「芸能人は歯が命」と聞けば、すぐさま思い浮かぶのはあの歯みがき剤――。抜群の知名度を誇る「アパガード」ブランドを展開するサンギは2024年、創業50周年を迎える。急激なブレークの反動を受け止めきれず、一時は倒産が危ぶまれる状況にまで追い詰められた同社。見事な再起を遂げ、さらなる成長軌道に乗るまでのさまざまな改革において中心的な役割を担ってきたのが、代表取締役社長のロズリン・ヘイマン氏だ。
ロズリン・ヘイマン
株式会社サンギ
代表取締役社長
オーストラリア生まれ。豪メルボルン大学、仏ニース大学卒業、東京大学大学院修了。1999年には日本の獣医師免許取得。在豪日本大使館勤務、日本で通信記者、証券アナリストを経て、99年にサンギ入社。2001年ブランド管理室長、07年経営企画室長、10年代表取締役副社長、16年より現職。

「やはり、確かな商品力があったからこそ信頼を取り戻せたのだと思います」

長年にわたって支持されている要因はどこにあるのですか。そんな問いに対して、ロズリン氏はこう答えた。

「私が入社した1999年当時のサンギの状況はといえば、市場の信頼を失ってしまっていた時期です。95年、アイデアマンである夫(現代表取締役会長・佐久間周治氏)が仕掛けたCMをきっかけにアパガードは売れに売れ、1週間で1年分の在庫がなくなってしまうほどでした。その勢いのまま会社は拡大路線を突き進んだものの、競合他社の追随などもあって、価格競争に巻き込まれていったのです。ターゲット層が異なる高価格帯の当社製品が、安さで競えるわけがありません。焦りから強引な売り込みなども目立つようになり、歯みがき剤市場で20%ものシェアを誇ったブランド力は、急速に低下していきました」

そんなタイミングで経営コンサルタントとして招聘しょうへいされたのが、証券アナリストや通信社の記者といった経歴を持つロズリン氏だった。それまでもたびたび入社の誘いはあったが、あくまでも外から見守るという立場を貫いてきた。「大きな夢を追いかけるタイプの夫と、基本的には細かくて完璧主義だった私。正反対の性格ですし、私自身はまったく別のキャリアを思い描いていましたから、サンギの経営に携わるのは難しいと思っていました」

一転、経営危機の荒波に飛び込むことを決断したのは「苦心して築き上げたブランドを守らなくては、とにかくその一心でした」

組織やビジネスの課題を着実に一つずつ乗り越えた

サンギのブランド力の根幹を成すのは独自に開発した「薬用ハイドロキシアパタイト」だ。アパガードがこれだけ世の中に広く受け入れられたのは、単にCMにインパクトがあったことだけが理由ではない。むし歯予防の薬用成分として認知され、使用感がユーザーに受け入れられたからだ。

「薬用ハイドロキシアパタイトは、むし歯予防においてフッ素と並ぶ薬用成分です。膨大な予算を投じて臨地試験のデータを収集し、安全性の検証を重ね、むし歯予防効果のある薬用成分となるまでに15年ほどを要しました。他社にはないサンギだけが持つ強みです」

その強みや製品の魅力を、もう一度市場に訴求するためには、組織やビジネスの在り方を一から見直す必要があったという。大幅な値引きなどは一切せず、製品のラインアップを絞り込み、拠点のスリム化も図った。方針の転換について戸惑いや反発の声は少なくなかったが「今日できることは今日終わらせる、一日一日を決して無駄にはしない」との軸はブレることなく、目の前の課題を一つずつ着実に乗り越えていった。

「部署の位置付けなども明確ではなく、誰がどんな仕事をして何に対して責任を負っているのかなど、体制そのものが非常にあいまいだったのです。適性に応じて配置を転換するなど一人一人が能力を発揮しつつ、全体として機能する環境を整えていきました。現在100人強いる社員たちのことは、できる限り把握しておきたいと考えています。例えば廊下での立ち話のタイミングなどでアイデアや会社への意見を伝えてもらうのは大歓迎ですし、研究所には毎週足を運んで直接対話しています。コミュニケーションを通じて互いの熱意や雰囲気を感じ取ること、社内でも社外でも常にウィンウィンの人間関係を大切にすること。組織づくりにおいて重要視していることです」

ブランド管理室長、経営企画室長などを経て、社長に就任したのは2016年のこと。「社長と呼ばれるのに慣れるまで5年ほどかかりました。今でも肩書より、ロズリンと声をかけてもらう方がいいのですけれど」と笑う。

進み続けるために大切なのは「自分の力を疑わない」こと

現在、美白高機能歯みがき市場のトップ(※)を走り続け、堅調な業績を維持するサンギ。創業50周年の節目を前に、部署を横断したメンバーによるプロジェクトチームが発足。周年ロゴと、コーポレートスローガン「あなたと輝く毎日へ」を発表した。「製品を使ってくれるあなたに輝いてほしいという願いを込めていると同時に、私たち自身も輝ける会社でありたいとの決意を重ね合わせています。例えば『あなたの歯、黄ばんでいませんか?』のような、不安をあおるようなアプローチは絶対にしません。あなたの魅力がもっと光を放つお手伝いがしたい、そんな前向きなメッセージを発信し続けて、一緒により良い未来へ歩んでいきたいですね」

そして、サンギのチャレンジはまだまだ続く。「歯科医療の領域においてもこれまでにない独創的なものを生み出したいとの思いを強く持っています。歯に新しいエナメル質層を生成する画期的な歯科治療システムのプロトタイプなど、当社の技術を用いたいくつかの大きなプロジェクトも進行しています。今後もさらに積極的な事業を展開していく計画です」

最後に、改めて聞いてみた。リーダーとして難局を乗り切ることができたのは、なぜなのかを。

「サンギに入社した頃、右も左も分からずに不安でいっぱいだった私に『頼むよ』と一言かけてくださった取引先の幹部がいました。あなたならできるよと言ってもらったようで、とても大きな励みになったことを覚えています。自分の力を疑わない。リーダーに必要なのは、これを信じ抜く心だと思います」

※インテージSRI+2023年 美白高機能歯みがき市場売上金額主要シリーズ「アパガード」

「薬用ハイドロキシアパタイト」とは?
右から、アパガードプレミオ(販売名:サンギXLC2)、アパガードセレナ(販売名:サンギMSR)/医薬部外品、薬用歯みがき

1974年に貿易商社としてスタートしたサンギは、NASAの特許技術をヒントに、歯と骨の構成成分であるハイドロキシアパタイトを配合した「修復発想の歯みがき剤」の開発に着手。80年、世界初のハイドロキシアパタイト配合歯みがき剤「アパデント」を発売した。およそ15年に及ぶ基礎実験や臨地試験でデータを蓄積し、93年、ハイドロキシアパタイトの3つの作用(①歯垢の吸着除去②歯面の微小欠損の充塡じゅうてん③表層下脱灰部の再石灰化)でむし歯予防の薬用成分「薬用ハイドロキシアパタイト」となった。独自開発の同成分は、アパガードをはじめとするサンギの全歯みがき剤に配合されている。合成法によってハイドロキシアパタイトはさまざまな性質に変化する点も特徴で、スキンケア、医療機器、触媒など、多様な用途での応用が期待されている。