豊かな自然環境と都市機能を併せ持ち、歴史や文化、食などの面でも充実した資産を有する神奈川県小田原市。現在、「世界が憧れるまち“小田原”」を掲げ、独自のまちづくりを推進中だ。あらゆる取り組みの中で「公民連携」を重視する同市は、昨年6月、民間企業などとの交流を深めるべく、WeWork渋谷スクランブルスクエアへの入居も果たしている。そこで今回、守屋輝彦小田原市長とWeWork Japan(※1)のジョニー・ユーCEOが対談。公民連携の意義や可能性などについて語り合った。

WeWorkを通じてまず交流人口の増加を

【守屋】私たちがWeWorkに入居したのは、まず現在の小田原市の姿を多くの人に知っていただくため。小田原という地名は皆さんご存じですが、ビジネス、暮らしの環境など、具体的な情報は十分に届いていません。多様な事業者が活動するWeWorkに拠点を設けることで、小田原市との交流人口を増やし、それを関係人口につなげていきたい。もともとポテンシャルのあるまちですから、認知度が高まれば、事業活動の場として関心を持つ企業も少なくないと考えています。

【ユー】「フレキシブルオフィス」であるWeWorkは日本でも現在39拠点(※2)を展開し、おっしゃるとおり、さまざまな業種、規模の企業などがオフィスを構えています。実は地方自治体の入居も増えており、その数はおよそ20。中でも小田原市さんは活発に活動されている自治体の一つです。

左/ジョニー・ユー
WeWork Japan合同会社
最高経営責任者(CEO)
1967年生まれ。米国カリフォルニア州立大学バークレー校経済学部、修辞学部を修了。90年モルガン・スタンレー証券入社。ゴールドマン・サックス証券などを経て、2017年にソフトバンクに入社。21年より現職。ソフトバンクの事業開発統括 投資事業戦略本部 執行役員本部長も兼務。
右/守屋輝彦(もりや・てるひこ)
小田原市長
1966年生まれ。東京大学大学院都市工学専攻を修了。92年神奈川県庁入庁。2011年に神奈川県議会議員選挙においてトップで初当選を果たす。神奈川県議会議員を2期務め、20年5月より現職。

【守屋】ありがとうございます。WeWorkの魅力は、何より入居メンバーのつながりの強さです。互いにコラボレーションして、新たな価値を生み出していこう──。そうしたコミュニティが形成されていると感じます。

【ユー】確かにオープンイノベーションに前向きなメンバーは多いですね。英語で「コリジョン」と言いますが、異なる価値観を衝突させ、課題解決を目指していく。各拠点でそうした動きが日常的に見られます。

【守屋】まさに私たちが求めているのが、そのようなポジティブなぶつかり合いです。既成概念にとらわれず、現状を変えていきたいという思いを持つ人がいるのは、小田原も、渋谷などの都市部も同じ。両者が出会うことで、社会を変革する強い力が生まれるはずです。その意味で、WeWorkのコミュニティに大いに期待しています。

【ユー】メンバー同士のコラボレーションを後押しすることは私たちの大事な役割の一つですから、今後もそれぞれの課題、また持っているソリューションをしっかりと把握し、マッチングを進めていきたいですね。

※1 WeWork Japan 合同会社 公式ホームページ https://weworkjpn.com
※2 2021年12月時点

“前例がないからやる”の精神で挑戦していく

【守屋】小田原市が「公民連携」を重視する背景には、地域の課題の多様化、複雑化があります。私自身、県庁の職員として18年間勤務し、行政の在り方や現状をよく知っていますが、すでに従来の施策や手法では対応できない課題が多く出てきています。

【ユー】そこで外部の知見やノウハウが重要になってくるわけですね。

【守屋】はい。これまでの行政は基本的に自前主義で、自分たちにはできないことを外部に委託してきました。しかし今後は、それでは立ち行かない。行政に都合のいい連携ではなく、互いにメリットがあるパートナーシップ型のコラボレーションを実践していく必要があるというのが私の考えです。

