「データとテクノロジーの力でビジネスを変革していく」を掲げるインキュデータ。ソフトバンク、博報堂、トレジャーデータの合弁会社である同社は今年1月に新たなソリューションの提供を開始し、早くも企業から注目を集めている。高い関心の背景にあるのは、データ活用を取り巻く環境の見過ごせない変化だ。“クッキーに依存したこれまでのデジタルマーケティングが通用しなくなる可能性がある――”。そう語るインキュデータの町田 紘一取締役と久野 清治氏に話を聞いた。

第三者から提供されるデータに依存しない体制の構築が急務

――データ活用の現場で、どんな変化が起きているのでしょうか。

【町田】一言でいえば、従来の前提が変わりつつある。オンライン上におけるプライバシー保護の動きがここ数年急速に強まり、これまで多くの企業がデジタルマーケティングで当たり前に活用していたデータが使えなくなり始めています。例えば「ターゲティング広告」では、ユーザが過去に閲覧したWebサイトなどをもとにそのユーザに適した広告を表示しますが、今後多くのターゲティング広告は見直しを迫られることになるでしょう。

これまで、IDやWebの閲覧履歴などは本人の同意を必要とせずに、ターゲディング広告をはじめとしたデジタルマーケティングに活用することが可能でした。しかし現在、大手のプラットフォーマーはまさに個人情報保護の観点から、同意のないデータ収集の仕組みを廃止し始めています。

町田 紘一(まちだ こういち)
インキュデータ株式会社
取締役
2002年日本テレコム(現・ソフトバンク)に入社後、データセンター、デジタルサイネージ、デジタルマーケティングなどの通信以外の新規領域において、戦略策定、経営管理、M&A、投資先支援などに従事。2015年よりデジタルマーケティング事業統括部事業戦略部長。19年より現職。

――それは、世界的な動きなのでしょうか。

【町田】そうです。EU域内の個人データ保護を規定する「GDPR」やカリフォルニア州の「CCPA」の施行、また日本の個人情報保護法の改正も基本的には同じ方向性の動きです。今後は「オンライン上の個人データは、利用にあたって本人の同意が必要」という趣旨です。

【久野】日本の改正個人情報保護法は2020年6月に成立し、2年以内に全面施行されます。情報管理の方法を改める必要が出てくるなど、個人情報を扱う事業活動への影響は必至ですが、具体的にどんな対策を取るべきか、正しく理解している企業は必ずしも多くありません。

これまで自社以外のWebサイトで収集されたデータを自由に使えるという前提で、企業はデジタルマーケティングやオンライン広告の運用の多くを外部に委託することが可能でした。そのため、報道などで断片的にプライバシー保護の強化という動きを知り、「今後は自分の会社も従来のやり方を変えなければならない」と漠然とした課題感を持ちながらも「何が変わり、何をすべきなのか」をなかなか自分事として捉え切れていないように感じます。

久野 清治(ひさの せいじ)
インキュデータ株式会社
IDマネジメント部 部長
大学卒業後、グローバル最大手のOS・アプリケーションベンダーに入社し、パートナーアライアンス業務を担当。その後、外資系デジタルマーケティング企業でのセールス職を経て、2020年6月にインキュデータに入社。新ソリューションの「Loghy」「Qonsent」の開発責任者を務める。

――これからは主体的な対応が必要になるわけですね。

【町田】はい。すでにDXやデジタルマーケティングが、企業経営の生命線であることは多くの経営者が認識されていると思います。実際、この10年の間にデータ活用の技術は著しく進展しました。世界の時価総額ランキングなどを見ても、それを巧みに経営に取り込んだ企業が繁栄し、乗り遅れた企業は衰退している。今後もこの流れは加速するに違いありません。その一方で、大きな方向転換も始まっている。それが現在の状況です。大手プラットフォーマーがプライバシー保護を強め、世界各国で法規制も進む中、今後はそれに対応できるかどうかが、日本企業の成長を大きく左右すると考えられます。

――具体的にどのような行動が求められますか。

【町田】第三者から提供されるデータに依存できない以上、自社できちんとデータを集め、それをもとにOne to Oneマーケティングを実践していく。これが何より重視すべき対策です。戦略的にデータを蓄積し、それらを統合、分析して、活用していく。データ基盤の再構築が求められているのです。改正個人情報保護法が2022年には施行されますが、有効なマーケティングを行うには一定のボリュームのデータが必要ですから、実質的にはすでに待ったなしのタイミングといっていいでしょう。

【久野】加えて、レピュテーションリスクもいっそう意識する必要があります。消費者は個人データの取り扱いに敏感になっていますから「改正法の施行前だから、まだ従来通りでいい」というわけにはいきません。実際これまでも、法律に違反しない範囲で個人データを他社に販売した企業がその倫理観を厳しく問われました。そうしたニュースを記憶している方も多いでしょう。消費者は、単にコンプライアンスだけでなく、企業の姿勢や考え方も注視しているのです。

