首都圏からの好アクセスと豊かな自然に恵まれ、多数の企業が進出する山梨県。現在、独自に策定した「リニアやまなしビジョン」のもと、世界に先駆けた価値創造を行う実証実験のフィールドを目指し、さらなる受け入れ態勢の強化を進めている。そうしたなか、山梨県へ研究拠点の全面移転を決めたのが日本を代表する燃料電池の研究機関、技術研究組合FC-Cubicだ。今回、同組合の濱村芳彦理事長と長崎幸太郎山梨県知事がそれぞれの取り組みや移転の経緯について語り合った。

水素・燃料電池関連技術の国内トップレベルの集積地

【長崎】リニア中央新幹線が開通すると、甲府は東京と25分、名古屋と45分で結ばれることになります。この大きな変化を成長の機会とするには、県の立ち位置を明確にすることが不可欠。そこで基本戦略となる「リニアやまなしビジョン」を策定し、将来像を示していくことにしました。

【濱村】拝見しました。その一つの核となるのが、実証実験の場としての環境づくりですね。

長崎幸太郎(ながさき・こうたろう)
山梨県知事
1991年、東京大学法学部を卒業し、大蔵省(現・財務省)に入省。在ロサンゼルス総領事館領事、山梨県企画部総合政策室政策参事、衆議院議員、自由民主党幹事長政策補佐を経て、2019年より現職。

【長崎】はい。実際の運用環境に近い状態で先端技術の実証実験を行う場である「テストベッド」の一大拠点を目指します。なかでも、クリーンエネルギーは優先的に取り組む分野の一つですから、水素を燃料に電気をつくる燃料電池を専門とするFC-Cubicさんの移転については大いに期待しています。

【濱村】山梨県は水素・燃料電池の分野で、国内トップレベルのインフラの集積地。私たちも来年の移転を待ち遠しく感じています。

【長崎】ありがとうございます。われわれも受け入れる準備をしてお待ちしております。

【濱村】FC-Cubicは企業20社、6大学、1研究機関が連携して、燃料電池の研究や開発を進める組織です。世界でこの分野の研究が進み、政府から私たちへの期待も高まるなか、研究スケールを拡大していくための場所を探していました。燃料電池の研究には燃料となる水素をつくり、運び、貯めて、使うためのインフラのパッケージが欠かせません。私たちはすでに研究の一部を山梨県で実施しており、その充実ぶりはよく理解していましたから、今回、拠点を完全に移すことに決めました。

【長崎】米倉山(甲府市)にある一般社団法人水素供給利用技術協会(HySUT)の水素技術センターは、実際の商用水素ステーションと同じ環境で各種検査が行える国内唯一の施設ですし、米倉山電力貯蔵技術研究サイトでは、太陽光などの再生可能エネルギーによる水素の製造、そして貯蔵、利用を行うシステムの実証研究が行われています。

【濱村】燃料電池活用の最終的な狙いは低炭素社会の実現にありますから、再生可能エネルギー由来の水素の確保は大事な要素ですね。

【長崎】おっしゃる通りです。さらに山梨大学では、世界トップレベルの研究開発拠点である燃料電池ナノ材料研究センターで先端研究が進められており、同大学と協力しながら、県も人材育成に力を入れています。

【濱村】山梨大学は、40年以上前からこの分野の研究を手がけていたと聞いています。日本でこれだけ知見とインフラが集約されている場所はないでしょう。私たちも、自分たちだけで研究を進めるのではなく、県内、さらに全国の大学や機関と連携して、開発のスピードを上げていきたい。そう考えたときにも、山梨の地の利は大きなメリットになります。

山梨県庁で公開された移動式発電・給電システム「Moving e(ムービングイー)」。FC-Cubicの会員であるトヨタ自動車と本田技術研究所が開発したもので、バスの動力源にもなっている燃料電池を電源に、可搬型の給電器やバッテリーを通して電気を供給する。
国内でもトップクラスの設備、人員が揃った山梨大学 燃料電池ナノ材料研究センター。燃料電池の実用化に欠かせないコスト低減、耐久性と信頼性の向上に貢献する基礎技術の確立を目指し、2008年4月に設立された。

日本、そして世界における「可能性の窓口」を目指す

【濱村】インフラや知見の集積に加えて私たちが重視したのが、受け入れる側の“熱量”でした。山梨県では、燃料電池が注目されていなかった時代から、私たちの組織を受け入れ、熱心に支援してくれました。技術の研究、開発の現場では、コストや性能、耐久性などさまざまな面で継続的な取り組みが必要になります。そこで、何かに挑戦したいという組織を温かく迎えてくれる“懐の深さ”は、とても大きな助けになるのです。

