テストベッドの土壌があり進取の気性に富んだ山梨県
山梨県といえば、富士山をはじめとする豊富な自然環境や観光資源に恵まれた場所。あるいは長い日照時間や少ない降水量、大きな寒暖差といった気候特性を生かした果樹王国というイメージを持つ人が多いだろう。
一方で、江戸時代には東西の要衝として、歌舞伎の新作の試演が行われるなど、いわば実証実験の舞台になっていた。また、明治時代には、銀行の貯蓄預金というスキームを日本で初めて生み出し、甲州財閥を育んだ地でもある。
1989年には、リニア実験線を誘致し、世界最先端の超電導リニア技術のテストベッドとして、日本が誇る革新的な技術開発に貢献。現在では、山梨大学をはじめとした水素・燃料電池に関する世界トップレベルの研究開発拠点が集積しており、再生可能エネルギーから水素の製造、貯蔵、利用に関わる実証実験も行われている。
「リニアやまなしビジョン」の下、実証実験サポート事業がスタート
近い将来、リニア中央新幹線(品川~名古屋間)が開業すると、東京からの所要時間は現在の1.5~2時間が約25分に、名古屋からの所要時間は同3~4時間が約45分にそれぞれ短縮される見込み。このインパクトを最大限に取り込み、県内経済の活性化につなげていくべく、20年3月に「リニアやまなしビジョン」が策定され、地域特性を生かし、県全域をテストベッドのフィールドとする方針が打ち出された。
同ビジョンの実現に向けた施策の中で、全国の企業から特に熱い視線を注がれているのが山梨での実証実験の運用や費用、関係各所との連携、技術面などを県が全面的に支援する「TRY! YAMANASHI! 実証実験サポート事業」。21年度にスタートした同事業の第1期には、全国から43件の応募があった。その中から採択された8件のプロジェクトは、すでに同地で着実に進行している。
ここからは実際に同事業に採択された2社のインタビュー記事を紹介。両社が実証実験の舞台に山梨を選んだ理由や、テストベッドとしての山梨の価値、県の手厚いサポートの実情などについて詳しくひもといていく。
未来をつくる実証実験①
株式会社エアロネクスト(東京都渋谷区)
物流課題をドローンで解決!小菅村の空に描かれた可能性
「いつから始まるの?」「どんなサービスが受けられるの?」──。実証実験に関する説明会を開いたところ、集まった小菅村の住民たちからは口々に期待感をにじませる言葉があふれたという。「初めて訪れた時に、われわれの事業を受け入れていただけると確信しました」と振り返るのは、エアロネクストの田路圭輔代表だ。
独自開発の重心制御技術「4D GRAVITY®」を搭載した国内初の物流専用ドローンを強みとする同社は、既存の輸送手段とドローン物流を組み合わせた「新スマート物流サービス」確立を目指している。社会実装へ向けて大きく前進することになったきっかけが、小菅村で推進中の実証実験だ。人口約700人、高齢化率46%(2020年4月現在)。総面積の95%を森林が占め、高低差に富む地形に8つの集落がある。村内で入手できるモノが限られているため、日用品や食料品、医薬品などを求めて、隣接する大月市への往復を重ねる住民も珍しくない。
事業がどう成長するのかイメージがより明確に
こうした環境下で、エアロネクストとセイノーホールディングスが共同で取り組む新スマート物流プロジェクト「SkyHub®」が始まった。ラストワンマイルの起点となる「ドローンデポ®」と呼ばれる拠点を設置し、小菅村に運ばれたモノを集約。ここからドローン、クルマなど、配送先に適した手段で住民へ届けられる。サービスはすでに有償化のフェーズへ移行し、アプリで日用品などを注文できるオンデマンド配送、買い物代行、配送代行を実施。また、山梨県のバックアップを得て、周辺の丹波山村や大月市を配送エリアとする物流各社、公共交通機関と連携した共同配送、貨客混載の取り組みの実現も視野に入っている。
小菅村の人々にとって、ドローンが飛行する姿は「日常風景」となった。「過疎地域が直面する課題を乗り越えたいという熱意にあふれた村長や、頑張ってねと声を掛けてくださる住民の方々。新たなサービスを立ち上げるときに最も大切なのは、地域とのつながりなのだと実感しました」(田路代表)
ドローンを取り巻く状況は「レベル4(有人地帯における目視外飛行)」解禁が近づくなど、いよいよ市場の確立に向けた動きが本格化。「SkyHub®」の成果を視察したいと希望する各所からの問い合わせも急増している。
実証実験を経て、山梨県内での横展開、さらには全国展開も明確にイメージできたと言う田路代表。「どんなに優れた技術を持っていても、それをどう利活用できるのか、どんな市場を見いだせるのかが検証できなければ、産業として成長しません。小菅村の皆さんの協力なくして、ここまでの事業の進展は望めなかったと思います」
未来をつくる実証実験②
トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社(東京都港区)
大学病院とネットワーク構築。エビデンス取得にチームで挑む
高齢化に伴い、尿失禁や頻尿といった排尿障害に関連するトラブルは深刻化しているとされる。QOL(生活の質)の低下につながるのはもちろん、身体機能の衰えが及ぼす影響で転倒リスクなどが高まるとの指摘もあり、排せつの自立と健康寿命の延伸との関係性が注目されている。
