企業などが複数のソフトウェアやSaaSを導入する際に、簡単に操作できる環境を提供するデジタルアダプション。この分野で急成長しているアメリカ企業のPendoが、アジア地域では初めて東京に拠点を設け、日本市場への本格参入を始めた。シリアルアントレプレナー(連続起業家)としても知られる創業者のトッド・オルソンCEOに、日本市場にかける思いを語ってもらった。

20年前に日本事務所設立に関わったことが縁の始まり

――オルソンさんは、日本とご縁があるそうですね。

【オルソン】はい。およそ20年前、別のソフトウェア会社のエグゼクティブの一人として、日本のオフィスをスタートさせる仕事をしました。オープンしてからすぐに日本の大きな企業と話をすることができて、こんなに早くビジネス上のつながりが持てることにうれしい衝撃を受けました。

データやソフトウェアを扱うアメリカの会社が海外進出する際には、ヨーロッパに行くのが定石です。それは、言語的、時差的、カルチャー的にギャップが少ないから。しかし、日本は経済的に見ても世界で第3の大きな市場ですし、ソフトウェアの面では第2に大きな市場です。日本への進出には、大きなチャンスがあるのは明白です。

Pendo
創業者兼最高経営責任者(CEO)
Todd Olson(トッド・オルソン)
14歳の時に金融機関のMBNA(現・Bank of America)向けに債権回収に役立つソフトウェアを開発。最初の起業は学生時代で、その後に起業した会社のIPOに成功した。途中、ソフトウェア企業に勤務していた時代に、日本事務所の設立を経験した。2013年、ノースカロライナ州ローリーで、企業のデジタル製品活用・定着化を円滑に進めるためのプラットフォームを提供するPendoを設立した。顧客企業は世界で2600社を超えている。未上場だが、現在の評価額は26億ドル(約3000億円)に上る。

――今回日本にオフィスを開こうと思ったのは、20年前の日本の印象がよかったからですか?

【オルソン】その通りです。仕事でアメリカと日本を何度も行ったり来たりする中で、日本の企業やソフトウェアについて知る機会を得ました。日本の企業はさまざまなソフトウェアをつくって使っているという状況を俯瞰ふかんしてみると、ここには私が起業をしてやりたいことの土台があると思いました。

日本市場の特徴は2つあげられます。日本の企業は日本でソフトウェアをつくったり使ったりしていますが、テーラーメイドされたものを個々に使いがちです。そこで、私たちが提供する製品やサービスが、日本の企業にもう少し貢献できるのではないかと考えました。

もう1つは日本の人口減少です。人口が減ると労働力が低下するので、マクロ経済的には生産性を上げていかなければならない時代になってきています。

――Pendoの事業を、日本でどのように伸ばしていきたいとお考えですか?

【オルソン】アメリカの他のIT企業も同じような成長戦略を持っていると思いますが、システムインテグレーターやリセラーとパートナーシップを組んで、当社が持っているサービスや製品を紹介してもらい、一緒に拡大させて成功していくというビジネスモデルです。やはりパートナーがいないと成長できません。

そういう意味では、すでに昨年10月より半導体、ネットワーク、サイバーセキュリティ、AI/IoTにおけるトータルサービス/ソリューション・プロバイダーの株式会社マクニカと提携し、今年の8月にはリセラー契約を締結したNECのホームページに弊社の特設サイトが開設されました。そういったパートナーとの連携を通して、日本でも事業を伸ばしていきたいと思っています。

会社と従業員の価値観が合致してこそ「結果」が出せる

――Pendoという会社や製品の強みはどこにありますか?

【オルソン】プロダクトの強みが私たちのビジネスの特徴です。競合他社は、全体的な中で一部のサービスを部分的に提供しているものが多いのですが、私たちはコンプリートされた包括的なものを一貫して提供しているところに独自性があります。

もう1つの差別化できる優位性は、顧客側に時間をかけて調整をお願いするのではなく、価値を生むまでの時間が短いことです。通常は、納品・導入したあとに顧客側でサイクルを回して検証してもらう必要がありますが、私たちの製品は、インストールしてもらえば、顧客の手をわずらわせることなくしっかりと価値のある結果を迅速に出すことができます。

私が誇る当社の強みには、以下の3つの要素があります。

1 卓越したプロダクトを有している
2 社風(カルチャー)と人材が優秀ですばらしい
3 「カスタマーの成功のために」という顧客中心の視点が常にある

――優秀ですばらしい人材は、どうやって集めているのですか?

