「キッザニア東京(東京都江東区)」「キッザニア甲子園(兵庫県西宮市)」は、3~15歳の子どもが楽しみながらさまざまな職業を体験し、社会の仕組みを学んだり、気づきを得たりすることができる人気の職業・社会体験施設だ。その中にあるKDDI「通信会社」パビリオンでは、次世代通信サービス5Gの「通信エリア設計士」の仕事が体験できる。ここでは実際どんなことを学べるのか。「EdTech」(デジタルテクノロジーを活用した教育のイノベーション)の第一人者で、国の教育改革にも携わるデジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏教授に見学してもらい、その意義や教育効果などについて聞いた。

情報化社会に必要な、論理的思考や問題解決力を育む

――KDDI「通信会社」パビリオンでは、5Gの電波を届ける基地局の設置計画を立て、通信によって未来の街をつくる「通信エリア設計士」の仕事が体験できます。それによって、どのようなことが学べますか。

まず、教育の現状についてお話したいと思います。かつての工業化社会における学校教育は、膨大な知識を習得し、問題を早く正確に解く学習に重点が置かれていました。組織の中で決められたことを正確かつ効率的に行い、覚えたことを正しく繰り返す能力が社会人に求められていたため、こうした勉強で培った能力があれば十分に仕事ができる時代だったのです。

佐藤昌宏
デジタルハリウッド大学大学院教授
1992年、NTT入社。2002年、デジタルハリウッド執行役員に就任。日本初の株式会社立大学院の設置メンバーの1人として学校設立を経験。04年、eラーニングシステム開発事業を行うグローナビを立ち上げ代表取締役に就任。17年、一般社団法人教育イノベーション協議会を設立、代表理事に就任。現在はデジタルハリウッド大学大学院の専任教授として学生指導を行う。また、内閣官房教育再生実行会議技術革新ワーキング委員、経産省未来の教室とEdTech研究会座長代理など教育改革に関する国の委員や、数多くの起業家のアドバイザーなども務める。

しかし、今の情報化社会は「答えがない(正解が一つではない)」時代と言われるように、新しいビジネスや価値観が次々と生まれ、過去に学んだ知識や技術、経験だけでは通用しなくなっています。唯一の対処法は、試みと失敗を繰り返しながら解決策を見出していく「正しい試行錯誤をする」ということです。

「通信会社」パビリオンの職業体験でもトライアンドエラー(試行錯誤)が求められますが、それによって論理的思考や問題解決力を育むことができます。目的は、シミュレーター画面に映し出された街に、3種類の5G基地局を置いて設置計画を立てることですが、単純に置いていけばいいというわけではありません。

基地局にはいくつか種類があって、それぞれ電波が届く範囲が異なります。基地局がカバーする通信エリアを確認しながら、基地局を何度も動かして最適な設置場所を決めていくわけです。チームで協力して街全体の電波を整備するため、チームワークやコミュニケーションの大切さを学ぶこともできます。

子どもたちは、スーパーバイザーと呼ばれるスタッフからレクチャーを受けた後、シミュレーターの画面に映し出された街に、5Gの基地局を置いていく。その基地局がカバーする通信エリアが放射状に表示されている。
子どもたちが基地局の設置を終え、電波の整備が完了すると、基地局計画が反映された街の様子や、空にドローンが飛ぶ映像がモニターに表示される。画像はモニターを取り囲み、スーパーバイザーから近未来の町の様子について話を聞く子どもたち。

動機づけ、学習方略、メタ認知の3つが大事

――デジタルネイティブの子どもたちにとって、通信はつながるのが当たり前、いわば空気や水のようなレベルのインフラになっています。その背景には通信会社や通信エリア設計士の存在があり、社会的に重要な役割を担っているわけですが、そのことを子どもたちが学ぶ意義とは何でしょうか。

