経理部門出身でIT部門のトップに就いた理由
【古市】松山さんはCIOに就任されるまで、どのようなキャリアを歩んでこられたのですか。
【松山】新卒入社以来ずっと大和ハウス工業に勤めてきました。ITに関わる前のキャリアは経理畑が中心です。もっとも、大和ハウス工業は全国に拠点を置いているので、地方での勤務時代は、経理から人事、法務、CSRまで幅広く経験しました。
ITに関わるようになったのは、SAPのERP導入で会計システムを刷新するプロジェクトを立ち上げた2010年からです。当時の情報システム部長で同じ経理出身の加藤恭滋さんがプロジェクトリーダーになり、以前一緒に仕事をした縁で私が本社に呼び戻されてユーザー側のリーダーになったんです。大和ハウス工業にSAPを導入した2012年4月からはグループ会社への展開が始まり、内部統制の立場から経理所属のままITに関わることになりました。2018年10月に加藤さんからスカウトされる形で情報システム部に異動し、2020年4月からは後任を託されて現職に就き、グループのIT子会社であるメディアテックの代表取締役も兼務しています。
【古市】業務の標準化を進めるには現場がわかっている人が重要です。松山さんは経理出身ながら、比較的ITに近いところで仕事をしてこられたのですね。日本企業のCIOのバックグラウンドは様々で、ITの専門家がCIOとして転職してくる場合もあれば、松山さんのように別の専門領域を持っている人がCIOになるケースも見られます。
【松山】ITに関わり始めたころのことを申し上げると、2010年当時、私はITのことを全く知らない状態でプロジェクトに参加しました。最初は専門用語の多さに悩まされ、周りの会話が理解できなかったのですが、しばらく一緒に仕事をする中で貢献できることが見えてきました。実はプロジェクトメンバーが悩んでいたのは、「ユーザーテストを前倒ししたい」「ベンダーリソースを確保したい」などのテクノロジー“以外”のことでした。それで「あ、そっちなら私のほうが得意だ」と気づかされたのです。
これはプロジェクトリーダーとしての経験ではありますが、CIOについても、それぞれの会社の状況によってベストな人材像は違っていいと思います。外部から登用するにしろ内部登用にしろ、それぞれのメリットとデメリットを整理すると、ITの専門性がないということは必ずしも弱みになるとは限りません。専門性がないならサポートしてくれる人を置いたり、仕事のやり方を変えたりするなど対策を講じればいいからです。
IT子会社のトップを兼務することのメリットとは?
【古市】松山さんは、大和ハウス工業本体のCIOでありつつIT子会社の社長もやっておられます。2つの軸を持っていることが組織に良いインパクトをもたらしているのではないかと想像しますが、経営者の視点からCIOに思うこと、逆にCIOの視点から経営者に思うことはありますか。
【松山】忙しくて大変ですが(笑)、大和ハウス工業と子会社のITの方向性を揃えられる利点は大きいですね。組織同士がいがみ合うことなく、矛盾のない迅速な意思決定が可能です。加えて人を採用しやすい。大和ハウス工業では雇いにくい人材も子会社ならば採用できるからです。
一方で、メディアテックは事業子会社ではなく機能子会社です。メディアテックの売り上げを増やすことは、大和ハウス工業のコストを増やすことと同じですから、売り上げを増やすために何でもかんでもメディアテック側で受ければいいということにはならないところが難しいです。
CxOからの理解を得るには相手が「理解できる言葉」で
【古市】これからのCIOが果たすべき役割について聞かせて下さい。
【松山】私は機会があるごとに、マネージャーの役割は4つあると言ってきました。CIOも例外ではありません。
第1に、世の中の動きや技術動向を見て半歩先の準備をすること。第2に、計画実行上の問題を解決すること。第3に、全社戦略にIT戦略の優先順位を揃えること。第4に、自社の現状を把握し、立ち位置を周りに伝えて理解してもらうことです。この4つに則したことを進めています。
【古市】グローバル企業ではCIOのポジションが確立していますが、そうとは言えない日本企業ではCIOは苦労することも多いのが現状です。松山さんはCFOに近いバックグラウンドがある分、予算獲得や経営貢献度の可視化という点ではノウハウをお持ちだと思います。そこでお聞きしたいのですが、IT部門はコストセンターと見られがちな中、予算承認などで工夫していることはありますか。
【松山】経理時代に一緒に働いていた先輩が今のCFOなので、考え方がわかるといった点は多少ありますが、だからと言って何でも認めてもらえるわけではありません。CFOに限らずCxOにIT投資を納得してもらう方法については悩ましい問題です。
ただ、一つ言えるのは、CIOはCxOに伝わる言葉を持っていなければならないということです。「会社を良くしたい」という思いを持っていることはIT部門も同じで、目的から外れたことをやりたいわけではない。だからこそ、投資金額の妥当性を判断してもらうには、彼らが理解できる言葉で伝える努力が必要になるのです。また投資の提案には、「太く短く」のパターン、逆に「細く長く」のパターンなど、場合によっては複数のオプションを用意しておくことも必要ですね。
【古市】CIOの仕事としては、後継者育成も重要なテーマです。大和ハウス工業としての条件もあると思いますが、どの会社にも必要な「これからのCIO」の条件はどんなものになると思いますか。
【松山】CIOとしては駆け出しの立場なので、「強いて言うなら……」ということで申し上げますが、常に変化への準備をしている人がいいと思います。
例えば、あるシステムを新しいシステムと連携させようとした時、調べてみたら適時バージョンアップを怠っていたために、全面的に作り直さなければ連携できないとわかったことがありました。この先どうなるかを考え、適切なタイミングで手を打てていれば、作り直す必要はなかったかもしれません。
目立たなくても、要望が具体化した時に「それだったらやっていますよ」と言えるような半歩先の手を打てている。テクノロジーの素養も重要ですが、会社の将来を考えるとそれができる人材を育てたいと考えていますし、そんな部下たちが育ってきたとも思います。
ユーザーとベンダーの関係はフェアであれ
【古市】セキュリティ分野のように、お金をかければかけるだけ良い成果を得られるわけではない、という場合があります。ガチガチに守りを固めるとユーザーに負担をかけたり、性能に問題が生じたりというマイナス面も出てくるからです。CIOとして効果測定をどう考えていますか。
【松山】定量化の努力が必要ですね。コスト削減が期待できるプロジェクトは比較的説明が容易ですが、セキュリティのように当てはまらないものもある。仮定の話になるとしても、事故が起きる確率や起きた時の回復に必要なコストなど、何らかの方法で金額換算することで理解を得やすくなると思います。
【古市】松山さんは多くのベンダーと仕事をされています。選定基準はどのようなものでしょうか。
【松山】ベンダーに求めるよりも、自分たちが変わらなければいけないことが多いと思います。よくプロジェクト遅延が問題になりますが、それはベンダーだけに原因があるのでしょうか。かえってユーザーに起因するものが多いのではないか、という振り返りが必要です。
私たちのビジネスもお客様から注文を受けて住宅を作ることなので分かりますが、時には発注者の立場が強くなりすぎることがあります。しかし、発注者と受注者の関係はフェアなものであるべきです。私は「プロジェクトはジョイントベンチャーのようなもの」と思います。それぞれの利益だけを主張していては、いい結果は得られません。また、前例踏襲はしばしばゴールを見失う結果に繋がります。その意味で、前例に囚われず、ゴール達成のためにあるべき像をゼロから考えられるベンダーと一緒に仕事をしたいと思いますね。