【長崎】今後の日本、また世界のなかで、山梨県は「可能性の窓口」としての立ち位置を確立していきたいと考えています。大企業からスタートアップまで、あらゆる企業の提案を歓迎し、ともに可能性を探っていきたい。そこで生まれた価値を、日本だけでなく、世界に還元していきたいと考えています。

濱村芳彦(はまむら・よしひこ)
技術研究組合FC-Cubic
理事長
1991年、同志社大学工学部を卒業し、トヨタ自動車(株)に入社。エンジン開発推進部長、パワートレーン製品企画部チーフエンジニアを経て、2019年にFC事業領域統括部長に就任。同年より現職を兼任。

【濱村】長期にわたって研究開発を進めていくうえで、テストベッドの一大拠点を目指すという県の方針が明確なのはやはり安心感があります。

【長崎】進出される企業や団体の皆さんのためにも、県が何を考え、どんなステップを歩もうとしているかは、できる限り明確にするようにしています。

【濱村】しかも山梨県のこれまでの施策を見ると、ビジョン、骨子、工程の三つが必ずパッケージになっている。ビジョンばかりでなく、それを達成するロードマップも明らかになっているので、投資や立地の判断をするときの基準になります。

【長崎】そう言っていただけるとうれしいです。FC-Cubicさんにお越しいただく米倉山の県の施設も現在、着々と建築が進んでいます。

【濱村】もう一つこちらの期待を申し上げれば、地域参画や交流の機会を今後も楽しみにしています。山梨県は、以前からそうした場を積極的に設けられている。技術の開発は、その先にある「社会」を見すえて行わなければ意味がありません。社会のなかにある課題やニーズを把握し、それに応えることで磨かれていくのです。燃料電池の分野も、モビリティのほか、医療や環境保護など多様な分野と連携することで、さらなるポテンシャルを発揮できます。そうした動きは、実験室にこもっているだけではなかなかできません。

生活基盤の整備や感染症対策にも力を注ぐ

【長崎】私からもう一つご紹介したいのは、当県の進取の気風です。例えば山梨は、銀行預金というスキームを日本で初めて生み出し、甲州財閥を育んだ地。東西の要衝として歴史的にも歌舞伎の新作の試演など、いわば実証実験の舞台にもなっていました。

【濱村】県の積極的な企業誘致の姿勢も、そうした歴史的な土壌や文化に由来するものかもしれませんね。

【長崎】現在、進出する方が快適に暮らせる場所となるよう、生活基盤の整備にも力を入れています。特に重視しているのが教育や介護などの分野。同時に二拠点居住を進めやすくする制度も検討するなど、トータルな支援体制の構築を進めています。また、山梨はもともと自然にも、食生活にも恵まれた場所ですから、そうした側面の魅力向上にも注力しています。

【濱村】山梨に行けば、何かいいことがありそう、そうしたイメージがわいてきます。人は「何かいいことがありそうな場所」に集まってくる。新たな可能性に挑む多彩な分野の企業がこの場所に集まってくれば、オープンイノベーションもより活発化していくでしょう。そうした仲間たちと、一緒に汗をかいていければと思います。

【長崎】ありがとうございます。さらに感染症対策が必須となった今、「やまなしグリーン・ゾーン構想」も策定しました。飲食店、宿泊施設やワイナリー等の感染症対策に対して、現地調査に基づく認証を行う制度を創設し、すでに4分の3ほどの施設が認証を受けています。

【濱村】感染症の拡大を機に、ITを活用した働き方改革も進めていく必要はありますが、実験を行い、人と交流していくリアルな場もやはり大切。そこでしっかりした対策をしてもらえれば助かります。

【長崎】規模の大きすぎない自治体だからこそ、スピーディーに対策が進められているのではと感じます。

【濱村】山梨県では「何かに挑戦したい」という組織の受け皿となるべく、あらゆる方向から対策を進めていると感じます。政策、ファシリティ、それに紐付いた人材の育成など、取り組みのすべてから“本気”が感じられる。それに応えるべく、私たちも頑張らなければいけません。

【長崎】楽しみにしています。繰り返しになりますが、山梨は、分野や企業・団体の規模を問わず、可能性を追求する幅広い方々と連携し、一緒に未来を切り開いていくことを目指しています。その手段として、企業からの提案に対して、出資や委託事業化も含めた支援もしていきたい。新しいことに挑戦する場をお探しの方は、ぜひ一度お声がけいただきたいと思います。

※この対談は、新型コロナウイルス感染防止対策を講じた上で実施しました。