企業の進化にデジタルの力が不可欠であることは共通認識だろう。さらなるビジネスの飛躍につなげるには、どんな視点でサービス導入を検討すればいいのか。「NURO Biz」を軸に通信事業やAIツールを展開するソニービズネットワークス代表取締役社長・小笠原康貴氏と、慶應義塾大学大学院教授・岸博幸氏の対話から浮かび上がったキーワードは「攻め」だった。

「変えたくない」意識が「変えなければ」へシフト

【小笠原】コロナ禍をきっかけに「DXをやらざるを得ない」と強く認識した企業は増加していると思います。例えば「コールセンターの業務を在宅でできるようにしたい」と当社にご相談いただき、運用できる環境を1カ月程度で整えたケースもあります。これまでなら「同じ仕事のやり方を続けていきたい」「企業文化を変えたくない」と身構えていた経営者たちの意識がシフトしつつあることを実感しているところです。ただ、デジタル化は入り口です。ビジネスモデルや組織の変革にまでつながって初めて、DXを実現できたと言えるのだと思います。

岸 博幸(きし・ひろゆき)
慶應義塾大学大学院教授
一橋大学経済学部卒業、コロンビア大学ビジネススクール卒業。1986年、通商産業省(現:経済産業省)入省。産業政策、IT政策、通商政策、エネルギー政策などを担当し、経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を歴任。不良債権処理、郵政民営化などの構造改革を主導した。エイベックス取締役、ポリシーウォッチ・ジャパン取締役などを兼任。

【岸】そう、表面的な変化で終わってしまいますよね。経営者が全ての業務のプロセスを見直すつもりで取り組まなければ、メリットを十分に得ることは難しいでしょう。そもそもデジタル化の推進は企業にとって当たり前の行動です。世界では1990年代からデジタル化が本格化したものの、残念ながら日本企業は後れを取り、この30年間ずっと生産性は低いままです。要因の一つは国が効果的な政策を打ち出せなかったこと。一方で民間も、昭和のスタイルの延長線でもなんとかなるのだから、無理にデジタル化を進めて効率化を図ったり積極的にイノベーションを創出したりする必要はないと、やるべきことをやってこなかった結果です。

【小笠原】多くの企業の業務が「データ化されていない」のが実情です。まずはデータをしっかりつくって蓄積すること。そのデータがビジネスにおいて価値を生み出すためには、通信ネットワーク上で流通させることがポイントです。オンプレミス(自社運用)からクラウドへの移行というメッセージは2012年の設立以来、ずっと当社が発信し続けてきたことです。

【岸】まさに、後発だからこその強みを発揮しているのですね。最初から「クラウドが当然」という発想でしょう?

【小笠原】はい。法人向けICTソリューション「NURO Biz」を中心とする当社のサービスは、クラウドでの構築が基本です。システムインテグレーション領域の業務は請け負わず、「サービスをつくる」「組み合わせてご提供する」ことに根差しています。だからこそ在宅コールセンターの例のように、スピーディーにご利用いただくことが可能です。

ビジネスの競争相手はもはや同業者ではない

【岸】先ほどもお話ししましたが、デジタル化による業務効率の向上は大前提で、加えて企業にはDXを目指す次のステップとして「攻め」の部分が求められていると思います。攻めに必要なものは事業領域や企業規模などによって異なり、ある企業はAIかもしれませんし、ある企業にとってはこれからの発展が見込まれるメタバースかもしれません。自社のビジネスモデルや組織をどんな方向へ進化させたいのかが定まれば、おのずと使うべきツールが決まるはずです。

小笠原康貴(おがさわら・やすたか)
ソニービズネットワークス株式会社
代表取締役社長
1996年、日本電信電話(NTT)入社。技術開発や事業企画などに携わる。2001年にソニー入社。通信事業の技術開発を担い、「So-net」や「NURO 光」を手掛けるソニーネットワークコミュニケーションズでも従事。18年、ソニーネットワークコミュニケーションズ子会社のソニービズネットワークスに加わり法人事業の拡大に注力。副社長を経て、20年6月から現職。

【小笠原】おっしゃる通り、私自身も経営に当たって攻めの観点を重視しています。当社のサービスや経営に関するあらゆるデータをBIツールで収集・分析し、リアルタイムの数字を意思決定の判断材料としていますし、リーガルの部分ではAIも用いています。お客さまにサービスをお勧めするなら、自分たちがデータに基づく経営を実践する必要があると考えているからです。

【岸】インフラレイヤーで信頼性の高いサービスを展開し、さらに攻めのためのツールをそろえて企業の進化を後押しできる。プラットフォームの担い手として整合性の取れるかたちでサービスを提供できている点が特徴ですね。

【小笠原】通信事業は社会にとって欠かせないインフラですから、基盤の確立は私たちの使命だと心得ています。目指す世界観は、データ量に左右されることなく「何でもできる」ネットワーク環境の実現です。「回線が遅いからビジネス課題を解決できなかった」とは言わせたくないのです。

【岸】デジタル化がさらに加速していくことに対して、世の中の企業の受け止め方は少々甘いのではないかと感じます。フィンテックや電気自動車のように、デジタル化が大きく影響を及ぼした産業では横割りが進んでビジネスモデルの変革が起こりました。こうして社会全体が変わるのだから、企業が変わらなくていいわけがありません。

【小笠原】もともとデータの活用が盛んではなかった業界に、別の業界の事業者が次々と参入してビジネスモデルを一変させていますね。スーパーマーケットの競争相手はもはやスーパーマーケットではない、そんな時代に入っているのに、いまだに同じ領域しか見えていない企業は少なくないと思います。

自ら追求した結果が新たなサービスとなる

【岸】経営者たちがDXについて真剣に考える機会を提供して、企業が正しく進化していけるように、ぜひ引っ張っていただきたい。

【小笠原】はい。皆さんのDXに貢献する原動力は、当社が「成長し続けたい」という意欲にあふれた者の集団だからだと考えています。成長するためには高品質の通信環境やAIがマスト。その活用を当社が追求した結果がさまざまなサービスとなり、お客さまの成長や持続可能な社会に役立てばという思いです。コロナ禍でテレワークが広がり、社員のコンディションを把握しづらくなりました。それなら見える化できるツールをお届けしようとクラウド型勤務支援ツール「somu-lier tool(ソムリエツール)」を開発し、無償で提供中です。これも「自分たちにとって必要だったから」という発想が始まりです。

【岸】お仕着せのものをただ待つのではなく、「世の中にないのならつくる」という姿勢は大事ですね。

【小笠原】既存の枠組みを変えるチャレンジを続けていきます。そうして共に変わっていくお客さまが増えれば、こんなにうれしいことはありません。