パナソニックの「エネチャージ」は、エアコンの稼働時に大気中に排出されてしまっていた熱エネルギーを蓄熱し、有効活用することで、暖房運転時の快適性アップを実現した世界初の技術だ。この技術革新から約10年後、今度は熱エネルギーを冷房運転時にも生かした「新・エネチャージ」が誕生した。新旧二つの世界初の技術(※1)が提供する価値と、自身の活躍の舞台である音楽との関わりを指摘するのは、世界的なマリンバ奏者で作曲家の林美里さん。孤高のアーティストが感じた「空気」と「音」の共通点とは──。林さんの視点を通して、新・エネチャージの真価に迫る。

より心地よい音を探し続けて40年

マリンバは、ピアノの鍵盤と同じ配列をした木製の音板をもち、何本かのマレット(バチ)を使って演奏する鍵盤打楽器。音板の下に設置された金属管が共鳴することで、深みのある豊かな音色を奏でることができる。

「幼少の頃に、いつか人生の糧になる一生の宝物を私に見つけてほしいと考えた両親が紹介してくれた楽器です。当時の記憶は曖昧なのですが、3歳ぐらいの時に初めてマリンバの音を耳にした瞬間、その壮大な響きに衝撃を受けたことは今でも覚えています」

林美里さんは、マリンバとの出合いをこう語る。その後、東京音楽大学打楽器科を首席で卒業した後は、クラシック音楽の本場であるヨーロッパのパリを中心に活動。現地の巨匠に師事して活動した9年に及ぶ在仏期間中には、パリのコンクールで賞を受賞したほか、イタリアレーベルより現代音楽CDアルバムのリリース、現地でのソロコンサートなども経験し、音楽的な見識を広げた。

「マリンバとの付き合いは40年近くになりますが、こだわりの音を探し続けていたらあっという間でした。今は出身地の鎌倉とパリをはじめとした海外を行き来しながら、音楽の枠にとらわれない幅広いことにチャレンジさせていただき、その経験をより心地良い音探しに役立てています」

音楽にとって、湿度や温度は切っても切れないもの

心地よい音を届ける上で自ら「理想的」とする自然の中で、マリンバを演奏する林さん。

林さんの生活基盤の一つであり、自ら「相棒」と呼ぶマリンバ。その音を追求する上で欠かせないものに湿度管理がある。

「まずマリンバは木製ですから、カビの原因となる湿気は天敵です。一般的に、マリンバが一番良い音になるのは、完成から10年後と言われています。その間、保管時にも湿度を一定に保つよう心がけることで、良質な音を響かせる楽器に育て上げていくわけです」

湿度が関係してくるのは、保管時にとどまらない。特にアーティスト泣かせなのが、心地よい音をリアルタイムで届けなくてはならないパフォーマンス時の湿度だという。

「これはマリンバに限ったことではありませんが、湿度の高い場所では音が響き渡りにくくなります。ですから高温多湿な国での野外の演奏会などでは、マレットの硬さを変えたり、演奏方法を調節したりと、その場の環境に合わせて工夫する必要があります」

一方、温度管理においても、マリンバ奏者ならではの長年の悩みがあるそうだ。

「マリンバは基本的に立って演奏します。特に冬場などは、どんなに空調を効かせていても、上半身と足元の温度差が激しいことがあります。コンサート前などに長時間連続で稽古に励んだりする際は、足がかじかんで親指の付け根あたりがつったようになってしまうこともしばしば。座って弾く楽器であれば稽古中はひざ掛けを使うなどの対策がとれますが、マリンバ奏者の私は、まだまだ最適な対処法を見つけられていません」

新・エネチャージが湿度・温度管理における長年の課題を解決

一般的なエアコンでは活用されていなかった熱エネルギーを冷暖房に再利用することで、快適性や省エネ効果を高めた新・エネチャージシステム。

湿度や温度の管理に関しては、音楽家でなくても多かれ少なかれ課題を感じているもの。そもそも一般的なエアコンでの暖房中には、室外機周辺の湿気が霜となって凍り付き、その霜を取るために室内の暖房運転を一時停止しなくてはならないという宿命があった。この課題を解決したのが2011年に誕生したエネチャージだ。エネチャージ搭載のエアコンなら、稼働時に発生する熱をエネチャージに蓄熱し、室外機内の霜取りに有効活用することで、室内の「ノンストップ暖房(※2)」を実現。また、温風をパワフルに送り込み、足元までしっかり暖かさを届ける「足元暖房」機能と合わせて「極上暖房」を提供している。

「霜取り運転中は室内の暖房が止まっているとは知りませんでした。稼働中のはずなのに、温風が出ていなくて故障かなと思ったことは何度もあります。エネチャージの極上暖房なら、足元の冷えという立奏の楽器奏者の永遠の課題から解放されそうですね」

