2022年4月に設立されたお茶の水女子大学の「SDGs推進研究所」が企業から注目を集めている。「大学や他社と知恵を出し合い、SDGs活動を進められる」「自社にはない価値観に出合える」などが理由だ。同研究所を設立した背景や狙いについて、所長を務める藤原葉子教授と副学長で研究員の一人である赤松利恵教授に聞いた。

一つの社会課題を多様な視点から考察できる

「お茶の水女子大学では衣食住をはじめ私たちの生活に関わる多様なテーマを文理融合の視点で学術的に研究しています。近年、企業にはSDGsの達成に貢献することが強く求められています。そうした中、私たちは企業や各種団体、行政などのSDGsの実践活動を統合する拠点となりたい。また、互いにノウハウや人、資金などを出し合い、活動を進めていけるプラットフォームをつくりたいと考え、SDGs推進研究所を設立しました」

藤原葉子(ふじわら・ようこ)
お茶の水女子大学
SDGs推進研究所 所長
基幹研究院 自然科学系 教授
1988年にお茶の水女子大学大学院家政学研究科修了、博士(学術)。97年に同大学講師、2010年に教授となり、22年より現職。

藤原所長はこう説明する。活動のキーワードは、“生活者起点”だ。その重要性について赤松副学長が続ける。

「言うまでもなく、SDGsは日々の生活と切り離せません。私たちの行動、意識が課題解決につながります。本学であれば一つの社会課題をそれぞれの専門を持つ研究者が多様な視点から見つめ、課題の本質に迫ることができると考えています」

長年にわたる生活科学分野での研究の蓄積と複眼的な考察という強み。これを社会的な価値につなげるのに欠かせないのが、製品やサービスを通じて「実装」を担う企業との連携である。

「企業活動において経済合理性は大事な要素です。しかし今の時代、企業には利益の追求ばかりではなく、社会課題の解決に向けた活動が要求され、それがブランド価値の向上につながることもあります。一方で大学研究者は、社会課題の解決に向けて日々研究をしていますが、経済的な視点が欠けている。お互いが歩み寄ることで、経済的にも持続可能な取り組みになると期待しています」と藤原所長は言う。

例えば、赤松副学長は、SDG3「すべての人に健康と福祉を」とSDG12「つくる責任つかう責任」に関わる食環境整備の研究を行っている。

「多くの飲食店経営者は『量を減らすと売れない』と考え、一般男性の必要エネルギー量を超えたメニュー・食事を提供しています。顧客が何も考えずに食べてしまうと体重増加の可能性があり、適量摂取を考えて食べ残すとフードロスにつながってしまう。飲食店と顧客双方でより健康を考えて適量提供・適量注文できる仕組みが必要です」

企業との連携を目指すSDGs推進研究所には、この他にもSDG8「働きがいも経済成長も」に関連する働き方が多様化した時代における働く場の価値の調査研究、SDG7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」に関わる有機性廃棄物のエネルギー利用に向けたシステム研究など、幅広い専門分野の研究員約20名が在籍している。

自社だけではできないことを可能にする連携の場に

生活科学の独自の知見を持つお茶の水女子大学だが、もう一つ見逃せないのが「オールお茶の水」の存在である。

「私たちは全学部が一つのキャンパス内にまとまっており、また附属の幼稚園、小中学校、高校も全て同じ敷地に立地している。それらが相互にやりとりしながらSDGs関連の授業なども展開しています」と赤松副学長は説明する。今後は大学もより深く関わりながら、教育プログラムの構築と人材育成を進めていきたいという。

赤松利恵(あかまつ・りえ)
お茶の水女子大学
副学長
基幹研究院 自然科学系 教授
2004年に京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻修了、博士(社会健康医学)。同年よりお茶の水女子大学講師、15年に教授となり、22年より現職。

「児童・生徒は未来の消費リーダーであり、今後意識の高い若い世代がSDGs分野をリードしていきます。企業にとって、そうした世代が社会や暮らしの持続可能性についてどう考え、何を求めているのかを知ることは、これからの消費者像を考える上で大いに参考になるはずです」と藤原所長は言う。

SDGs推進研究所を基盤とした協働による社会課題解決のイメージは下図のとおりだ。同研究所には学生委員も所属し、企業と連携した取り組みにも積極的に関わっていく。

企業がいざSDGs活動を実践するとなると、一企業だけではノウハウなどが足りず課題解決できない、試行錯誤の場がないということもあるだろう。そうした悩みに応えるのが、まさにSDGs推進研究所がつくる“共創のプラットフォーム”である。さらにお茶の水女子大学は、企業に向け、附属学校園を含めた学内の取り組みに関われる機会や企業同士が情報交換できる場を提供するコンソーシアムをつくることも検討中だ。SDGsの実践活動において、“自社だけではできないことが、できる可能性が高まる”ことは大きな意味を持つに違いない。

「さまざまな組織や人が連携する意義は、何より“異なる価値観”に出合えることです。多様な立場、分野、世代の人が集まることで学びは深まり、それぞれの活動の質も高まっていくはずです」(赤松副学長)

お茶の水女子大学では、24年4月に工学と人文学・社会科学の知を協働する「共創工学部(仮称)」の開設も計画中。その基本にあるのは、持続可能な社会への貢献に他ならない。最後に藤原所長は、今後の抱負を次のように語った。

「繰り返しになりますが、さまざまなリソースを出し合いながら、情報交換、調査、研究などを通じて、一つの組織だけでは難しいことを実現していく。私たちは、そのためのプラットフォームづくりを目指しています。本学の生活者起点の多様な研究の蓄積、また幼稚園から大学までの教育現場を活用し、自社のSDGsへの取り組みをもう一段階前に進めたい、取り組みの価値をさらに高めたいという方は、ぜひ一度ご連絡を頂ければと思います」

2030年の先の社会を意識して行動したい
太田朝弓(おおた・さゆみ)
お茶の水女子大学
文教育学部 3年生
SDGs推進研究所 学生委員長

高校時代に教育ボランティアプロジェクトを立ち上げて海外で活動するなどの経験があったことから、学生委員長を任されました。お茶の水女子大学は学内のまとまりが強く、文理融合で分野の異なる人と広い視点で議論できるのが特徴です。また、附属の教育機関がそろっているため、サステナビリティの社会実装に向けた調査や試行錯誤の場にも適しているように感じます。

SDGs推進研究所では学生が主導して取り組みを推進します。学生目線による生活者起点のSDGs推進を企業と連携して行うことで、双方に良い効果をもたらすことができるのではないかと考えています。早く実現したいアイデアがたくさんあるので、今後も幅広い方と交流しながら、勉強会、調査、実践、さらに情報発信などの活動を進めていきたい。2030年のSDGsの達成を最終的な目標とするのではなく、さらにその先の持続可能な社会を意識した先進的な実践モデルを示していきたいと思っています。