1965年創立。文系・理系を合わせて10学部、約1万5000人が集う、日本最大規模のワンキャンパスが特徴。社会に新しい価値を生み出す「むすんで、うみだす。」をスローガンに掲げ、全国の企業・行政等に多彩な人材を輩出する
「産業」の名を冠する大学だから取り組めたこと
【永田】黒坂さんは学長に就任された際に「人材の育成という大学の原点に戻る」と話されていました。京都産業大学が育成する人材像というのは、どのようなイメージでしょうか。
【黒坂】「京都産業大学」という名は、大学と産業界が手をむすぶ「産学連携」に由来します。そのような背景もあってキャリア教育や企業と提携する授業については、全国に先駆けて取り組んできたという自負があります。各界で活躍する卒業生を見てもアサヒグループホールディングス(株)で会長や社長を経験された泉谷直木氏や、ラグビー日本代表として活躍する田中史朗選手など、多彩でバイタリティのある方々が多い。今後はさらに多様性のある人材を育成していくことが重要だと考えています。
【永田】「産学連携」は今でこそ大学のミッションとして一般的になりましたが、半世紀以上前の創立時から掲げてきたのは興味深いですね。
【黒坂】もともと京都産業大学は、特色のある大学なのです。学生についても、「面白い」「新しい発想ができる」といった評価を頂いてきました。この点は非常に誇らしいのですが、それには一つ重要な要因があると考えています。国内の大学では類を見ない規模での「ワンキャンパス」という環境です。京都産業大学のキャンパスは世界遺産に登録されている上賀茂神社(賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ))のご神体である賀茂別雷大神(かもわけいかづちおおかみ)が降臨された神山という地にあって、創立以来変わらずここで人材を育成してきたのです。
【永田】確かに文系・理系合わせて10学部、学生約1万5000人が一つのキャンパスで学ぶという大学は、ほかではあまり聞きませんね。
【黒坂】具体的な例で言うと、永田さんも一緒に取り組んだ、文系の学生たちに向けて生命科学について講義をする授業が盛況でした。「ワンキャンパス」では、こうした文系と理系の融合や化学反応があちこちで起きている。「生命科学部の学生が育てたミツバチの蜂蜜を、経営学部の学生がハニーナッツに加工・商品化して売る」といったような事例もありました。
【永田】これからもそういった事例は増えるでしょうね。一方で今後は大学経営という観点からも注目が集まる、新型コロナウイルス感染症予防の対策はどのようにされていますか?
【黒坂】私自身の専門が生命科学の分野ですし、基本は「相手を知って正しく恐れる」という姿勢に尽きます。去年3月末に京都産業大学の学生に罹患者が出たことを受け、その直後はキャンパス全体にウイルスが蔓延しているかのような反応をされました。知識がきちんと広がればそうした誤解は生まれないわけですから、大学として正しい知識の普及と対策を行っていくのが使命でもあると考えます。
PCR検査センターでデータを蓄積していく
【永田】具体的な対応も次々進められていますね。
【黒坂】はい。学生及び来校者の検温を実施するため、大学の入り口に検温所を設けました。また、(株)島津製作所や京都府、京都市とも連携してPCR検査センターもつくり、週4日、本学学生、教職員および関係者を対象にPCR検査を行い、感染拡大の未然防止に努めています。
【永田】自前で対策を続けられることで、データも蓄積されますね。
【黒坂】そうです。学内施設で検査することによって寮などでの安全が確保できますし、年末には「帰省する前に検査をしたい」という学生の希望にも応えることができました。
【永田】個人的には今回のコロナ禍は生命科学が「本棚の学問」ではなく、日常の中に生きるサイエンスであることを、多くの人に伝えられたことが大きかったですね。例えば感染症予防のために、なぜせっけんで手を洗うのか? それはウイルスの外側は生物の膜と同じ組成、油を被っているためです。その油をせっけんでとることでウイルスを不活性化させるわけです。
【黒坂】そういった基礎的な知識が広まるだけで、手の洗い方も違ってきますね。
「学び、かつ問うこと」でしか道は開けない