自立度の改善においてポイントとなるのが、排尿の傾向を捉え、最適なタイミングでトイレに行ったり、おむつを取り替えたりできる環境を整えることだ。DFreeは、超音波センサーでぼうこうの尿のたまり具合をリアルタイムでモニタリングできるウエアラブルデバイス。たまり具合は10段階で表示され、スマートフォンやタブレット端末などで確認できる。デバイスは重さ26gでコンパクトな手のひらサイズ。下腹部への装着は負荷が少なく、測定姿勢が限定されないため普段どおりの生活を送ることが可能だ。介護施設を中心とした法人向けと個人向けの2タイプを展開している。
県がきめ細かにフォロー。「スピード感に驚いた」
医療機関での導入促進に向け、さらなるエビデンスの取得を主目的に実証実験サポート事業に手を挙げた。採択によって研究費などの支援が受けられることはもちろん、最大の成果と言えるのが、山梨大学医学部附属病院とのネットワークを構築できたことだ。トリプル・ダブリュー・ジャパン代表取締役の中西敦士氏は「スピード感に驚きました」と強調する。
「スタートアップが大学病院のような大きな組織と一緒に何かをやりたいと考えても、なかなか許可が得られないのが実情です。実施が決まっても手続きが複雑で、プロジェクトが動き出すまでに長い期間を要するケースも少なくありません」
サポート事業に採択されてから程なくして、山梨県が調整役となって山梨大学泌尿器科・三井貴彦教授、看護学科・谷口珠実教授との面談がセッティングされた。病院側でももともとDFreeに関心を持っていたこともあって、実証実験の話は円滑にまとまった。以降、活発に意見を交わしながら密なコミュニケーションが継続している。
「ミーティングには毎回、山梨県のご担当者も同席。病院側の意向、私たちの要望を丁寧に拾い上げ、きめ細かくフォローしていただいているところです。関係者が一丸となって前向きに取り組めている実感がありますので、実証実験の結果を生かし、医療現場におけるDFree導入モデルをつくり上げたいと思っています」
課題先進国と呼ばれる日本。「課題解決先進国」への転換を目指していく中で、山梨県での実証実験で得た成果はターニングポイントに位置付けられるはずだ。
【最先端技術で未来を創るオープンプラットフォーム山梨】
全国の自治体がさまざまな企業誘致支援策を打ち出す中、「TRY! YAMANASHI! 実証実験サポート事業」が注目される理由はどこにあるのか。同事業の支援内容は「山梨県全域を対象にした伴走支援」「最大750万円の経費支援(補助率3/4)」「専門家によるアドバイス」の主に3つ。このうちの「伴走支援」の手厚さが大きな強みとなっている。
企業に寄り添ったハンズオン支援
企業が独自に実証実験を行おうとする場合、協力機関へのアプローチを含む実証フィールドの確保が大きな障壁になりがちだ。その点同事業は、採択直後に協力機関を紹介してもらえるほか、そのサポートがプロジェクト期間中も継続。打ち合わせなどにも必要に応じて県担当者が同席し、関係機関とのスムーズかつスピーディーな連携を後押ししてくれる。
「経費支援」に関しては、人件費をはじめ、原材料費、交通費、謝礼金、外注委託費、広告費など、ほとんどの費用が補助対象。その上で、事業化に向けた専門家によるアドバイスも受けられる。このほか、実証実験のモニター募集などのPR面を含め、プロジェクトの推進に関わるあらゆる面で県が全面的にバックアップ。山梨にゆかりのない企業であっても、安心して事業を利用できるわけだ。
また、このような事業としての支援に加え、山梨は「県内全域の市町村、企業、病院などに及ぶ支援ネットワーク」「水素・燃料電池の最先端研究」「医療機器産業への参入支援を行う専門機関」「スマート農業との連携」といった面での強みも有している。これらもまた、企業の実証実験に付加価値を与えるポイントになりそうだ。
成果報告会と最終審査会を3月にオンラインで配信予定
県としては、近い将来のリニア開業を見据えた同事業を今後も積極的に推進していきたい考え。第3期以降もさらなる支援の充実に向け現在予算審議中だ。
同事業について詳しく知りたいなら、3月に行われる2つのオンラインイベントを見逃す手はないだろう。10日(木)には第1期の「成果報告会」、17日(木)には第2期の「最終審査会」をそれぞれ配信予定。実証実験のフィールドを探している企業はもちろん、独自の技術や製品をどうビジネス化するか模索している企業にとっても、何らかのヒントを得られる機会となりそうだ。
あの「空飛ぶバイク」も山梨で飛行試験を開始!
SF映画などに登場する「空飛ぶバイク」が、すでに現実のものとなっていることをご存じだろうか。昨年10月に初お披露目され、その後予約販売受け付けを開始した次世代エアモビリティ「XTURISMO Limited Edition」。さまざまな最先端技術が搭載されたこのモビリティは、空中を移動のフィールドとすることで、より自由かつ快適な移動の実現に貢献するだけでなく、災害現場や未舗装の場所などでの移動手段としても期待されている。
開発したのは、東京都港区の「A.L.I.Technologies」。同社が目指しているのは、車やバイクなどが自由に空を飛び交う「エアモビリティ社会」だが、その実現には規制の問題や安全性の確保など、まだまだ解決すべき課題が多くある。その課題解決に向けた取り組みを同社と協働で進めているのが山梨県だ。
このように実証実験サポート事業以外でも、さまざまな形で最先端技術の社会実装プロジェクトを県内に呼び込んでいる山梨県。「テストベッドの聖地」へ向けた取り組みは日々加速している。