【町田】まさにそうした中で、これからのデータ活用を支えていくことが私たちインキュデータの役割です。先進的なDXを実践しているソフトバンク、マーケティングのプロである博報堂、そして国内NO.1のCDP(カスタマーデータプラットフォーム)導入実績を持つトレジャーデータが結集した当社の強みは、コンサルや戦略の立案、システムの構築、運用などをワンストップでサポートできる点にあります。今回、新たに2つのソリューションを開発したのも、世の中が変化する中でより質の高いサポートをお客さまに届けるためです。第三者から提供されるデータに依存せず、効果的なデジタルマーケティングを実現するための仕組みをつくりました。

各種データをTreasure Data CDP上で統合し、ビジネスの変革を後押し

――ソリューションの具体的な内容について教えてください。

【久野】一つ目は、ソーシャル・ログイン・プラットフォーム「Loghy(ロギー)」です。ユーザがSNSのアカウントなどを利用して、各種Webサービスにログインできるようにするプラットフォームです。一般的なWebサービスでは、会員登録を行う際、ユーザが氏名や生年月日、メールアドレス、住所、電話番号などを入力し、IDとパスワードを設定しますが「Loghy」を導入することによって、そうしたユーザの手間が大きく軽減されます。

会員登録情報は、企業にとって本人の同意に基づき取得できる貴重な情報です。しかし、登録やログインに手間がかかるとユーザから敬遠され、会員の獲得や維持が思うようにできません。「Loghy」を導入いただくことで、企業は各SNSからデータを入手できるのと同時に、ユーザの獲得数向上やサービスの継続利用の可能性を高めることが可能になります。

「Loghy」を導入した場合のログイン画面イメージ。ユーザは使い慣れたSNSアカウントでログインでき、導入企業はSNSログインのデータを自社のデータとして取得可能。ユーザの利便性向上と導入企業のデータ収集促進を両立する。

――もう一つは、どのようなものですか。

【久野】クッキーの利用に関するユーザの同意管理プラットフォーム「Qonsent(コンセント)」で、ユーザがWebサイトを訪問した際、広告への利用やアクセス解析など目的ごとに、クッキーの取得・利用について同意するかどうかを選択できる仕組みです。「Qonsent」によってWebサイトを運営する企業は、ユーザからの同意の取得状況を容易に管理できるようになる。改正個人情報保護法にも対応した形で、個人データを取得、管理することが可能になります。

「Qonsent」の利用の主な流れ。導入にあたって、コーディングなどの特別な専門知識は必要ない。ユーザは、個別のWebサービスごとに同意の有無を選択することができる。

――ソリューションの開発で重視したことは何ですか。

【久野】Webサービスを利用するユーザにとって使いやすいものにすることにこだわりました。なぜなら、多くの人に、継続的に、高い頻度でWebサービスを利用してもらうことが、結果的に運営企業のメリットになるからです。繰り返しになりますが、これからの時代、企業はユーザから同意を得た個人データを自社で取得していくことが大事になります。その入り口となるのが自社のWebサイトなのです。

――今年1月に提供を開始したばかりですが、反響はいかがですか。

【久野】おかげさまで、すでに多くの企業からお問い合わせをいただいています。当社はデータ活用のプロフェッショナルとして、戦略の立案からサポートしていますが、実際お客さまに話を聞くと、そもそも“いかにデータを適切な方法で集めるか”に課題を抱えていらっしゃるケースが少なくありません。その意味でも「Loghy」「Qonsent」の利用価値をより広く発信していきたいと考えています。

【町田】さらに「Loghy」「Qonsent」を通じて収集したデータと、購買データをはじめその他のデータをTreasure Data CDP上で統合して、有効活用するノウハウも持ち合わせているのがインキュデータの強みですから、単にデータ基盤の再構築を支えるだけでなく、データ活用に関わる全てをワンストップでサポートさせていだきます。

インキュデータは「Loghy」「Qonsent」によるデータ取得に留まらず、各種データの統合、分析により「深い顧客理解」をサポート。データの価値を最大限高める提案を行っている。

――最後にあらためて、データ活用やデジタルマーケティングを取り巻く環境が大きく変わる中、その分野の専門集団であるインキュデータの方針や姿勢を聞かせてください。

【町田】「データとテクノロジーの力でビジネスを変革していく」というのは、変わることのない当社の理念で、データ活用の先にあるビジネスそのものの変革にコミットしていくということです。今回の「Loghy」「Qonsent」は、それを実現するための手段の一つです。今後も社会の状況が変化すれば、新たな手段を生み出していくことになるでしょう。それらを駆使して、DXを強力に後押ししていくことが私たちの使命。お客さまには、存分に当社の知識、技術、経験をご活用いただきたいと思います。