一人ひとりが最大限の可能性を発揮できる環境づくり
――ジョンソン・エンド・ジョンソン(以下、J&J)のDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)に対する考え方について教えてください。
【大多和】J&Jの経営理念である「我が信条(Our Credo)」には、「顧客」「社員」「地域社会」「株主」の4つのステークホルダーに対して果たすべき企業の社会的責任が記載されています。そのうち「社員に対する責任」として、「社員の多様性と尊厳が尊重され、その価値が認められなければならない。」と明記されています。これが当社におけるDE&Iの出発点となる考え方です。
「ダイバーシティ&インクルージョン」については日本社会でも認知が広まり、経営戦略に取り入れる企業も増えました。J&Jが特徴的なのは、この2つに加えて「エクイティ(公正)」を大切にしている点です。
「Equity(公正)」と「Equality(平等)」は混同されがちですが、同じ意味ではありません。私たちはその違いをよく自転車に例えます(下図参照)。
全ての人に同じ自転車を提供するのは「平等」です。これも重要な価値観ですが、一人ひとりの違いには焦点が当たらないので、自転車をこぎ出せる人もいれば、こぎ出せない人もいます。それに対し、誰もがこぎ出すことができるように、一人ひとりの違いに配慮した自転車を提供するのが「公正」です。
つまり私たちが目指すのは、一人ひとりがパフォーマンスを最大限に発揮できる職場をつくることであり、エクイティの概念は当社のDE&Iを語る上で大事な要素となっています。
――御社では、どのような体制でDE&Iを推進しているのですか。
【大多和】当社にはDE&Iを推進する4つのエンジンがあります。1つめは、経営者の力強いコミットメント。2つめは、制度の構築や社員のキャリア育成など人事面でのサポート。3つめは、各部署のニーズに合わせて部署内で推進する取り組み。そして4つめが、ERG(エンプロイー・リソース・グループ)です。
ERGはDE&Iに関する意識改革や文化醸成に取り組む社員の自発的なグループのことで、特定の領域について主体的な活動を行っています。日本では「ジェンダー」「LGBTQ+」「障がい」「世代」にフォーカスしたグループがあり、そのうちジェンダー領域における活動をするグループとしてWLI(ウィメンズ・リーダーシップ&インクルージョン)があります。
ジェンダー課題に取り組むグループの約半数は男性
――WLIとはどのような活動なのでしょうか?
【大多和】ジェンダーの垣根を越えて、全ての社員が安心して働ける環境づくりを支援する活動です。もともとは1995年に米国で始まった女性のリーダーシップ推進活動で、日本では2005年に活動がスタートしました。
【佐岡】私も自発的にWLIに加わった一人です。特に日本においては、ダイバーシティを推進する上で性別やジェンダーによる障壁をどう排除するかが大きな課題であり、私もこのテーマにしっかり取り組みたいと考えました。
WLIでは、インクルージョンに対する取り組みの一つとしてMale Allyshipに力を入れています。これは男性と女性がともに仕事をする上で重要となる考え方や振る舞いについて学んだり、情報共有したりする取り組みです。
例えば男性マネジャーを対象にアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)のトレーニングを行ったり、男性の育児休業に関する情報や実際に取得した社員の体験談を共有するセミナーを開催したりと、男性社員向けのプログラムを数多く実施しています。こうした男性の意識改革を促す働きかけに力を入れていることも、WLIへの男性社員の参加を後押しする要因になっています。
【大多和】WLIがユニークなのは、現在約270名いるメンバーのうち、約半数が男性であるという点です。活動が始まった当初は女性中心でしたが、最近は男性の参加者が大幅に増えています。
――今の話にもありましたが、J&JではDE&Iの一環として男性の育児休業取得も推進しているそうですね。
【佐岡】ええ、私も育休を2回取得しています。1回目は2018年に、2回目は今年、それぞれ約1カ月の休みを取りました。
実は1回目のとき、自身の所属する部署で男性管理職が育休を取得するのは初めてだったと聞いています。前例がない中での育休取得は簡単な決断ではありませんでしたが、当時のマネジャーが「貴重な機会だから、絶対に取ったほうがいい」と背中を押してくれたおかげで踏み切れました。
