弁理士と出会う

――知財問題が深刻化する原因の多くは、商品やサービスの発表前にしかるべき対策を取っていなかったことにあると聞きます。

【鈴木】特許も意匠も商品の発売前にせめて出願までは済ませておき、早期に権利化すべきです。「試しに売ってみよう」と権利が保護されていない状態で発売してしまうのは、「まねしてください」と言っているようなものです。

商標の権利化について、日本のスタートアップでありがちなのは、国内で事業を始め、それがうまくいったので海外に展開しようとしたら、そのときには既に商標が押さえられていた、というケースです。

新商品の場合、自社の権利を守る必要があるだけでなく、他社の権利を侵害する可能性もあるため、極力発表前に弁理士に相談すべきです。製品なりサービスなりを既に世に出してしまった場合も、できるだけ早く専門家に相談すべきです。病気の早期発見と同じで、時間が経つほど問題が起きる可能性が高くなります。

中小企業には「商標登録や特許の出願などにお金をかけたくない」という経営者の方が多いのですが、面倒でもそれをやっておくことが会社の将来のためになります。

――弁理士に相談する場合、どうやって探せばいいのでしょうか。

【鈴木】日本弁理士会のホームページから弁理士を探すこともできますが、弁理士ごとに専門が分かれているため、自分の目的に誰が適任か知るのは難しいかもしれません。

顧問契約を結んだ弁理士や知り合いの弁理士がいれば、そこからさまざまな分野を専門とする弁理士を紹介してもらうことができます。そうした接点がない場合、日本弁理士会が常設している知的財産相談室を活用するのも有効です。試しに弁理士に無料で相談してみて、その弁理士が適任か否かを判断することが可能です。

関東地域であれば、日本弁理士会の関東会が弁理士紹介制度を設けており、ホームページから紹介を依頼できます。ベテランの弁理士が相談者の要望を聞いた上で、適任と思われる弁理士を紹介する制度です。

地方でも特許庁、日本弁理士会、独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)、日本商工会議所による「4者連携知財経営支援ネットワーク」が2023年度から始まっています。各地域に地方の中小企業やスタートアップを対象とする「ワンストップ支援窓口」を設け、地域企業の特許取得や海外展開等の相談を受ける取り組みです。

――実際に弁理士と会ったとき、どのような点に気をつければいいでしょうか。

【鈴木】まずは専門が合うことが大切なので、その弁理士の専門が特許なのか商標なのか意匠なのか、特許であればどういった分野を中心に仕事をしているのかを確認してください。

その中で、相談者の話をしっかり聞いてくれる弁理士を選ぶことが大切です。弁理士も人ですので相性の良し悪しはあると思います。

もうひとつの基準として、日本弁理士会の会務に関わっているかどうかもポイントになります。上で紹介した「4者連携知財経営支援ネットワーク」や「つながる特許庁」に参加しているような弁理士はネットワークづくりに熱心で、広いつながりを持っている可能性が高いのです。

創造性を発揮しながら自由に働ける職業

――これから弁理士を志す人に向けて、お言葉をお願いします。

【鈴木】弁理士はさまざまな発明や事業立ち上げの現場に関わり、アイデアを事業化するまでの過程に参加する、創造性の高い仕事です。

扱える分野は広く、それぞれ専門性を求められます。特許を扱う弁理士は理系出身の人が多く、意匠を扱う弁理士には美術系学部出身の人が、商標を扱う弁理士は文系、特に法学部出身の人が多くなっています。弁理士はまた早くから女性が活躍してきた職業で、同じ仕事なら男女全く同じ報酬です。

所属する弁理士だけで100名を超える大手特許事務所もあれば、資格を持ちつつ企業で働く人もいますが、割合としては特許事務所や弁理士法人を構える人、もしくはそこに所属して働く人が7割です。特許事務所や弁理士法人であれば自分でスケジュールを管理できますし、資格があれば事務所間での転職や再就職も可能なので、出産、介護といったライフイベントにも柔軟に対応できます。

所轄官庁である特許庁は早くからデジタル化が進んでおり、私たち弁理士も今ではノートパソコンがひとつあれば、日本中どこでも仕事ができるようになっています。

私が弁理士の仕事に出合ったのは、父の特許事務所でアルバイトを始めた高校生の頃でした。その当時は社会的に弁理士の認知が進んでおらず、仕事の内容を伝えるのに苦労したものです。最近は多少認知が進んだといっても、私の目から見たらまだまだです。

弁理士には優秀な人が多く、その仕事が広く認知されることが日本の国際競争力の向上にもつながります。自由度が高く創造性豊かな仕事ですので、士業を目指しているみなさんにはぜひ弁理士を目指していただきたいと思っています。