近年、国際社会は「キャッシュレス化」の浸透に向けて突き進んでおり、奇しくも新型コロナウイルスの感染拡大はそれを促す格好ともなった。それもBtoC(企業と一般消費者の取引)の領域だけにとどまらず、BtoB(企業間の取引)においても、キャッシュレス化の推進がグローバルスタンダードになってきている。こうした潮流に対して、日本は後手に回っているとエコノミストの崔真淑氏は指摘する。さらに、キャッシュレス決済をうまく利用すれば、日本企業のキャッシュフローを劇的に改善することもできるとアドバイスする。崔氏に詳しく話を聞いた。

進んではいるが、歩みの遅い日本のキャッシュレス化

現金決済を一切受け付けていない商業施設も登場しているし、国策としてキャッシュレス化が推進されている。もっとも、依然として巷の小売店などでは現金で支払っている人をよく見かけるが、日本の実情はどうなのだろうか。エコノミストの崔真淑氏は説明する。

「経済産業省の調査データを見ても明らかなように、やはり諸外国と比べて日本ではキャッシュレス決済の比率が非常に低いのが現状です。ただ、新型コロナウイルス感染拡大の影響(による巣ごもり消費に伴うeコマース利用の急拡大)もあって、2016年時点で19.9%だったキャッシュレス比率が2020年には29.7%で拡大しており、徐々に普及しつつあるのも確かです」

経済産業省が同調査を開始した2010年の時点(13.2%)の2倍超に達しているので、日本国内でもキャッシュレス化が時代の潮流であることは間違いないだろう。だが、崔氏は次のようにも指摘する。

「2025年にキャッシュレス比率を40%まで高めるのが経済産業省の目標で、今のペースではなかなか大変。着実に進んでいるものの、そのスピードは遅い。そして、諸外国に比べれば、依然としてその比率は低く、普及も遅れているというのが国内の現状です」(崔氏)

崔真淑(さい・ますみ)
エコノミスト(MBA in Finance)
2008年に神戸大学経済学部を卒業後、大和証券SMBC金融証券研究所(現:大和証券)に入社。アナリストとして資本市場分析に携わる。債券トレーダーを経験後、2012年に独立してエコノミスト・コンサルタントとして活動。翌年から日経CNBCで最年少の経済解説委員会コメンテーターとして出演中。2017年4月から一橋大学大学院イノベーション研究センターに所属し、関連研究にも従事。2021年6月よりカオナビの社外取締役も務め、上場企業やベンチャー企業に対するガバナンスやIRアドバイスにも取り組む。

間接金融の発達、ATM普及、高齢化と低金利が足枷に

では、日本における普及のピッチが遅いのはなぜか。主に3つの要因が挙げられると崔氏は考察している。

「その1つは、銀行ATMの普及です。ATMとの相関関係を見てみると、設置台数が多いほどキャッシュレス決済が進みにくいという傾向がうかがえます。そして、日本では歴史的に銀行を介した間接金融という資金調達が発展してきたことが2つめの要因です。その結果、ATMの普及も進んだわけです。さらに3つめは、低金利が長期化する中で高齢化が進んでいること。これはBIS(国際決済銀行)が論文で指摘していることでもありますが、高齢化が進む一方で金利が低くなっている国では現金を所持するインセンティブ(動機づけ)が強く、キャッシュレスが非常に進みにくい傾向が見られます」

実は、意外にも欧州の先進国にも日本と同様に出遅れている国があるという。それは、日本と同様に間接金融が発展したドイツだ。

とはいえ、日本はアジア諸国と比べても普及が遅れている。「3つの要因を言い訳にせず、機運をどんどん高めていく必要がある」と崔氏は訴えかける。

2020年の時点で29.7%というキャッシュレス化比率にしても、「マイナポイント」付与などの刺激策も奏功し、もっぱら個人による利用によって牽引されているのが現実だ。企業の間では、キャッシュレス決済への取り組みに関してかなりの温度差がある。