これがきっかけとなって事業部内で育休を取得する男性が増え、他部署の男性社員からも相談や問い合わせが相次ぎました。法律や制度が変わったことも後押しして、今では「男性が育休を取るのは当たり前」という文化が浸透しつつあります。5年前は周囲から「育休を取るんですか?」と驚かれることもありましたが、今年は「どれくらいの期間取るんですか?」といった育休取得を前提とした会話ばかりでした。組織風土を変えるには、誰かが先陣を切って行動し、周囲に影響を与えることが大事だと実感しています。
【大多和】男性の育休取得を促進するため、当社独自のサポートも充実させています。育休取得期間のうち8週間までは給与の減額分を補填する制度や、共働き家庭の社員が育休を取得した場合は子どもが就学するまで補助金を支給する「チャイルドケア支援金制度」などを整備し、育児や育休取得を応援しています。
現在は男性の育休取得率が向上し、ジョンソン・エンド・ジョンソンでは62.6%、グループ会社のヤンセンファーマでは72.5%に達しています(2022年12月末時点)。
育休取得はメリットがたくさん
――育休を取得して、どのような点がよかったですか。
【佐岡】まず、子どもと接する時間が増えたことです。子どもを抱っこして、「可愛いなあ」と思いながら一日を過ごせるなんて本当に幸せでしたね。「こんな時間をもらえるなんて、自分はいい会社で働いているんだな」としみじみ感じました。
【大多和】うらやましいですね。私の子どもが生まれたのは10年以上前ですが、当時の自分には男性が育休を取るという発想がありませんでした。出産前後の妻や子どもがどんなふうに過ごしているのか、間近で見ることができなかったのが本当に悔やまれる。今だったらチームメンバーに仕事を任せてしっかり育休を取ります(笑)。
【佐岡】家族と過ごせることは育休の何よりのメリットですが、仕事や職場での利点もたくさんありました。一つは、チームの成長やキャリア開発の機会につながること。育休中は誰かに仕事を任せなければいけないので、私の役割や業務を代行する部下や若手は新しい学びや経験を得る良い機会になります。チーム全員で支え合う文化が醸成されるのもよかった点です。
DE&Iを実践する上でも、育休取得の経験がプラスに働いています。「自分は職場を1カ月離れるだけで不安なのに、1年のブランクを経て戻ってくるときにはどれほど不安なのだろう?」と、当事者の気持ちに寄り添えるようになりました。
女性に限らず、誰もが何らかの問題や事情を抱えています。家庭のことや自分の健康や病気のこと、将来のキャリアなど、一人ひとりが様々な悩みや不安を抱えているはずです。育休を取得して自分が周囲から支えられる立場を経験したことで、「自分はチームをマネジメントする立場として周囲の人たちをどうケアするか」を今まで以上に深く考えるようになりましたし、メンバーと対話する時間を積極的に設けて、相談しやすい環境をつくるように心がけています。
――DE&Iをリードする企業として、日本の社会や働く環境をどのように変えていきたいと考えますか。
【佐岡】「我が信条(Our Credo)」が素晴らしいと感じる点の一つとして、4つのステークホルダーのうち「社員」に対する責任が分厚く書かれていることが挙げられます。私もWLIの活動を通じて、当社の社員たちが「この会社で働いていてよかった」と思えるような環境をつくる手助けがしたいと考えています。
仕事ではヘルスケア事業を通じて世の中に貢献し、自発的活動でも人のために貢献できる。そんな人生が送れたら私自身も幸せです。
【大多和】私は、あるとき自分が小中学生の頃の写真を見ていて、男女問わず皆で集まって一つのことに取り組んでいたり、楽しく話し合って物事を決めていたりする様子にハッとしたことがあります。そこに男女の差はなく、DE&Iの観点でいえばそれが正常なんです。ところが社会人のアルバムを開いた途端、どの写真も男性ばかりになる。つまりジェンダーやダイバーシティの課題は大人がつくり出したもので、今の私たちは子どもから見れば違和感しかない世界に生きているのかもしれません。
私たちはJ&Jの企業活動を通じて、そんな違和感のない社会をつくっていきたい。誰もが個人として尊重され、多様な視点や価値観を大切にできる世の中になるよう、社内外に働きかけていけたらと思っています。
その他の取り組み関しては弊社のLinkedInまたはFacebookをフォロー、ご確認ください。