【オルソン】人材を雇用する際には、徹底していい人を選ぶプロセスを持っています。Pendoでの面接プロセスは双方向で行われます。面接は、雇用主が候補者を評価するためだけに行われるのではなく、候補者にとってもその企業が自分に合った雇用環境かどうかを評価する機会でもあるからです。

Pendoの社員は、当社事業の文化形成と成功に貢献しています。そのため、当社の7つのコアバリュー(行動指針)について時間をかけて話し合います。7つのコアバリューとは、以下のものです。①仕事以外の生活を尊重する、②率直で明快なコミュニケーション、③徹底的にお客様にフォーカスする、④行動を起こす、⑤データ主義、⑥オーナーのように振る舞う、⑦共に勝利する。

また、それを社員が具現化できるようにプログラム化しています。「ピア・レコグニション・プログラム」は、7つのコアバリューを実際に行っている同僚を見たら、ほめてあげるシステムです。Slackを使って、7つのコアバリューにそれぞれパンク(コイン)を付けるのです。四半期に1回パンクの数を数えて、「7つのコアバリューでいちばんがんばった人はこの人」ということを発表します。1人あたりほめる持ち点の上限があって、全部使うとその期間はほめられなくなるシステムです。

以前は100人未満の小さな会社だったので、デスクの上に透明な瓶を置いて、そこにポーカーチップを入れていました。社員同士が「いいね!」とお互いをほめ合うのです。今は社員数が多くなったのでアプリ上でやっていますが、人間は自分が行ったことをほめられるとうれしいもの。いい仕事をしている人を認めようという社風につながっています。

会社がどんどん大きくなっていくからこそ、いいアイデアが出てきたら発言しやすい環境をつくらなければなりません。そして、思いついたことを実現しやすい、行動に移しやすい企業風土をつくることは大事です。基本的に、しっかり社員に権限とエネルギーを与えて、アイデアを出しやすく実現しやすい職場をつくるのが私の仕事だと考えています。

IPOを果たした後も新しい会社で挑戦する理由

――オルソンさんは14歳の時すでに金融機関向けのプログラムを開発し、販売したと聞いています。起業家としては2社目の会社をIPOして成功したあとに、Pendoを創業しましたね。何度もチャレンジする理由は?

【オルソン】前の会社は成功しましたが、私が全部出資したわけではないので、どこかに「自分の会社ではない」という思いがありました。IPOの際、ニューヨーク証券取引所で鐘を鳴らす現場にいて、「ゼロから自分でつくった会社を成功させてみたい」という気持ちが沸々と湧いてきました。

あと、前の会社は、本社がコロラド州にあり、自宅から3時間の距離を行ったり来たりしていました。もっと多くの時間を家族と過ごしたいから、家族が住んでいる場所で自分の会社をゼロから立ち上げることにしたのです。

――とても多忙だと思いますが、ご家族との時間をどうやって確保しているのですか?

【オルソン】私は経営者という立場なので、長時間仕事にとられてしまうという現実はありますが、できるだけ家族と過ごす時間をとるようにしています。趣味はなく、仕事か家族かという生活です。18時には家に着くようにして、20時までは家族の時間と決めています。その後、20時以降は日本との会議をオンラインで行うとか、会社の仕事をすることはあります。

仕事柄出張も多いのですが、平日に出張して、週末は必ず家族のところに帰ります。早く帰りたいので観光はしません。できれば家族を連れて出張したいのですが、5人の子どもたちの学校の休日の調整が難しく、なかなか実現しません。17歳から3カ月まで、5人の子どもがいて、にぎやかですよ(笑)。