「勤務間インターバル制度」とは、勤務終了から翌日の出社までの間に、一定時間以上の休息時間(インターバル)を設けることで、働く人の生活時間や睡眠時間を確保するもの。働き方改革関連法において労働時間等設定改善法が改正され、この制度の導入が企業の努力義務となっているが、導入にはどんなハードルがあり、どうすれば乗り越えられるのか。そして、導入によって得られたメリットとは。特定社会保険労務士の佐藤道子氏が、「すし銚子丸」の石田満社長と「ユニ・チャーム」の人事部長・渡辺幸成氏に聞いた。

「離職率の低下」「生産性の向上」を実現

佐藤 道子
パリテ社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士

【佐藤】労働者の多様化や企業を取り巻く情勢変化に伴って、長時間労働の是正や、過労死等の防止対策が喫緊の課題となっており、労働者のワーク・ライフ・バランスを実現することが社会的な要請になっています。十分なインターバルの確保は、労働者の健康確保等に資すると考えられており、働くことから解放された時間の確保ともいえる「勤務間インターバル制度」の導入を企業に対して自主的な努力として促しています。

導入されたきっかけと、導入後のメリットについて、お二人はどのように捉えていらっしゃいますか。

【すし銚子丸 石田社長(以下、石田)】当社では、私が社長に就任した2016年から働き方改革に取り組み始めました。最初に手を付けたのが「残業の削減」です。従来は固定時間外手当を導入していたため、残業を前提に従業員のシフトを組んでいたのです。そこで、各店舗で働く従業員一人ひとりの労働時間を毎日チェックして「正しい打刻が行われているか」「シフト通りに来て、シフト通りに帰っているか」など、細かくチェックする取り組みを行った結果、月70時間の残業を45時間まで減らすことができました。

石田 満
株式会社 銚子丸 代表取締役社長

また、コロナ禍を機に、各店舗の裁量で「最も効率的な営業時間と勤務シフト」の調整を行ってもらった結果、現在ではほとんどの店舗で「11時開店、21時閉店」という営業時間を実現しています。そこで、この改革の成果を持続可能なものにするために、2022年5月から「勤務間インターバル制度」を導入しました。

メリットとしては、「労働環境の改善による離職率の低下」「従業員の休息時間が確保されることによる生産性の向上」が実現できたことです。離職率は2018年に10%を超えていたのが、2022年には7.5%に低下しています。生産性向上については、1人が1時間働いたときの売り上げが、2018年には4532円だったのに対し、現在は約5000円と向上しています。

【ユニ・チャーム 人事部長 渡辺氏(以下、渡辺)】当社でも1980年代までは、「労働時間の長さは成果に比例する」との認識が常態化していた時期があったようです。しかし時代は変わり、育児や介護など、さまざまな事情を抱えながら働く人が増える中で、「働き方改革が実現できなければ、競合に負けるだけではなく、社会から退場を余儀なくされてしまう」という危機感のもと、働き方改革を進めてきました。その中で、「従業員一人ひとりが良好なコンディションで働くためには、心と体の休息時間を設ける必要がある」という思いから、2017年に「勤務間インターバル制度」を導入しました。

渡辺 幸成
ユニ・チャーム株式会社 グローバル人事総務本部 人事部長 兼 いきいき健康推進室長

メリットは、制度の導入によって、従業員の意識が変わり、行動が変わったということです。意識だけが変わっても、なかなか行動につながらないのが人間です。やはり、仕組みを入れることによって、行動を変える必要があると思います。実際、「勤務間インターバル制度」が導入されると、深夜におよぶ残業が劇的に少なくなりました。その結果として、休息時間を十分取れるようになったことで、健康維持、生活時間の確保、ウェルビーイング(身体だけでなく、精神的、社会的にも健康である状態)は実現できていると実感しています。

【佐藤】おっしゃるとおり、「勤務間インターバル制度」は、人事施策の手段の一つであり、単体ではなく、いきいきと働ける状態をつくることを目的として、多様な働き方支援のための他の取り組みと併せて実施することで、従業員のモチベーションの向上や自組織のワーク・エンゲージメントの向上にもつながると期待されています。

スムーズな導入のポイントは、現場の実情に合わせること

【佐藤】「勤務間インターバル制度」の導入にあたって、懸念事項はありましたか。

【石田】世代による価値観の違いを感じました。特にベテランの職人さんは、誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで働いていると「あいつは働き者だ」と評価される文化の中で育ってきた人たちですから、「なんで、早く帰らなきゃいけないの?」という戸惑いはあったようです。ただ、2016年から継続していた働き方改革の取り組みが浸透しつつありましたから、特に抵抗もなく、スムーズに導入できたと思っています。