パナソニックの従来品と新・エネチャージを搭載した最新機種の温度と湿度の変化を比較。従来品では徐々に上がっていく湿度を最新機種は一定にキープ。

エネチャージの誕生時より、パナソニックのエンジニアが目標としていたのがこの技術を冷房運転にも展開し、年間を通してユーザーの快適性アップに貢献すること。構想から10年を経てたどり着いたのが、新・エネチャージによる「極上冷房」という新たな価値だ。通常のエアコンは、冷房時に設定温度になると運転・停止を繰り返すことで室内の設定温度を維持する制御を行っているが、この方法だと温度の動きについていけない湿度がじわじわと上がり続け、徐々に快適性も損なわれていくという課題があった。新・エネチャージは、熱エネルギーを冷媒の気化に利用することで、室内を冷やしすぎない弱冷房の連続運転が可能に。温度は維持しながらも、湿度はしっかりおさえることで、サラッと快適な冷房を実現。加えて、10%の省エネ(※3)も達成したほか、設定温度まで冷やす速度は15%アップ(※4)している。

「私自身、夏場はまず一気に部屋を涼しくしたいタイプなので、冷やす速度が早いというのはとても助かります。それでいて省エネ性能がアップして、湿度のコントロールまで可能となると、音楽家としても大助かりですね」

「目に見えないもの」に意識を向け、より有意義な時間を

パナソニックの担当者から新・エネチャージの説明を受けた林さんは、音と空気、音楽家とエンジニアの共通点について語る。

林さんが新・エネチャージ開発の裏側についてとりわけ関心を寄せたのが、開発に要した10年という月日。その間のエンジニアたちの執念は、アーティストとしてより心地よい音を探す自分自身に重なる部分があるという。

「私が探し求めている音も、パナソニックのエンジニアの方々が追求してきた空気も、いずれも目に見えないものです。この目に見えないものにこだわり続けることって本当に大変で、例えば私自身はたった1小節だけを3カ月間練習するようなこともあって、時にはそんな自分を疑うこともあります。きっと10年の間には、エンジニアの方々にも同じような瞬間があったのではないでしょうか。でもそこで投げ出さないでくれたおかげで世界初の技術が誕生し、私たちの暮らしがより快適になる。本当に頭が下がる思いです」

目には見えないけど誰にとっても必要な「空気」と「音」。林さんが音を追求する上で、さらに空気に求めたいことはあるだろうか。

「心地よい音を届けるには、温度や湿度がコントロールされた心地よい空間が大切です。その空間をさらに突き詰めて考えた場合、木漏れ日の中やわらかな風がそよぐ自然に近い空間が理想なんじゃないかと思います。もし、技術によって室内で自然を再現できるようになったら、それ以上言うことはありませんね」

今後も音楽活動はもちろん、豊富な在仏経験を生かした事業をはじめ興味のあることにはどんどんチャレンジしたいという林さん。最後に自分にとって本当に必要なものを選ぶためのヒントを伺うと、次のようなメッセージを寄せてくれた。

「素晴らしい音楽は、何度演奏しても新鮮で、いつまでも飽きることがありません。時が経っても自分にとっての価値が変わらない普遍的なものを選ぶ。目まぐるしく変化する現代だからこそ、そういった視点が大切なのではないでしょうか。音や空気は誰の周りにも確実にあって、常に寄り添ってくれています。そのような目に見えないものに対しても意識を高く持ち、自分に適したものを選択できれば、人生がより有意義になると思います」

林美里(はやし・みさと)

1978年鎌倉出身。幼少の頃よりマリンバを始め、東京音楽大学打楽器科を首席で卒業後に渡仏。現地の巨匠に師事しながら9年間に及んだ在仏期間中には、パリ市主催のアートコンクールで賞を受賞したほか、現地でのソロコンサートの開催、イタリアレーベルより現代音楽CDアルバムのリリースなどを経験。帰国後は、コンサートのセルフプロデュースや他ジャンルとのコラボなどで独自の音楽活動を突き詰めながら、ヨーロッパのファッション業界と日本企業をつなぐコンサルティング会社も設立。音楽家の枠にとらわれない活動を精力的に続ける。

 

※1:家庭用エアコンにおいて。コンプレッサーの排熱を顕熱蓄熱し、暖房および冷房に再利用する技術。2020年11月21日発売(パナソニック調べ)。
※2:使用環境によっては止まることがある。
※3:パナソニック従来品CS-X400D2と、新製品CS-X401D2の運転開始から設定温度到達までの時間の比較。実際の立ち上げ時間は、条件により異なる。
※4:当社従来品CS-X400D2=297Whと、新製品CS-X401D2=267Whの安定運転時約1時間の積算消費電力量の比較。実際の消費電力量は、条件により異なる。

(撮影協力:鎌倉・覚園寺)