グローバル市場でリーダーになれる日本人は少ないといわれる中で今年3月、米ジョンソン・エンド・ジョンソングループの医薬品部門、ヤンセンファーマの日本法人に46歳の若き日本人リーダーが登場した。米国ジョンソン・エンド・ジョンソンに入社後、複数の国々でリーダーを務めてきた關口修平新社長だ。そのキャリアから米国仕込みのリーダーシップスタイルかと思いきや、まったく正反対で物腰は柔らかく、謙虚さがにじみ出る人柄。
組織のトップとして指導的ポジションにあるにもかかわらず、彼が就任直後に取り組んだのは全従業員を対象にした「リスニング&ラーニング」だという。なぜ一番に従業員に学ぶのか。どのようにして従業員から話を聞き出し、自らの学びに変えているのか。就任から3カ月の關口新社長に、世界で活躍する新たなビジネスリーダー像について聞いた。

社長就任後の「リスニング&ラーニング」スタイルとは

關口修平(せきぐち・しゅうへい)
ヤンセンファーマ株式会社
代表取締役社長
米ダートマス大学を卒業後、広告代理店に2年間務めた後、教育関係のスタートアップ企業で4年間、マネジメントを経験。その後、米デューク大学で経営学修士号を取得し、2004年に米国ジョンソン・エンド・ジョンソン入社。オーソ・バイオテック・プロダクツLP社とセントコア社のマーケティング部門を経て、ヤンセンファーマのマーケティング事業リーダーとして活躍。前職はヤンセン台湾マネージング・ディレクターで、ヤンセン台湾を台湾第6位の製薬会社へと成長させた。2021年3月から現職。

――46歳での社長就任は、日本の主な製薬企業トップの中でもかなり若いと思いますが、ご本人は社長と年齢との関係についてどのように受けとめていますか。

リーダーが若いほど、従業員の人たちと(年齢が)近くなりますから、組織の強みを「引き出す」とか、周囲の知識を「結束する」という方向に意識が向くことは強みになるかもしれません。とはいえあまり年齢について意識していないというのが正直なところです。ビジネスのリーダーを務めるうえで、年齢はさほど重要な要素ではないと個人的には思っています。

――3月1日の社長就任後、真っ先に取り組んだのは全従業員(約2400人)を対象にした「リスニング&ラーニング」だそうですが、なぜそこから始めたのでしょうか。

私の仕事は従業員一人ひとりに、持っている能力を最大限に発揮してもらえるよう、そのための環境を整えることです。その仕事を遂行するには、まず従業員の考えていることや感じていることを知る必要があるからです。

――「リスニング&ラーニング」は具体的にどのような方法で行われたのでしょうか。

リモートを通じてではありますが、最初に就任挨拶を兼ねてタウンホールミーティング(全社会議)を開催し、意見や要望があれば直接メールをくださいと、専用のメールアドレスを全従業員に伝えました。

その後は、小グループでの対話会を月に10回程度のペースで開催しています。その場で議論しながらメンバー個々の考えを聞き、会の最後にも質問や意見を聞く時間を設けて、積極的にこちらから声を聞くようにしています。

そもそも従業員はフィードバックしないほうが楽

――従業員がトップに直接、意見できる環境は理想的ではありますが、全従業員が対象では届くコメントの数も膨大でしょう。中には耳の痛い意見や個人的な要望なども出てくるかと思います。そのリスクも承知のうえで踏み切ったのですか。

たしかに報酬のことから在宅勤務での悩みまで、さまざまなフィードバックが届きます。しかしどんな内容にせよ、従業員からのフィードバックは「ギフト」だと捉えています。

従業員にすればフィードバックなどしないほうが楽ですよね。にもかかわらず送ってくれたり話してくれたりしたのですから、数が多くてもどんな内容であっても、喜んで聞きますし、その背景にある理由を考えます。

個人的な内容でもまったく構いません。一人ひとりが従業員である前に人間ですから、それぞれに人生があって大切にしている趣味もあれば、家庭内に心配事があったりすることもありますよね。さまざまな事情によって仕事に打ち込みづらくなったり、仕事の優先順位が変わったりすることもあるでしょう。