【渡辺】制度の意義やメリットについての理解がなかったことですね。導入を検討し始めたのが2016年ですが、当時は「勤務間インターバル制度」といっても、ほとんどの人が「何それ?」という反応でした。導入について経営陣と話す際にも、日本における導入効果のデータがなく、説明が難しい面もありました。私たちが全国の事業拠点を行脚して、ていねいに説明を繰り返すことで、少しずつ理解を深めていきました。やはり、経営者層が「勤務間インターバル制度」の導入など、働き方改革の必要性を継続して訴えかけていくことが重要なのだと思います。

【佐藤】制度設計や導入後の運用にあたって、工夫したポイントについてお聞かせください。

【石田】重要視したのは、「細かな方法論を押しつけるのではなく、店ごとの工夫に任せる」ことです。「退店から出勤まで11時間空ける」という原則だけを周知して、それをどうやって実現するかは、各店舗の裁量で決めてもらいました。掃除の仕方、閉店後の棚卸しの方法、退店時のルールなど、店のオペレーションすべてをゼロベースで見直して、どうすればもっと効率化できるかを、店舗スタッフとマネージャーの間で話し合っています。その上で、勤怠管理などの細かなデータは本部でも共有し、内部監査の項目にも入れてチェックを行っています。私は毎週店舗を訪問していますから、実績が上がらない店舗では、店長に「できない理由」を確認し、改善のためのアドバイスをしています。「会社が本気でやっている」ことを、絶えずアナウンスすることも大切ですね。

【渡辺】当社では、導入に際して心理的なハードルを下げるよう工夫しました。退勤から出勤までの時間を「8時間」とし、「10時間を努力義務」と設定したのです。また、営業スタッフは、お客様から「どうしても明日、資料が欲しい」と要望され、今日中に準備する必要に迫られるケースもありますから、8時間をクリアできない場合は「1週間の中で調整すればOK」と余裕を持たせた運用にしています。従業員の理解を徹底するため、事前の説明会やeラーニングなども実施した結果、現在では10時間の努力義務も、ほぼ守られている状態に近づいてきました。

【佐藤】「勤務間インターバル制度」は労使の工夫があって、インターバル時間を何時間にするなどを含めて、多様性があってよいものだと思います。制度があまりにも厳格なものだと、導入は難しいということになってしまいます。インターバル時間を確保できない場合の解決事例など情報収集をして、「最初は穏やかに始めて、だんだんと定着させる」といった運用を経て、実効性のある制度に育てていくことが大切ですね。

体と心の疲れが改善。家族で過ごす時間も充実

【佐藤】「勤務間インターバル制度」を導入してからの変化について、従業員のみなさんからはどのような声が聞かれているでしょうか。

【石田】健康面・メンタル面の改善を感じている人が多いようです。「食事や睡眠の時間が安定したことで、体の疲れが本当に軽減された」「帰宅後にゆっくり湯船に浸かれるようになったので、眠りの質が良くなったと思う」などの声が聞かれます。また、特に若手からは、「早く寝られるぶん起床時刻も早くなって、公休日が充実した」「家族と一緒に朝食が取れるようになった」「子どもとの時間が増えた」など、家族で過ごす時間の充実を挙げる人が多いですね。最初のうちは「板前にメンタルなんて言うな」と、ぼやいていたベテラン世代からも、「おかげさまで体が楽です。ありがとうございます」と喜んでもらえています(笑)。

【渡辺】「勤務間インターバル制度」単体ではないのですが、リモートワークや副業制度の導入、評価・報酬制度の改定、働き方の規定の改定など、さまざまな取り組みを通した中での声として「休暇が取りやすくなった」「通勤がなくなって楽になった」「家族と過ごす時間が増えた」など、ポジティブな反応が数多く聞かれています。

【佐藤】「ワーク・ライフ・バランスの改善につながった」という声が、多数聞かれているのですね。

現場では、“働き方改革がなかなか進まない”という声も少なからず聞きます。そういった企業にこそ、「勤務間インターバル制度」の導入によって、「休息の取り方」の側面からの取り組みが効果的です。現在の勤務体制に課題はないかとか、仕事の進め方や配分方法、人員配置は適切か、などの現状把握を行うことが出発点になりますし、マネジメントの課題に切り込む必要も出てきます。結果的に、働き方改革に取り組んでいることになるのです。

今回お話しいただいたような成功事例を、多くの企業が共有することによって、「勤務間インターバル制度」の導入が、さらに促進されると思います。厚生労働省では「働き方・休み方改善ポータルサイト」で中小企業の取り組みも掲載されている事例集や導入支援マニュアルを公開していますので、ぜひ参考にしていただきたいです。

本日は、貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

厚生労働省では、「働き方・休み方改善ポータルサイト」内にて、制度を導入・運用する際のポイントをまとめた「勤務間インターバル制度導入・運用マニュアル」、制度導入に取り組む中小企業事業主の皆様が受けられる助成金、制度を導入している企業の事例等をご紹介しています。