転職成功の秘訣はカルチャーフィットにあり
【岩下】日本企業では長らく新卒で採用し育てる文化が中心でした。しかし、近年はグローバル化が進み、コーポレートガバナンスの強化やDX化の進展など、ビジネス課題が高度化し、専門性の高い人材を必要としています。そのため新卒を育てるだけでなく、ハイキャリア人材の中途採用熱が高まっているのです。ところで、インタビューなどを拝見していますと井手社長は採用に関して非常に強くコミットメントしていますね。
【井手】会社は人に尽きます。教育も大切ですが、よい人材が採用できれば極端な話、教育しなくとも自ら成長します。最近は当社の知名度が上がり、ハイキャリアの人も来てくれるようになりました。直近で中途12人、新卒10人が入社し、競争率は両方合わせて100倍です。
【岩下】とても狭き門! ヤッホーブルーイングは日本のビール市場にクラフトビールという新しい価値観をもたらし、市場の変化をけん引してきました。チャレンジ精神あふれる社風に、井手社長の個性とバイタリティも相まって、活気が感じられます。ぜひ働きたいと応募してくる人が多いのでしょうね。100人から1人をどのように選んでいるのですか。
【井手】二つの軸を組み合わせて判断しています。一つの軸が当社の理念、ミッションに共感するか。もう一つの軸が当社の基準で「優秀」であるかです。当社の経営の最上位概念は「ビールに味を!人生に幸せを!」というミッションです。クラフトビールを通じて日本のビール文化を変えるという挑戦の姿勢が求められます。また、何でも自由に議論できるフラットな組織文化です。指示を待つタイプの人は当社のカルチャーには向きません。
【岩下】転職の際、カルチャーフィットは重要な要素です。たとえば、トップダウンなのか合議制なのか、その会社の意思決定のカルチャーと応募者の志向が合致しないと転職は成功しませんよね。もう一つの軸である優秀とは、どう判断するのでしょうか。
【井手】採用試験では、あるお題についてプレゼンをしてもらいます。スタッフ評価と同じ基準のA~Eの5段階評価を9項目の切り口で見ています。たとえば「顧客志向」という項目なら「顧客のために発想し、サービスを提案できる」レベルはC。しかし「顧客のために」と自分自身で考えたアイデアが、本当に顧客にとって正解とは限りません。一つ上のBは、「客観的な顧客データを活用し、顧客の潜在ニーズを探り出してサービスを提案できる」レベルです。新卒と中途はお題が違うだけで、判断基準は同じです。それにより当社のミッションに沿う人材を獲得できるので、企業としての成長を後押ししています。
求職者と企業のギャップを埋めるのがエージェントの役割
【岩下】企業がハイキャリア人材を必要としている一方で、ハイキャリア人材の中にも自身が持つスキル・経験を活かして社会や会社をよくしていきたいと考える方が多くいらっしゃいます。しかし、今の会社や仕事に不満もなかったり、家族がいたり、転職先でのミスマッチなどのリスクを感じたりして、とどまっている方もいらっしゃいます。
【井手】マッチングは難しい問題ですね。当社は、Great Place to Workの「働きがいのある会社」ランキングベスト100に6年連続で選ばれています。でも、誰にでも働きがいがある会社ではありません。合わない人が入ったら大変です。会社説明会や面接では、間違ってはいけませんよと何度も警告しています(笑)。
【岩下】転職先の経営者から直接話を聞く機会は貴重です。私たちも転職エージェントとして、入社前に企業の経営者と転職希望者が直接コミュニケーションを取る場をセッティングすることもあります。求職者・企業ともに入社前にギャップをなくし、相互理解を深めることで、安心して転職いただけますね。
【井手】ハイキャリア人材のスキルは申し分なく、入社してすぐに活躍できる力があります。でも、成果は急ぎません。ゆっくり当社のカルチャーに馴染んでくださいと言います。前の会社でのキャリアが長いほど、仕事のやり方やカルチャーが染みついています。たとえば当社はチームで仕事を進めることを大切にしています。前の会社が1人で仕事を進めるスタイルだったら、それを変えてもらわなければなりません。