【永田】なぜそれをするのか、といった「問い」の重要性については、今後は大学でもますます重要になってくるでしょう。「学んで思わざれば則ち罔し、思うて学ばざれば則ち殆し」という孔子の言葉があります。学んでも自ら考えなければ身に付かない。つまり答えを与えすぎては駄目ということ。長年教育の場に身を置いて実感していますが、研究の場でもマネジメントでも、人が自発性をなくす大きな原因は「教えすぎ」「与えすぎ」だと感じています。
【黒坂】はい。「馬を水辺に連れていけても、水を飲ませることはできない」というのは、教育でも大学経営などマネジメントの場面でも、直面する課題でしょう。ではただ待てばいいのか、という話もありますが、私は「問いかける」ことが重要であると考えます。
【永田】私は生命科学の中でもコラーゲンが専門ですが、よく学生に「なんでコラーゲンを飲んだら、肌がピチピチするんだ?」と聞きます。皆わからないという。でも、なんとなくそんな気がすると。コラーゲンは飲んでも分解されるだけで、そのまま肌に定着するわけではない。
「どうして?」と「問いかける」姿勢がなければ、学んでも意味がないわけです。
【黒坂】水を飲みたくなる、自発を促すのが「問い」ですね。それこそ一人では問いは出にくいと思います。やはり外と触れる、人と触れる、そこが始まりでしょう。一つのキャンパスにさまざまな価値観がある京都産業大学は、「問い」が生まれやすい環境です。
【永田】小学校から高校までの「よくできる」は、問題に正しく答えられること。それが学んで習う、「学習」です。でも社会に出る前の最終ステージである大学で学ぶべきは「正しく問えること」に尽きます。私は「学び」に「問う」という行為を加えたところに意味があると思う。正解がわからない社会では「学問」つまり「学び、かつ問うこと」でしか道は開けません。
【黒坂】その通りです。そのためには思考と実践しかありません。教える者や、教わる者同士が「問い」を持ち寄る場に京都産業大学がなっていけたらと思います。
【永田】そして失敗をさせること。学生の実験というのは、普通にやれば試薬を間違えない限りは、皆、同じ結果が出る料理教室になります。
大学は失敗を何度もできる場所である
【黒坂】今後、大学教育で意識的に変えていくべきはその点かもしれません。これまでの教員が板書をしていく授業というのは、失敗が入る要素がないですよね。それこそ、実験をしたり、企業と一緒に活動したり、地域に出たりするだけで山ほど失敗の経験を積めます。
【永田】学生が社会に出てから、もしくは海外の大学で伸びるといわれる理由の大部分は失敗の経験の有無でしょう。ならば大学教育でも構造的に失敗を積みやすい環境をつくる。
【黒坂】理系の学生はある意味、これまでも恵まれていました。研究室に来て、本当の実験をしたら次の日から失敗の連続です。実験系はすぐに失敗を経験します。それを京都産業大学では構造的に行っていく。
【永田】大学は失敗を何度もできる場所だと考えると、カリキュラムも大いに変わりますね。
【黒坂】京都産業大学は以前からその下地がありました。ずいぶん前ですが文系の学生が、企業から課題をもらって油か何かを吸い取るシートの使い道を見つけたいんだと実験棟をウロウロしていたんですよ。「どうした?」といろいろ話して、「じゃあ、あのポンプの下に1カ月くらい置いておいたら?」と言って。そしたらいい結果が出たらしくて喜んで後で報告に来てくれました。学生が本気になって困るのもいいし、いろいろな人の知恵で解決策を見つけるのもいい。
【永田】やっぱり企業と手を組んだり、海外や京都の街など地域に出していったり。今後は大学の「送り出す」役割も注目されそうです。
【黒坂】そういう意味では、京都産業大学は長年、失敗させる学びに取り組んできたともいえるのです。インターンシップなどが一般化するはるか前からPBL(Project Based Learning)という企業と提携する課題解決型の授業をしてきました。文系の学部では現場に出るフィールドワークも盛んです。こちらもノウハウの蓄積がある。
【永田】研究と同じでそういった蓄積は一朝一夕にはできないものですから、それらこそ大学としても重要な資産だと思います。
【黒坂】おっしゃる通りです。そして問いかけて、失敗させて、送り出す。「産業」の名を冠した大学として、これまで無意識にやってきたことを、意識的にやるということが重要ですね。
【永田】社会が変わる中で、大学という教育の原点が問い直されていますね。新しい具体策はそのあたりから出てくると感じています。