増え続けるユーザーのデータ。それらは適切に活用され、新たな価値の創出につながっているだろうか? Cookie規制、改正個人情報保護法の施行、より有益な情報を求める顧客ニーズの高まりなどを背景に、ビジネスで安全かつ効果的にデータを用いるための前提が変わろうとしている。欧米を中心に豊富なソリューション提供の実績を有するLiveRampの今井則幸氏は「所有するデータの価値はもっと高めることができる」と言う。

──データの利活用を取り巻く環境の変化を、企業はどのように捉えていると思いますか。

【今井】当社にもいろいろなご相談が寄せられます。「データを持っているがどうやって使えばいいのか」「ホールディングスの企業ごとにCRM(顧客関係管理)のシステムが異なるため統合するのが困難」といった内容です。

インターネット広告などで活用されてきたCookieやデバイスIDにおけるプライバシー管理の強化が進み、改正個人情報保護法の施行もあって、企業によるデータの取り扱いに関して一層のケアが求められています。皆さんの関心は、外部から提供されたCookieなどのデータ(サードパーティデータ)に頼る手法から、ユーザーの同意を得て自社やグループ企業が直接取得したデータ(ファーストパーティデータ)による高精度な情報発信へと移っていると感じます。

──どのような内容のデータを持つことが大切でしょうか。

【今井】よく「当社には豊富なデータがないのでビジネスに使うのは難しいでしょうか」とおっしゃる方がいます。重要なのは量だけでなく、ユーザーをどれだけ深く知ることができるデータが集まるかという点です。メールアドレスや性別、年齢のみの情報を大量に分析しても、ユーザーの内面に迫ることはできません。付加価値が高いのは、多くの企業がすでにお持ちの趣味嗜好をはじめとするオンライン・オフラインを問わず収集したファーストパーティデータと呼ばれるものです。それらを分析してデータ活用の可能性を最大限に引き出し、顧客の思考や行動を踏まえた適切なコミュニケーションを支援するのがLiveRampのソリューションです。

安全性を担保しつつデータの接続が可能

──ソリューションの仕組みを教えてください。

【今井】当社はいわば「データ接続プラットフォーム」です。先ほど企業が直面する課題の例として挙げた通り、導入したCRMによって顧客IDは異なる上、たとえグループ間であっても個人情報を容易にやりとりできないように厳しくガイドラインが定められているケースが多々あります。

今井則幸(いまい・のりゆき)
LiveRamp Japan株式会社
ヘッドオブパートナーシップス

そこで当社では、CRMの個人情報に基づいて独自のID「RampID」に変換するソリューションを提供し、そのRampIDを軸にデータを連携させるプラットフォーム「LSH(LiveRamp Safe Haven)」、またデジタルマーケティングの中で活用できるようにエコシステムを構築する認証トラフィックソリューション「ATS(Authenticated Traffic Solution)」を展開しています。

──「RampID」とは。

【今井】当社のソリューションを導入している企業は、自社のサーバー環境下で、ユーザーの個人情報を非可逆的なハッシュ化によって単なる文字列の情報に置き換え、それを当社に送っていただきます。受け取った文字列をさらに安全性の高い固有の文字列に変換したものが「RampID」になります。

あるユーザーが同じメールアドレスを使って、A社、B社、C社などさまざまなサービスやWebサイトに登録しているとします。RampIDは企業ごとに固有のものが生成され、万が一漏えいしても文字列ですから個人を特定することはできません。もちろんA社、B社、C社のIDから同一人物であることを割り出すこともできません。

このように個人情報の安全性を担保しながら、当社のデータ接続プラットフォームであるLSHの仕組みの中でのみ「A社、B社、C社のRampIDは同じ人物である」ことを判別できます。自分たちが所有していないデータをもつなぎ合わせてデジタルマーケティングに利用できるのです。

「あなた向け」の広告で満足度向上が期待できる

──導入事例をお願いします。

【今井】フランスを拠点にスーパーマーケットを展開する小売り大手のカルフールでは、関連会社のデータアセットが18もの体系に分かれていました。それぞれに異なるIDで管理されていた個人情報をRampIDを介してつなぎ、POSデータや、さらにメーカーのCRMデータとも接続することでデータのコラボレーションを実現し、より効果的にユーザーにアプローチできるサービスを構築しました。

企業の本部が持っている性別や年齢、事業部の一つにある居住地やマイカーの有無、また別の事業部にある趣味やペットの情報などをひも付け、それまでバラバラになっていた「その人がどんな属性の人なのか」という情報を「群」として分析できるようにしたのがポイントです。単なる企業間のデータのやりとりではなく、組み合わせることで効果的なセグメントが作成できます。実際カルフールでは、例えば毎週木曜日に乳製品を購入するお客さんに向けて水曜日の夜、当日の昼、あるいは終業時間など、特売情報を適切なタイミングで、また接触している可能性のあるタッチポイントに、強いメッセージとして届けるといった戦略が効果を上げています。それを実現するのがATSです。

こうして企業は「あなたに向けたメッセージ」であることをより打ち出せるため、ユーザーエクスペリエンスの向上も期待できます。私たちがこの仕組みを「人ベースのIDソリューション」と呼ぶ理由です。リテール、飲料メーカー、自動車メーカーなど、世界の多様な業界で活用され、成功事例を積み上げています。

──今後の動向について。

【今井】望んでいない広告が度々表示されるなど、現状の広告主やマーケター、パブリッシャーとユーザーとの関係性は、うまく噛み合っていない側面もあると思います。当社が調査会社を通じて実施したリサーチによると、個人情報を登録してもいいという主な理由は「有益な情報がもらえること」で、それならば「活用されるのは構わない」という傾向であることが分かりました。この部分が、見過ごされがちだったのではないかと思います。

自社が保有しているのはどのようなデータなのか、見直そうという動きが広がると思います。活用できるデータなのか、それともリスクになり得るものも含まれているのかを確認しておくことが必要です。これから規制がもっと厳しくなっていくのだとすれば、使えるデータが減っていく可能性もあるでしょう。そうした環境の中で、事業者も顧客も誰もが「WIN」になるための後押しとして、当社のIDソリューションを役立てていただけたらと思っています。