【岩下】おっしゃる通り、転職で成功するには柔軟性は重要な要素です。前職での仕事のやり方に固執したり、成功体験にとらわれ続けていたりすると新しい会社にうまくフィットしません。会社としては中途採用の即戦力が活躍してくれれば、事業目的をスピーディに実現できます。ただし、その会社の環境や考え方に合わせて柔軟に対応できる方が転職先でも継続して成果を上げ、自分のキャリアをよい方向に築けるのだと思います。
転職は人間形成にも役立つ。そのチャンスはみな平等
【岩下】ところで井手社長ご自身、何回かの転職経験をお持ちです。どのようにキャリアを築いてこられましたか。
【井手】出戻りも含め5回転職しました。高専卒業後、入社した大手電機メーカーは5年で辞めました。同期で一番早く、友人から「こんなに早く退職したら次が大変だぞ」「退職金ももらえないぞ」と言われました。30年も前のことです。
【岩下】当時は終身雇用が当たり前の時代です。20年ほど前から中途採用が増えてきて、今は転職が一般的です。
【井手】電機メーカーの後は環境アセスメントの会社、広告代理店の営業などを経て、今の会社に入りました。とくにキャリアを考えて転職したわけではありません。収入も転職するたびに下がりました。いつも、自分は何をやったら楽しいのか、一生の仕事として何がふさわしいのかを考え続けてきました。その結果、異なる環境に身を置くことになりましたが、自分自身を見つめ直すよい機会となり、人間形成にも役立ったと思います。
【岩下】それでヤッホーブルーイングに入社して、これが自分の求めていた会社、仕事だと思ったのですね。
【井手】いえいえ(笑)。最初は今にもつぶれそうな会社で、やりがいからほど遠い状況でした。転機はインターネット通販を始めたことです。消費者とダイレクトにつながり、お客さんの喜ぶ声を直接受け取ったとき、感動し、これだ! と思いました。真にやりがいを感じられる天職を見つけて「運がいいですね」とよく言われます。私は、誰でも目の前を通るチャンスの数は同じだと思っています。どのような仕事をすれば楽しいかを考え続けたから、チャンスがつかめたのです。
「転職で何を実現したいのか」を考えることが強みになる
【岩下】井手社長のように常にアンテナを立てておくことが本当に大切ですね。誰でも探せば自分に合う仕事が見つかるものです。自分に合わない会社にずっといる必要はありません。何か不満を感じたら、不満をきっかけに情報収集してみたらいいのです。ただし、不満だけで転職してしまうとうまくいかないと思います。
【井手】私も、不満だけで辞めるのは賛成できません。不満を解消してから辞めてほしい。現状を乗り越えると、何かしらの自信や目標、スキルが身に付きます。それから次のステップへ進んでもらいたい。私たちは不満型の人を採用することはありません。
【岩下】私たちも、転職希望者との対話を重視していて、経験や希望条件だけではなく、「なぜ辞めたいのか」「転職で何を実現したいのか」を必ず伺うようにしています。結果、今の会社でもう少し頑張ってみたらとアドバイスすることもあります。
【井手】以前、ある大企業の社員の方から、手を尽くしたけれども組織文化が変わらない、あとは何をすればいいのかと尋ねられたことがあります。聞けば、確かにできる限りの手を打っていました。残るは社長に直談判するだけ。そこまでやってだめなら会社を辞めるのもよいのではとアドバイスしました。
【岩下】そんなときにこそ私たちを頼っていただきたいですね。パソナは社会の雇用インフラとして、適材適所を実現する会社です。企業風土や文化までを含めた正しい情報を提供するとともに、転職希望者の強みや志向をお聞きし、ときには引き出します。意外とご本人は気づいていない強みが、転職市場で高評価なことがあります。そしてご本人の「やりたいこと」と企業の「やってもらいたいこと」を高い精度でマッチングさせるのが、私たちの介在価値だと思っています。