なぜ日本独自のタレントマネジメントシステムが必要だったのか
——松田社長が起業しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか。
【松田】私は中途で大塚商会に入社、ERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)システムの販売を担当しました。ERPは人事管理、在庫管理、販売管理を統合して扱うシステムですが、目的はあくまで「管理」すること。「人を成長させよう」という視点から考えられたシステムではありませんでした。
システム導入の仕事を通じて多くの経営者の方々にお会いしましたが、お話を伺うとみなさん共通して「ヒト」の問題に直面し、とりわけ管理職の養成を大きな課題と感じられていました。
大塚商会にいた当時の私の上司は非常に優秀な方でしたが、私はお客様の前でその上司に強く叱られたことがあるんです。ところがそれを見て、お客様は後日「いい上司の下で働いているね。ちゃんと叱ってくれる上司は宝だよ」と言うんですね。
その上司は部下に対して、良いことも悪いこともきちんとフィードバックしてくれる人でした。おかげで私自身も成長を実感できていたので、お客様の言うことも理解できました。しかし「どうしたら君の上司のような管理職が育てられるんだろうか」と訊かれるのには困ってしまいました。
当時の私は、この経営課題を解決できるソリューションを持っていなかったのです。
——独立後、新しい人事システムを探して米国シリコンバレーに行かれました。どういう経緯があったのですか。
【松田】私はその後、独立して人事や組織に関するコンサルティングを始めたのですが、ある経営者の方から、「面白そうな会社があるよ」と、人材育成システムを開発しているシリコンバレーのいくつかの会社を教えられたのです。
彼らのシステムはまだ日本にはないもので、日本企業にとって有益なソリューションになると感じました。ただ、必ずしも日本企業向けのつくりにはなっていなかったので、「ここを直してもらえますか」と頼むと、先方は「カスタマイズはできない」という姿勢です。「それなら自分でやったらいい」と考え、サイダスを設立しました。
新会社でサイダスピープルの前身となるタレントマネジメントシステム「CYDAS HR」を開発し、売り出したのですが、コンセプト自体が日本ではなじみが薄く、当初は苦戦しました。幸い、起業2年目に展示会に出展したことをきっかけに、全日空さんなどの大手企業が導入してくれるようになりました。
人事システムは人事部だけのものではない
——サイダスは、より多くの人が「働きがい」を得られる仕組みづくりをしていくことで、「明日が楽しみになる世界をつくる」ことをミッションに掲げています。経営者として社員の「働きがい」とは何だと思われますか。
【松田】働きがいは「何かをやり遂げる達成感」や、「チームへの貢献」「自身の成長実感」によってつくられています。だからこそ経営者は、そうした働きがいの構成要素を社員一人ひとりが自覚できる環境づくりをするべきです。
人は仕事の中で成長していきますが、そうした頑張りや変化を上司がしっかり見て指摘することで、本人も自分の成長を実感することができ、働きがいにつながっていきます。
部下の評価はどの会社でもやっています。しかし、ただ評価結果を伝えるだけでは不十分です。上司が良い点、悪い点を本人にきちんとフィードバックし、次の目標に向かってすべきことを明示して、部下の成長を導いていくことが大切です。サイダスはそのお手伝いをするシステムで、いわば管理職にとっての武器といえます。
当社でも、評価結果を開示する際は、次の期の行動変革につなげるためのフィードバックを行っています。
フィードバックの際、上司に求められるのは「未来を見せること」です。部下が「ずっとこの仕事だけをやらされるのか」と思ってしまうようではいけません。「自身の頑張りを組織が把握してくれている」という実感のもと、自分が望むキャリアに向かって進んでいけることが、働きがいにつながります。
——タレントマネジメントシステムを含むHR(human resources)テック業界は2017年頃から成長期に入ったといわれます。その中でサイダスの強み、競合製品との差異はどこにあるのでしょうか。
【松田】サイダスは目標管理や給与明細の作成といった一般的な機能の他に、1on1ミーティングのノウハウ支援、社員の声を吸い上げる自己申告システム、上司と部下の相性を分析する「パフォーマンスアナリシス」といった機能を備え、人事部だけではなく、一般部署の管理職や社員本人が利用するシーンが多いことが大きな特長です。
社内で誰がどういう仕事をしているのかを職務情報と呼びますが、サイダスピープルでは社内全業種の職務情報を社員が共有して検索でき、部署間を超えたコラボレーションに大いに活用されています。また、社員や組織に対して「今後どんなキャリアを歩んでいきたいのか」「そのためにどんなスキルを磨いているのか」を「見せる化」する機能もあります。自身の希望する職種に対してシステム上でスキルチェックを行い、ギャップを埋めるために自ら学んでいくこともできます。
このように、サイダスピープルは、社員の成長をサポートするプラットフォームであると同時に、社員のキャリア希望やスキル、経験が「見える化」されて人事戦略に活用できる人材データベースでもあるのです。
当社では急成長中だった2019年に、創業時からの主力製品であった「CYDAS HR」をあえて一からつくり直すことを決断しました。
タレントマネジメントシステムは、それを使うことで会社としての課題を解決することが最終目的です。そのためには人事部だけではなく現場を巻き込む必要があります。そうした考えから、現場社員の働きがいに着目した新システム「サイダスピープル」が生まれました。
中小企業でも、世界的大企業でも使えるシステム
——これまで労務管理しかしていなかった会社がサイダスピープルを導入すると、どういった変化が期待できますか。
【松田】まず離職率が大きく下がり、同時に上司に対する満足度が上がっていきます。上司と部下の関係性において、上司のマネジメントに対して満足している部下の割合は40%程度の会社が多いのですが、サイダスピープルを導入することで、部下の成長をサポートするためのノウハウが提供され、上司のマネジメントの質が変わります。結果として、上司のマネジメントに満足している社員が半年で85%くらいまで増えます。ただ人間同士ですから、マネジメントに対する満足度には、上司と部下の相性も影響してきます。その場合は、システム上で相性分析を実施して、より適切な配置換えを実施することになります。
もう一つの効果は、上司による部下の囲い込みがなくなることです。上司は優秀な部下を手元に置きたがるものですが、部下が「自分は将来これをやりたい」という希望を申告していると、「それなら、こんな機会を作ってあげよう」となっていくのです。
——サイダスを導入される企業は大企業が多いと聞きますが、従業員数100人に満たない規模の企業でも使いこなせますか。
【松田】問題ありません。大企業も部門ごとに見れば、100人あるいはそれ以下の人数の部署に分かれています。その意味では大企業も中小企業も変わりません。中小企業の場合、従業員のマネジメントに失敗すると会社が終わってしまいかねないので、大企業以上に有用なタレントマネジメントシステムを使う必然性があります。
また日本の場合、大企業であっても、海外拠点のポジション管理などは、うまくできていないケースがほとんどです。本社で人事を管理していないと、現地と日本で別の会社のようになってしまう。
日本企業の抱える課題はさまざまです。だからこそ、タレントマネジメントシステムの開発を通じて、中小・中堅・大企業全ての企業の経営課題を解決できるよう、チャレンジしていきたいと考えています。