「BtoCの企業ほどキャッシュレス決済を積極的に導入しているのに対し、BtoBビジネスの比率が高い企業ほど消極的との傾向がうかがえます。しかし、BtoBにおけるキャッシュレス化は、決済手段の効率化だけにとどまらず、企業にとって様々なメリットがあるのです。そして、その代表格がクレジットカードによるキャッシュレス決済。ひょっとしたら、BtoBの取引でもクレジットカードを選べることを知らない中小企業が意外に多いのが一因かもしれませんね」(崔氏)

出遅れた最大の要因は、日本企業特有の商慣習

そして何より、多くの日本企業がキャッシュレス決済において遅れをとった最大の要因は、「企業間決済=銀行振り込み」という既成概念が強固に確立されていることだ。今の時代は振り込みでもわざわざ現金を用意する必要がないものの、この商慣習には極めて非効率な側面があり、その意味ではかなりアナログ的と言える。

周知の通り、商品・サービスの売り手は納品後に請求書を発行し、買い手は社内で規定された毎月の締め日に請求額を集計して、翌月以降に定めた支払い日にその金額を振り込むというパターンが日本企業における商慣習の主流だ。未だに約束手形を用いた取引も続けられており、売り手が実際に現金を手にするまでに数カ月のタイムラグが生じる。

大企業がこの商慣習に基づいてビジネスを進める限り、国内企業数の99%以上を占める中小企業もそれに従わざるをえないという事情もありそうだ。

「諸外国と比べて日本の中小企業の間では、大企業から受託した業務を手掛けるケースが多くなっています。そうなると、どうしても大企業の支払い方式に左右されがち。しかも、世界的な大手を比較した場合、米国や英国と比べて日本の企業は製造業のみならずサービス業においても、CCC(Cash Conversion Cycle=原材料の仕入れから製品・サービスの代金回収に至るまでの期間)が非常に長いという傾向がうかがえます」(崔氏)

大企業の現金回収に時間がかかれば、その取引先である中小企業への支払いもおのずと遅くなりがちだ。その結果、全般的に日本企業のCCCは極めて非効率になっている。

対照的に、欧米をはじめとする海外企業の多くはCCCの短縮化を重要施策と捉えている。例えば、アマゾン・ドット・コムは決算書上において赤字経営となっていた時期も、CCCが極めて早いことによって、営業キャッシュフローは黒字を維持していたという。

「CCCの短縮で営業キャッシュフローが常にプラスになると、手元にすぐさま資金が入ってきます。企業は自らの意思決定に沿って、機動的な設備投資を進めやすくなるわけです。GAFAM(米巨大IT企業Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoftの5社)をはじめとする世界的な成長企業の代表格は、総じてCCCが短くなっています。日本は銀行ありきの世界だったので、会計上で黒字化を果たすことが大命題でした。しかし、今後は黒字化よりもCCCに重きを置く経営が求められてくるでしょう」(崔氏)

CCCの短縮による売上回収の早期化は、企業価値を飛躍的に向上させる結果にもつながるということだ。

クレジットカード決済への対応がもたらすメリットとは?

ならば、ガラパゴス化している日本特有の商慣習から脱却し、CCCの短縮化に直結するキャッシュレス化を進めるには、具体的にどのような手段を用いればいいのか。手っ取り早く効果的なのがクレジットカードの活用である。

ただし、企業が法人カードの会員となって、従業員が経費を決済する際に用いるといったことを意味しているわけではない。もはや、そのようなことは経理の合理化を進めるうえでの常識だろう。CCCの短縮化に大きく貢献するのは、自分の会社がクレジットカードの加盟店となる(クレジットカード決済による取引に対応する)ことだ。

