新型コロナウイルスをはじめ、気候変動や貧困問題、なくならない戦争・紛争など、人類が直面する危機はますますそのリスクを高めている。経済思想家の斎藤幸平さんは、従来の資本主義の限界を指摘しつつ、今こそマルクスの知恵を現代社会に活かすべき、と語る──。

資本主義の限界が露呈

コロナ禍や頻発する自然災害、ウクライナ戦争などを受けて、今は「危機の時代」といわれます。危機の時代とは、これまでの価値観や常識が崩れ、当たり前と考えていたことが当たり前でなくなる時代を意味します。

少し前までは、「資本主義を掲げ、経済成長を続ければいい」という考えが自明とされていました。だから余計なことを考えず、ただひたすら経済成長を追い求めていれば良かった。

しかし、激しい災害が頻発している今、人間による環境破壊が大きな問題となっています。経済成長を続けることが地球環境の破壊につながっている以上、私たちはこれまでの考え方を改めなくてはいけません。

※写真はイメージです

このような思いから私は『人新世の「資本論」』(集英社新書)を書きました。人新世(Anthropocene)とは、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンが名づけたもので、人間たちの経済活動の痕跡が地表の表面を覆い尽くした年代を意味します。

彼が指摘するように、人間の経済活動が地球に与える影響があまりに大きくなっており、地質学的に見て地球は新たなフェーズに突入しています。そのことは、台風や大雨などの自然災害に直面している日本人の多くが実感しているはずです。

皮肉なことに、経済成長が人類の繁栄の基盤を切り崩している事実が明らかになりつつあるのです。

今起きている諸問題に立ち向かうためには、自明であった経済成長の限界に向き合い、より安全で公正な社会を構想しなくてはなりません。そこで見直したいのが、マルクスです。

なぜ、現代人はマルクスを読むべきなのか

世界に目を向けると、近年マルクスの思想が再び大きな注目を浴びるようになっています。資本主義の矛盾が深まるにつれて、「資本主義以外の選択肢は存在しない」という常識にヒビが入り始めているからです。

ちなみに私がアメリカのウェズリアン大学に留学していた15年ほど前は、今とはまったく違いました。資本主義の総本山であるアメリカということもありましたが、当時、社会主義はもとより、そもそも資本主義批判はほとんど関心が払われていなかったのです。

ところが、そのアメリカでも若い世代を中心に、社会主義を肯定的に評価する声が高まっています。もちろん、彼らはソ連を目指しているわけではありません。今の行き過ぎた資本主義の格差問題や気候危機を解決するために、新しい社会を展望しようとしているのです。そうした視点から、マルクスをあらためて読み直すと、「人新世」における社会問題に対する解決策のヒントが見えてきます。

あまり知られていませんが、晩年のマルクスは、自然科学研究を進め、今日の環境問題につながる議論を展開しています。過剰な森林伐採や化石燃料の乱費、種の絶滅などのエコロジカルなテーマを、資本主義の矛盾として扱っていたのです。こうしたマルクスの思索は、気候危機に直面する現代人に新しい気づきをもたらしてくれます。

近年進むマルクス再解釈の鍵となる概念のひとつが、<コモン>あるいは<共>と呼ばれる考えです。<コモン>とは、社会的に人々に共有され、管理されるべき富のことを指します。

ドイツにあるマルクス(左)とエンゲルスの記念碑

<コモン>は、アメリカ型新自由主義とソ連型国有化の両方に対峙する「第三の道」を切り開く鍵であると私は考えています。つまり、市場原理主義のように、あらゆるものを商品化するのでもなく、かといって、ソ連型社会主義のようにあらゆるものの国有化を目指すのでもない。

第三の道としての<コモン>は、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に活用することを目指す、というわけです。いうなれば、「地球全体を<コモン>としてみんなで管理しよう」という考え方であり、これからの社会を考えるうえで重要なヒントになります。

多様な視点がユニークな発想を生む

マルクスについて、1987年生まれの私が研究者となる前からすでに多くの研究がなされていました。しかし、そうした研究による通説を自分自身で検証したことで、私は新たな気づきを得ました。

さらに言うと、留学をしたことで、「複数の視点」をもったことも大きかったと思います。アメリカのウェズリアン大学では政治経済学を、ドイツのベルリン自由大学とフンボルト大学では哲学を学び、さらに日本のマルクス研究にも大いに刺激されました。そして、マルクスの哲学、経済学、技術、自然科学についての思索を資本主義批判としてのエコロジーという視点から読み解いたのです

私は2018年にマルクス研究の賞として知られる「ドイッチャー記念賞」を史上最年少で受賞しましたが、多様な学びから得た気づきの力が大きかったことは間違いありません。

SDGsは「大衆のアヘン」

私の研究スタイルをひとくくりにするならば、まさに「リベラルアーツ」だといえると思います。そして、リベラルアーツ的な知は、「人新世」というこれまでの常識が通用しなくなる時代を生き抜くために重要になってくる。歴史や哲学、自然科学などを学び、多様な視点をもって、世界を批判的にとらえることできれば、一筋縄では解決できない社会課題に対して、真に有効な手立てを打てる可能性が高まります。

たとえば、昨今は「SDGs(持続可能な開発目標)」が流行っていますが、私はこの動きを「大衆のアヘン」と呼び、批判的に見ています。というのも、それが「やっているフリ」になっている現状が見えるからです。

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SDGsの行動指針をいくつかなぞったところで、気候変動は止まりません。むしろ、破壊的な経済活動を行っている政府や企業にとってSDGsがアリバイのようになってしまっている面はないでしょうか。

気候変動に代表される現代社会が抱える問題の解決には、大胆なシステムの転換が必要です。しかし、そのような大転換は小手先の知識やマニュアルでは対応できないのです。自然環境の問題に限らず、格差や人種差別、ジェンダーなどが複雑に絡み合った解決が難しいものばかりだからです。こうした問題の解決を単純に経済成長に委ねるまま行おうとしても、決してうまくいきません。

このまま事態が変わらなければ、地球の少なからぬ部分が生態学的に手遅れの状態になり、地球は人類の住めない場所になってしまいます。その被害はまず弱い立場に置かれた人々に集中することになるのです。だからこそ、平等な社会を作る必要性はかつてないほどに高まっています。

無限の経済成長を追い求め、経済格差や環境破壊を広げ続ける、これまでの資本主義的な考えのままで思考停止していては、人新世の危機には、まったくもって立ち向かえません。もちろん、単にSDGsを掲げる企業で働けばいいという話でもありません。だからこそ、私はあえて、「コミュニズム」を掲げているのです。

今こそ人類の知恵が結集したリベラルアーツを携え、私たちが取るべき道筋、社会のありかたを深く考えなければなりません。

そのために、私たちはリベラルアーツの学びの旅に出るのです。

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