オープンイノベーションで地域活性化のモデルを提示したい

工学部、環境情報学部、スポーツ健康科学部の3学部8学科からなる工科系総合大学として、地域に貢献する人材の育成に注力する福井工業大学。常に時代の要請に適う工業大学のあり方を追求する同学は現在、「宇宙研究推進本部」を新設し、宇宙をテーマとするプロジェクトを進めている。その狙いはどこにあるのか。掛下知行学長に聞いた。

JAXAとも連携して最先端の宇宙研究を

掛下知行(かけした・ともゆき)
福井工業大学 学長
理学博士
1976年北海道大学理学部物理学科卒業。78年同大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了。79年大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程中退。大阪大学教授、大阪大学大学院工学研究科長などを経て、2018年4月より現職。

福井工業大学のあわらキャンパスには北陸最大のパラボラアンテナを所有。すでに2003年から衛星データ利用の研究を進め、16年には『ふくいPHOENIXプロジェクト』として文部科学省の私立大学研究ブランディング事業にも採択されている。

「そうしたなかで今年度スタートした『ふくいPHOENIXハイパープロジェクト』は、これまでの成果を引き継ぎ、さらなる進化を目指す本学の独自事業。宇宙航空研究開発機構(JAXA)とも連携(2020年11月に共同研究契約を締結した)し、活動をさらに大きく展開していきたい」と掛下学長は言う。

背景には、超小型衛星の開発をはじめ近年の技術進歩により、宇宙の開発・活用にいっそうの期待が集まっている状況がある。

「人工衛星からは、地上では入手しがたい広範囲かつ俯瞰的なデータが得られます。これを社会やビジネスの課題解決に生かせればメリットは大きい。しかしインフラとなる衛星地上局の整備は、十分とはいえません。私たちはこの衛星地上局の運用に焦点を当て、宇宙活動の発展に貢献していきたいと考えています」

今回のプロジェクトでは口径16.5mのパラボラアンテナを新設し、国内の大学・民間では初となる月軌道探査衛星とのデータの送受信や衛星の制御に取り組んでいく。

「性能実証は、JAXAが今年打ち上げ予定の地球-月ラグランジュ点探査衛星『エクレウス』で行います。この大きさのアンテナで月軌道からのデータを受信できればおそらく世界初の成果。民間による宇宙開発が地球周回軌道に留まらず、月軌道、さらに深宇宙にまで広がりつつあるなか、JAXAとの共同研究を進め、将来的に確かな役割を担っていくことが一つの目標です」

一方でプロジェクトでは地球周回衛星へのデータ送受信などを行う口径3.7mのアンテナも新設。学内で開発を進める超小型衛星「FUT-SAT」の運用、また国内外のさまざまな小型衛星の運用において日本の拠点として稼働していく計画だ。

学生がプロジェクト思考を習得する機会にも

福井工業大学ではこうした宇宙プロジェクトを通じて、人材育成と地域貢献を推し進めていく。

「福井では県が宇宙産業の創出や県民衛星プロジェクトを主導しており、県内では小型人工衛星製造拠点を設置するなどの動きも進んでいます。これらを担う人材の育成は欠かせません。また、私が学生たちに何より身に付けてほしいのが、困難にめげず、自分のテーマを極めていく力。宇宙に関する最先端の課題に探究心を持って挑戦し、身に付けた知識、スキルを懸命に駆使して目的を達成する。これは学生にとっても得がたい成功体験になるはずです」

地域貢献の領域は環境保全、防災、精密農業、各種産業支援など多岐にわたる。例えば福井県大野市との連携により、同市の「夜空の美しさ」を定量評価する研究などが進行中だ。それら多様な活動を支えるデータの分析、活用では、県内の大学で唯一となる「AI&IoTセンター」が大きな武器となる。

「データを実際の課題に生かすには、さまざまな処理が必要です。そうしたなか、衛星データの取得から処理・分析まで、学内で一貫して行えるのが私たちの強み。同センターは地域や地元企業の課題を吸い上げ、テクノロジーの力で解決をサポートする役割も担っていますから、今後はニーズに応じて衛星データを収集・分析し、『宇宙×ICT』の価値創造にも力を入れていきます」

各種活動には、同学の特徴である課題解決型学習の一環として学生が加わっていくことになる。

「地元を理解し、目的意識を持って、総合的な視点でデータを活用する取り組みは、学生がプロジェクト思考を習得する機会にもなるはずです。将来は既存のニーズに応えるだけでなく、データの活用や組み合わせによって潜在的な価値を発掘する取り組みなども学生と一緒に進めていければと考えています」

そして最後に、掛下学長は「こうした動きを通じて地域の発展モデルを福井から全国に発信していきたい」と言う。「複雑化する社会課題の解決において重要となるオープンイノベーションや産官学連携を実践する環境が福井県には整っています。自治体、大学などが“宇宙”というテーマを共有し、優れた技術を持つ多数のニッチトップ企業も存在する。そのような特性を生かしてイノベーションを創発していければ、それは地域活性化の一つの形を提示することになると信じています」

これからの時代の宇宙開発を後押しする「ふくいPHOENIXハイパープロジェクト」

深宇宙衛星運用支援

月軌道までの衛星との通信を可能とする口径16.5mの高性能なパラボラアンテナシステムを新たに整備。衛星間との信号の送受信はもちろん軌道を決定する機能も備え、JAXAの地球-月ラグランジュ点探査衛星「エクレウス」で運用の性能実証を行う。こうした機能を備えた衛星地上局は、大学・民間では国内初。

環境保全・産業振興支援

あわらキャンパスの衛星地上局で受信する多様な衛星データを環境保全や地域の産業振興に活用していく。具体的には、学内に設置された「AI&IoTセンター」の枠組みにおいて、福井県の海洋・湖沼・植生環境や美しい星空の保全、また宇宙環境の計測・月資源探査を通した宇宙産業の発展へ貢献していく。

地球周回衛星運用・データ受信支援

地球周回衛星の運用を目的とする口径3.7mの新設パラボラアンテナによる衛星運用システムを整備。衛星間との信号の送受信機能を備え、衛星運用全般を可能とする。2021年度の打ち上げを目指す福井工大衛星「FUT-SAT」の運用、福井県内企業衛星をはじめとする国内外の地球周回衛星の運用を予定。

人材育成

福井工業大学および大学院の教育課程において、学生と共にプロジェクトを推進。県の次世代を担う人材を育成する。JAXA、また小型衛星の打ち上げを目指す国内外の大学との連携プロジェクトへの参加で高い教育効果を狙うとともに、積極的に情報発信を行い、若い世代の夢を育むことで県の活性化に貢献する。