ですからリーダーは従業員の家庭や個人の事情を理解することも大事だと私は思っていますので、全員に「聞かせてください」という姿勢で取り組んでいます。

――世界屈指のグローバル企業(ジョンソン・エンド・ジョンソン)でキャリアを積み、異例の若さで日本法人のトップ就任というご経歴から、米国仕込みのリーダーシップスタイルを想像していました。ところがお話を聞くと、従業員に対する思いやりや組織に対する真摯さ、誠実さを感じて意外に思いました。

組織は多くの人で構成されているものですし、その人材は会社の貴重なリソース(資産)です。そして経営判断によって従業員一人ひとりに貢献すべき役割が配分されています。私の仕事はジョンソン・エンド・ジョンソンからそのリソースを借りて、より価値を高めることだと考えています。

前任のヤンセン台湾でマネジメントをしていたときに肌で感じたのは、国や地域の市場について一番知っているのは従業員だということです。リーダーは市場のエキスパートの知見を最大限に活かす必要があります。これは日本であろうと米国であろうと同じことです。 

――従業員から受け取ったフィードバックは、経営にどのように生かすのでしょうか。

まず会社としてアクションが必要な項目に関してはすぐに動きます。行動が伴わなければ聞いていることになりません。

私一人ですべての対応はできませんが、内容ごとに会社の制度を活用することで問題が解決することもありますし、上長と話せば調整できることもあるかと思います。また考え方が会社の目指すべき方向と違っているのであれば、(従業員に対する)教育に繋げていくことにもなります。

同時に、上がってきた質問と各項目に対する会社の対応については、従業員の誰もが見られるようイントラネットなどでオープンに発信する予定です。これは前任のヤンセン台湾でも行っていたことです。

――關口社長は米国の大学を卒業後、米国内の広告代理店からスタートアップ企業へと移り、その後ビジネススクールで学んでいます。そしてジョンソン・エンド・ジョンソン入社後はグローバルに活躍してきました。それぞれのキャリアの中で、どのような学びがあったでしょうか。

学んだことはたくさんありますが、キャリアのスタート時から現在にいたるまで、意識的に幅広い経験を積んできたように思います。それは、「よりよい判断をしたい」という思いからです。

ただはじめからグローバル志向だったわけではありません。私のキャリアを振り返りますと、大学卒業後、最初に入社した米国内の広告代理店もドメスティックな企業でした。そこで私はアカウントマネージャーの仕事をしていまして、さまざまな企業のプロダクトマネージャーに対して広告計画を提案していました。

その提案内容を判断するのはクライアントです。エージェンシー側に決定権はなく、クライアントの一言で仕事内容が左右する現実に直面しました。

そこで、もう少し自分でビジネスの舵取りができる経験を持ちたいとの気持ちと、より社会のために貢献したいという気持ちを抱くようになったことから、その広告代理店を離れ、教育関係のスタートアップ企業に移ったのです。

――スタートアップ企業への転身とは、環境の大転換ですね。

私が入社10人目という少人数の会社でしたから、何でもやりました。そこで初めて営業経験もしましたし、自社の「売り」をわかりやすく投資家に伝えるという任務も果たしました。やがて自分で営業所を立ち上げて、所長としてマネジメントの経験もしました。

おかげでビジネスに必要な判断力を身に着けることができたのはよかったのですが、今度は自分が経営をどこまで理解できているのかという疑問を抱えてしまったんです。

「なぜその判断を下したのか」と問われたときに、確証をもって説明しきれないということです。ビジネスをリードしていくうえで、自分の任されている仕事と自分の力とのギャップがどんどん見えてきたことから、経営というものを一度専門的に勉強したほうがよいのではないかということで、ビジネススクールに行くことに決めました。