【ユー】とても重要な視点だと思います。実際、今はSDGsの時代。多くの民間企業は、単に自社の利益だけを追求すればいいとは考えていません。地域や社会の発展があってこそ、自分たちも持続的に成長できるという考えが浸透してきています。

【守屋】WeWorkへの入居当初、企業が自治体の取り組みや課題解決に興味を持ってくれるか、正直心配もありました。それが、ふたを開けてみれば多くの企業が真剣に耳を傾けてくれる。ユーさんの言われるとおり、今サステナビリティへの関心は非常に高く、新たな事業を行うため、小田原に拠点設置を考える企業も複数出てきています。

長い歴史の中で培った豊かな地域資源を持つ小田原市。事業活動の場として関心を持つ企業も増えている。

【ユー】日本という国は、戦後復興などが象徴的ですが、公民連携を力に発展してきた歴史があります。その意味では、社会が激変する今、改めて行政と企業の連携が求められている。東京に近く、名古屋や西日本へもアクセスしやすい小田原市は、企業が挑戦をするのに適した場所ではないでしょうか。

【守屋】私は「人々はかつて小田原を目指した」と発言していますが、戦国時代には多くの武将が、また明治期以降にも政財界の要人や文化人が小田原を愛しました。それは、この地に他にない豊かな環境があるからだと自負しています。その魅力にさらなる磨きをかけることが私たち行政の役割。市としても、ベンチャー企業と地元企業をつなぐ場を設けたり、民間企業の提案の事業化をサポートする制度を本格化させたり、具体的な取り組みを着実に進めています。

【ユー】これからが楽しみですね。ぜひ、WeWorkのコミュニティも有効活用して、小田原市の可能性を引き出していただきたいと思います。

【守屋】頑張ります。行政機関というと前例踏襲のイメージもありますが、むしろ“前例がないからやる”の精神で挑戦していきます。今日は、ありがとうございました。


ここからは、進出事業者へのインタビュー、守屋市長の単独インタビューを掲載します。

進出事業者インタビュー
一般社団法人つむぐ、つづる。

民間の提案を重視する確かな土壌。公と民が一丸となり変革を推進
2020年9月、横浜のWeWorkオーシャンゲートみなとみらいで出会った5人によって設立されたプロジェクトマネジメント集団「つむぐ、つづる。(※)」。依頼主の課題を自分事と捉え、伴走しながら解決策を見いだしていくスタイルが企業や大学、地方自治体などから高い評価を得ている。小田原市の価値の向上にも尽力する「つむぐ、つづる。」の宮田照久代表理事に同市の魅力などについて聞いた。
「つむぐ、つづる。」のメンバー。(前列左から)宮田照久代表理事、佐藤巖理事。(後列左から)北野弘治監事、福成鎮理事、初海淳監事。

──小田原市との出会いから教えてください。

【宮田】産業政策課のご担当者が、外部とのつながりをつくろうとオーシャンゲートを訪問された際、スタッフが居合わせたのがきっかけです。私たちは、WeWorkをはじめとする多種多様な人的ネットワークの中で活動し、皆さんが抱えている課題を解決することで社会への貢献を目指しています。ミッションは「偶然の出会いを必然にすることで、最高のみらいを実現する」。ご担当者の熱意あるお話を聞きながら、私たちの人的つながりと英知を駆使すれば、良いパートナーシップが築ける可能性を予感し、現地での意見交換会を皮切りにお付き合いが始まりました。

──具体的にはどのような取り組みを進めていく予定ですか。

【宮田】テーマの一つに、障害のある人などを人材不足に悩む農業分野につなぐ「農福連携」があります。この活動を進める中で小田原の現状がよりクリアに見えてくるでしょうから、農福連携にとどまらず、長期的な視点で市の未来づくりに関わりたいと考えています。

WeWorkメンバー、小田原市内の事業者らによる交流会。ビジネスマッチングなどに向けて、活発な意見交換が行われた。市内のコワーキングスペース「BLEND」にて。

──市内に事業所も設置されたとのことです。

【宮田】現地に密着して活動することは、事業を成功させる大事な要素。行政や地元事業者とのつながりを深めるため、拠点を構えました。

──ビジネスの場としての小田原市をどう評価していますか。

【宮田】市長のリーダーシップの下、公民連携が強力に推進され、民間の提案を形にしていく土壌がしっかりとできている。これは、企業にとって大きなメリットです。一般に自治体による民間活用というと、地元企業が中心になりがちですが、小田原市については、市内、市外の垣根がないのも特徴だと感じます。