買い手がクレジットカードで企業間取引の支払いを行えば、売り手は従来の商慣習よりもはるかに早く代金を回収できる。一方、買い手が実際に代金を支払うのは所定のカード代金引き落とし日で、手元資金の支出を繰り延べられる。このように双方において、キャッシュフローの改善につながるというメリットが得られるのだ。

キャッシュフローの改善面以外でも、クレジットカード特有のメリットを享受できる。具体例を挙げれば、①新規顧客の獲得につながる、②契約の定着率が高い、③業務改善が進む、の3つである。

クレジットカード決済が可能なことは、前述したように支払いの繰り延べ効果もあるので、企業が取引先を選ぶ際に魅力となる。また、多くの企業にとって新規獲得顧客にリピーターとなってもらうことは重要なテーマだが、ある企業の事例では、現金払いの頃はリピート率が3割程度だったのに対し、カード決済を取り入れたことで、リピート率が9割程度まで高まったという報告もある。最初にカード払いを選ぶと自動的に継続課金されるケースも増えていることから、クレジットカード導入がリピート率向上に寄与するのだ。

「特に今の時代はサブスクリプション(定額課金)契約が急速に普及しており、クレジットカードの加盟店になることはその点でも重要な意味を持っています。クレジットカード決済に対応することで、自動的に自社のビジネスモデルをサブスク化できるのは非常に大きなメリットでしょう」(崔氏)

業務改善についても、売掛金や買掛金など債権・債務の勘定科目を一つひとつチェックする消し込み作業や、期日までに未回収となっている代金の支払い催促といった手間から開放されるのは明白だ。担当従業員の作業負担や精神的負担は大幅に軽減されよう。

「労働人口の劇的な減少に伴い、日本では人手不足がさらに深刻化するのは必至でしょう。超人材枯渇時代に有能な人を最適に配置するうえでも、クレジットカードの活用が一役買うことにもなりそうです」(崔氏)

今の時代は、継続的な売り上げが望める「自社のビジネスのサブスク化」がキーワードだと言われている。「クレジットカード決済に対応することで、それが実現できる可能性が高まる」と崔氏は指摘する。

国内でもすそ野が広がりつつある企業間取引のクレジットカード決済

諸外国と比べて遅れているとはいえ、すでに加盟店となってクレジットカード決済に対応する企業も増えてきている。特に積極的なのは、シェアオフィスやオフィス賃貸、電力・ガス小売りといったサブスクリプション系のビジネスを展開しているところだが、人材派遣や物流、食品卸、大手建設などにもすそ野が広がり始めているという。

取引先の数が膨大にあり、なおかつ個々の売上代金がさほど高額ではないビジネスにおいては、特にクレジットカード決済対応のメリットが大きい様子だ。アメリカンエキスプレスのように加盟店の販売促進支援に関するフォローアップに注力するクレジットカード会社なら、自社製品・サービスのマーケティングにおいても効果を発揮しそうだ。

「BtoB比率が高い製造業の間ではキャッシュレス決済への対応が遅れていますが、こうして現金回収が遅れがちな分野ほど導入するメリットは大きいと私は思います」(崔氏)

付け加えれば、新規顧客と契約を結ぶ際に、カードを保有していることで与信面の確認作業もずいぶんと負担が軽減されることも見逃せない。さらに、崔氏は補足する。

「もう1つ、私が魅力的に感じたのは、幅広く世界中にネットワークがあること。加盟店になれば、グローバルなスケールでセールスを展開することも可能となります。また、アメリカンエキスプレスの場合はステータスの高さに惹かれてカード会員になる人が多いかと思われますので、加盟店になって取引の決済手段として活用すれば、優良顧客を獲得できる確率も高くなりそうです」

クレジットカード決済の場合、売り手となる加盟店は決済手数料を負担することになる。だが、これまで見てきたように、キャッシュフローの劇的な改善をはじめとするメリットの数々を踏まえれば十分にペイできるはずだ。その際は、加盟店への手厚いフォローに定評があるアメリカンエキスプレスが有力な選択肢となるだろう。