――ビジネススクールでの学びは、關口社長にどのような影響を与えたでしょうか。

金融関連の人やエンジニア、マーケターなどありとあらゆる業界の優秀な人たちと議論しながら、1つのプロジェクトに関わる体験は、私の視野を格段に広くしてくれました。そしてより幅広い経験をしたいと思うようになりました。

そのためには大きな組織に所属することがいいだろうとグローバル企業への道を考えるようになったわけです。この2年間がなかったら、ジョンソン・エンド・ジョンソンに入社することもなかったかなと思います。

――ジョンソン・エンド・ジョンソン入社後は、MBAでの学びは生かせたのでしょうか。

そうはいきませんでしたね。大学院を出たからと言って、最初からグローバル企業の経営戦略に関わる場が与えられることはまずないですし、新製品の発表に関わらせてもらえることもありません。まずは与えられた場所でその仕事に深く入り、自分の役割を果たして結果を出していくしかありません。私も初めは経費の配分とか、営業とマーケティング部門との調整といった仕事を地道に積み重ねてきました。

そんな当時の歩みを支えてくれたのが、メンターの存在です。メンターとは、仕事やキャリアについて助言や指導をしてくれる相談相手のことですが、私にはキャリアの初期から社内外にメンターがいました。会社のメンタープログラムによらず、元上司だった人もいます。そのほかに仕事とはまったく関係のない、人生のメンターと言える人もいます。

キャリアや人生において節目を迎えたとき、オープンに話を聞かせてくれるメンターに恵まれたのは、私にとってとても幸運なことでした。こうしてキャリア全般を通じてメンターの存在の大切さを感じてきましたので、私も求められれば喜んで誰かのメンターになりたいと思っています。

グローバルに活躍するうえで重要なことは「学ぶ姿勢」

――ところで、日本人からはグローバルリーダーが育ちにくいという声も聞かれます。關口社長の経験から、グローバルリーダーに必要なものは何だと思いますか。

まず「学ぶ姿勢」が重要だと思います。業界にかかわらず日本にいると「日本ではこうなんです」とよく聞きますが、世界から見た日本市場の位置付けも理解する必要があります。

たとえばヤンセンファーマにとって日本は第2位の市場です。その意味でグループにとっては重要な市場ですが、製薬業界全体で見ると、市場の多くは米国で、日本のシェアは10%未満しかありません。日本のお客様向けにローカライズすることは必要ですが、一方で他の国から学べるケースはまだまだあると私は思っています。

もう一つは、外資系企業として、親会社の力を存分に活かすことでしょう。私も日本のリーダーとして、ジョンソン・エンド・ジョンソンから日本への投資を取りつけたいと考えていますし、それ以外のさまざまな力も大いに活用したいと思っています。

ヤンセンファーマは世界最大のトータルヘルスケアカンパニー、ジョンソン・エンド・ジョンソングループの医薬品部門。世界約150カ国、約4万人の従業員が従事している。日本ではがん、免疫疾患、精神・神経疾患(中枢神経・疼痛)、感染症・ワクチン、肺高血圧症の5つの疾患領域において、きわめて深刻な病気と複雑な医学上の課題に取り組んでいる。

――就任後3カ月が過ぎました。従業員の声をじっくりと聞いた結果、これからどのような経営を行っていくのでしょうか。

ここ5年間、日本の製薬市場がマイナス成長になった中でもヤンセンファーマは毎年成長していますし、2020年は当社の成長率は業界第2位でした。この勢いをさらに加速させたいです。

COVID-19の影響で仕事の仕方も以前とは違うことばかりですが、会社は環境の変化に柔軟に対応していく必要があります。周りが変化するなら、私たちもすぐに対応する。下を向くのではなく、前を向いて、自分たちがコントロールできる範囲のことを、未来へ向けて整えていくことが大切です。

それとともに、今は私たち一人ひとりが、なぜ製薬業界を選び、なぜヘルスケアの仕事をしているのか考える貴重な機会だと思っています。ビジネスは数字の話に終始しがちですが、数字の後ろには常に患者さんがいます。数字が伸びるというのはどういうことなのか、といったことを常に考える環境づくりも心がけたいと思っています。