今年6月、血液がんの一種である真性多血症に対する新たな治療薬(※1)の国内販売が開始された。この新薬を提供するファーマエッセンシアジャパンは、技術、経営の両面において独自の特徴を持つ企業として注目されている。これまでにない事業スタイルによって、同社は何を目指すのか――。米津克也社長と開発の責任者を務める佐藤俊明副社長に聞いた。

医薬品業界のジレンマを解消すべく日本法人を設立

「当社は『永遠に患者志向であり続ける』ことを理念に掲げています。当然のように思われるかもしれませんが、医薬品業界でこれを貫くのは必ずしも容易なことではありません」

米津克也(よねづ・かつや)
ファーマエッセンシアジャパン株式会社
代表取締役社長

米津社長はそう語る。医薬品の開発には多額の資金と時間がかかり、それを回収するには、患者数が多い疾患を対象とせざるを得ない側面があるからだ。

「例えば私たちが治療薬を販売した真性多血症は、患者数が少ない上、瀉血しゃけつ(※2)などによって重篤な合併症を予防することができます。そのため、患者さんは体への負担が大きい対症的な措置を選ぶことを余儀なくされ、『病気を治す』という“真の治療ゴール”が見過ごされている状態でした」(米津氏)

そうした状況を打開する治療薬を開発したファーマエッセンシアは、台湾を本拠地とし、日本の他、米国、中国、韓国などで事業を展開するグローバル企業だ。実は台湾ではバイオ・医薬品を半導体に続く主力産業と捉え、政府の積極的な後押しの下、優れた創薬ベンチャー各社が世界で存在感を発揮している。

「ガバナンス面の特徴としては、各国の法人が連携しながら並列的な立場で動いているため、意思決定がスピーディー。日本の状況に応じた施策も素早く進めることができます」(米津氏)

日本法人の立ち上げをリードした米津氏は、長年、大手製薬会社で仕事をする中でジレンマを抱えてきた。

「細分化された組織の中で、『本当に患者さんに寄り添えているのか』と感じることがありました。臨床試験で高い成果が出た治験薬の開発が収益性の問題で中止されたこともあり、“自ら患者志向を追求する方法を見いだしたい”という思いを抱くようになったのです」(米津氏)

そんな時に出会ったのが、順天堂大学医学部で教授を務めていた小松則夫氏だった。親交を深めるうち、同氏がその創薬技術を評価するファーマエッセンシアの日本法人の立ち上げを打診される。

「医師として血液疾患に苦しむ多くの患者さんの治療に尽力してきた小松先生は患者さんへの思いが非常に強く、ファーマエッセンシアの薬を日本に導入したいと考えていました。私もその考えに共鳴し、同時にジレンマを解消する格好の機会だと感じ、挑戦を決意しました」と米津氏は言う。そして、2017年に日本法人を設立。21年には大学を退任した小松氏も、「これまでと異なる立場で日本の医療に貢献したい」と同社に加わった。

※1 既存治療が効果不十分または不適当な場合に限る。
※2 治療のために一定量の血液を体外に取り除くこと。

少数精鋭の経営体制で外部連携を積極的に推進

今回の治療薬開発では、ファーマエッセンシア独自の「部位選択的モノペグ化技術」が用いられた。その特徴を佐藤副社長は次のように説明する。

佐藤俊明(さとう・としあき)
ファーマエッセンシアジャパン株式会社
取締役副社長
グローバルクリニカルスタディーディレクター兼開発・メディカル本部 本部長

「化学的には、タンパク質内にある特定のアミノ酸にポリエチレングリコール(PEG)を固定させる技術です。ペグ化を行うと薬剤の分解を抑えられるため、例えばこれまで毎日必要だった注射の回数を減らしながら同じ効果を得られる可能性があります。さらに選択的に特定のアミノ酸に結合させることで、副作用の低減や投与間隔のさらなる延長が期待できます。こうした技術特性を生かすことで、“過去のもの”と見なされていた薬品にも復活のチャンスを与えることができるのです」

人間の体内ではさまざまなタンパク質が機能しているため、この技術は今後さらに他分野での応用も期待される。

秀でた技術を生かすための経営体制もユニークだ。ファーマエッセンシアジャパンでは、機動的に事業を展開するため少数精鋭のスリムな組織を基本とし、アウトソースを効果的に活用している。

「日本での臨床試験も外部と連携して実施しました。信頼できるパートナーの力を借りることで、順調かつスムーズに治験を完了し、早期の製造販売承認の取得が可能になります。パートナー選びではコストやスピード以上に業務のクオリティーを重視し、長期的な関係を築いていくことを大切にしています」(佐藤氏)

あらゆる状況に臨機応変に対応できる機動的な組織をつくれれば、それは今後さらに進むであろう外部環境の変化へ適応する上でも有利になるだろう。

一方で、同社は大学や外部の研究機関との緊密な連携も重視している。そうすることが第一線の研究情報や成果に触れることにつながるからだ。

「既存の治療薬の中には大きなポテンシャルを秘めながら、十分にそれが発揮されていないものも少なくありません。オープンイノベーションによってそのような医薬品に改めて光を当てる、いわばルネサンスによってアンメット・メディカル・ニーズを満たし、真の治療ゴールを達成することが当社の使命だと考えています」(米津氏)

永遠の患者志向と事業成長は決して相反するものではなく、両立すべきもの。これがファーマエッセンシアジャパンの根本的な考えだ。

「その実現のために、私たちは最適な人材、パートナーを獲得し、確かな事業体制の確立を進めています。そうした取り組みが一つのロールモデルとなり、業界の変革の一助になればうれしいですね」と米津氏は言う。

デジタル化の進展、開発費の高騰、M&Aによる業界地図の変貌など、変化のただ中にある医薬品業界。そこに新風を吹き込む存在として、同社の今後に注目したい。

薬剤のポテンシャルを引き出す「部位選択的モノペグ化技術」とは

「ペグ化」とは、タンパク質分子内の特定のアミノ酸を高分子化合物であるポリエチレングリコール(PEG)によって修飾すること。これにより、薬剤を分解する酵素の働きが抑制され、薬剤の効果を長時間持続させることが可能になる。「部位選択的モノペグ化技術」は薬剤の特定部位だけをペグ化することができる技術で、ペグ化部位の不均一性がなくなるため、従来のペグ化薬剤と比較して、副作用の低減、薬剤の投与間隔の延長などが期待できる。ファーマエッセンシアは、この技術によって既存の類似する医薬品と比較して、優れた薬物動態/薬力学的特性を示す医薬品の開発を進めている。