多くの子どもたちは通信の仕組みを知らないようですから、こうした職業体験施設で学ぶことは大事だと思います。さらに、変化の激しい情報化社会では、生涯にわたって「自律的に学ぶ力」が求められますが、「通信会社」パビリオンの職業体験はその力を養うきっかけにもなります。通信をはじめ、インターネットやコンピュータの仕組みがどうなっているかなど情報社会のインフラへの興味がわき、自分でも学んでみようという意欲がわいてくるからです。

自律的に学ぶ方法を「自己調整学習」といい、次の3つの要素がポイントになります。

1つは、学習を始める「動機づけ」です。特に子どもにとってはエンターテイメントが効果的です。キッザニアでは、働くことの意味や社会の成り立ちを子どもたちが楽しみながら自然に理解することができます。単に楽しく学習するのではなく、楽しさの中に学びや気づきがあるんですね。

2つめは、自分に適した効果的な学習方法を選ぶ「学習方略」です。今日の仕事体験では、携帯電話に電波を届ける基本的な仕組みや5Gの基礎知識についてスーパーバイザーと呼ばれるスタッフからレクチャーを受けた後、各基地局の特性などを理解し、試行錯誤しながら基地局の設置計画を立てました。こうした体験型の学び方も学習攻略の一つです。

最後は「メタ認知」。自分の状況を正しく理解して「自分が何を理解し、何が足りないのか」などを把握し、次に学ぶべき点を明らかにすることです。

「通信会社」パビリオンでは、設置計画が完成すると、その計画に基づいて基地局を配置した街の様子や空にドローンが飛ぶ映像がモニターに映し出され、子どもたちは近未来の街の様子を体感できます。最後に、基地局の設置計画に応じた「5G基地局計画書」をもらえるのですが、これが「メタ認知」につながっていると思います。後で5G基地局計画書を見返すことが自分の思考や気づき、行動を客観的に振り返るリフレクションになるからです。そして、通信の仕事や仕組み、疑問に思ったことなどについて自分で調べたり親に質問したりすることが自律的な学びにつながっていきます。

「VUCA」時代を生きる子どもに、経験や機会を与える

――今は、世の中の変化が激しく、未来を全く予測できない「VUCA」と呼ばれる時代。子どもたちの生きる力を育むために、どのような教育が求められているのでしょうか。

子どもたちのワクワクする好奇心を引き出すような「STEAM教育」に取り組んでいこうというのが国の方針です。STEAMは、科学(Science)・技術(Technology)・工学(Engineering)・アート(Art)・数学(Mathematics)の頭文字をとった造語ですが、これらの5つの領域の横断的な知識の習得(探求心)と、物事を多面的に捉えて課題を見出す力や課題を解決する力、新しい価値を創造する力(創造力)を伸ばす教育を目指しています。このような能力を身につけていかないとAIに仕事を奪われかねません。

STEAM教育としてプログラミング教育なども始まっていますが、学校ではこうした力を養うカリキュラムがまだまだ少ないのが現状です。どんな大人に会うかによって子どもの将来が大きく変わることがあるように、どんな経験や機会を得るかによって子どもの将来が大きく変わることもあります。キッザニアの職業体験もその一つ。この体験を次なる体験や自律的な学びにつなげて、自身の可能性を大きく広げていってほしいですね。

キッザニア東京(東京都江東区)のエントランスに立つ佐藤教授。キッザニア内にあるKDDI「通信会社」パビリオンを見学後、「変化の激しい情報化社会において必要な、生涯にわたって『自律的に学ぶ力』を養うきっかけになります」と述べ、施設の教育的意義を高く評価した。

――KDDIではSDGs(持続可能な開発目標)の考えに賛同し、目標4「質の高い教育をみんなに」の一環として「通信会社」パビリオンをキッザニアに出展しています。KDDIのこうした取り組みについてはどのように捉えていますか。

もちろん、これまでお話したように、自律的な学習の動機づけにもなるKDDI「通信会社」パビリオンの教育効果には大いに期待しています。さらに、「KDDIこどもの学び応援プログラム」では、自宅で無料体験できるオンラインプログラムも提供していますね。いつでもどこでも誰でも学べる機会の提供も社会的価値は大きいと思います。