加えて、市の職員、地元事業者の皆さんが、熱い思いを持って、小田原をより良いものに変えていこうとされている。そのため、こちらからの依頼や要望へのレスポンスが早く、コミュニケーションもとてもスムーズです。

──小田原市での活動に関心を持つ企業などにメッセージをお願いします。

【宮田】現在、小田原市ではSDGsや公民連携、若者・女性活躍の推進など、未来を見据えた取り組みが着々と進行しています。この地に拠点を構えることで、地域の発展に貢献できるだけでなく、自然に囲まれた職場と良質な衣食住の環境を従業員に提供することが可能。生産性の向上も期待できます。

実際、東京からも通勤圏内の小田原市には、第一次産業のみならず、日本を代表する企業が本社や事業所を置いています。関心のある方は、まず足を運んで、人と会ってみることがお勧め。そうすればきっと、地域の魅力、そして人々の本気を感じ取ることができると思います。

※一般社団法人つむぐ、つづる。公式ホームページ https://tumu-tudu.or.jp

トップインタビュー
守屋輝彦 小田原市長

多様な連携・交流の場をつくりイノベーションを起こす
現在、2022年4月にスタートする第6次の総合計画(2022年度~2030年度)の策定を進めている小田原市。その中で、地域経済の好循環に寄与する企業誘致は重要な取り組みの一つに位置づけられ、2030年までに「働く場の増加 累計75社」との目標も掲げている。いかなる具体策でそれを実現していくのか──。守屋輝彦小田原市長に聞いた。
「小田原はイノベーションを重ねながら伝統を守ってきた歴史がある」と語る守屋市長。

──小田原市では、どのような企業誘致を推進していますか。

【守屋】工場や研究開発施設などに加え、今後オフィス系の事業者も積極的に誘致していく考えです。多様な事業者が立地し、質の高い新たな雇用が生み出されることで、若い世代を中心とした転入人口の増加も期待できる。今の時代に合わせた新たな働き方も提案し、生活の場としても選ばれるまちづくりを進めていきます。

──進出企業などをサポートする取り組みについて教えてください。

【守屋】昨年7月には小田原駅直結のビル内に「おだわらイノベーションラボ」を開設しました。ここは、民間企業や柔軟な発想、視点を持つ若者、女性など、多様な主体が交流する拠点。公民連携の推進や市内でのビジネスの活性化などを目的とした活動にご利用いただけます。

また、民間企業から提案を受け、事業化に向けて行政と共に検討を行う「民間提案制度」も設けています。これは、市が取り組む全ての事業が対象。市と民間事業者が対等の関係で協議していく制度となっています。

多彩な地元のプレーヤーも小田原市の強み

──今後予定している取り組みはありますか。

【守屋】オープンイノベーションや新たなビジネスモデルの創出を目指す起業家をサポートする拠点として、「ワーク・プレイス・マーケット」の開設を準備しています。これまでにない価値の創造を後押しすべく、ベンチャーと地元企業のマッチングや企業の実証実験への協力にも取り組んでいきます。

──最後に改めて小田原市のビジョンを聞かせてください。

【守屋】地域の課題は複雑ですが、それは行政にとっても、企業にとっても、イノベーションを起こすチャンス。小田原市では、時代の要請である「デジタル化」「スマート化」にも力を注いでおり、この分野でも公民連携で多様な挑戦をしていきたいと考えています。

また、「美食のまち」も大事なテーマです。漁業や農林業、飲食店とフードテックを掛け合わせるなどして、「食に関わる投資をするなら小田原」。そんな地域づくりを目指しています。その他の産業も含め、長い歴史を持つ小田原には連携できる多彩なプレーヤーがいるのが強みです。ぜひ企業の皆さんには、無限の可能性を持つ小田原にご注目いただければと思います。