企業成長をクリエイティブする博報堂のユニット「TEKO」と「プレジデント」が共同で企業のリアルな課題に向き合い、変革のスピードアップ、成長のジャンプアップをサポートするプロジェクト『Accelerate NIPPON.(アクセラレイト ニッポン)』。今回は、「ヒトトヒトホールディングス株式会社」の社名変更プロジェクトに関わったTEKOの3人に舞台裏を聞いてみた。

会社の長所を見つける社長インタビュー

TEKOのリーダーである大澤智規エグゼクティブクリエイティブディレクターは、プロジェクトの始まりをこう振り返る。

「最初にお話をいただいたのは2018年の終わり頃。プロ野球のスタジアムや大型商業施設の警備、イベント運営などを幅広く行っていて、1万人近いアルバイトの登録者を持つ日本総業さんから、社長交代のタイミングで、『これからM&Aなどで大きく成長させていきたいので手伝ってほしい』というご依頼でした」

TEKOが最初に行うのは社長へのヒアリング、マネージメントインタビューである。どのような会社なのか、将来どのような方向に会社をもっていきたいのか、経営の方針や経営者のニーズを伺うところから始まる。コンサルティングファームでも同じようなインタビューから始まるが、その中身は大きく異なると大澤は言う。

「コンサルファームの場合、ここの財務状態がよくないとか、ここに業務のムダがあるといった指摘を行うと思います。弱点・短所を発見し、それを解決するためにアドバイスをする。一方私たちTEKOは、商品のいいところ、あるいは勝負をかけたいポイントをヒアリングしてクリエイティブするのが仕事です。社長へのインタビューも同じで、とにかく会社のいいところを根掘り葉掘り伺ってゆきます」

大澤智規 エグゼクティブクリエイティブディレクター
1996年博報堂入社。2017年に5人の仲間とともに、企業成長をクリエイティブする「TEKO」を結成。リーダーとして企業活動全般のクリエイティブディレクションを中心に活動している。

総じて日本の中堅企業の経営者は自分の長所を言うのが苦手な人が多い。自慢話とも受け取られかねないし、そもそも自社の強みに気づいていない場合もあるという。

新社長のビジョン、将来像は明快だった

日本総業はこのとき社長交代のタインミングで、インタビューは松本哲裕次期社長(現社長)ほか経営陣に対して行われた。

「『どんな会社ですか?』という私の問いに対して松本社長は、『簡単には言葉にできないです』と言いながら、少し考えて、『おもちゃ箱をひっくり返したみたいな会社なんですよ』とおっしゃったのが強く印象に残りました。きっと風通しのよい会社だろうと感じました」(大澤)

一方で、新社長のビジョンは明快だった。将来、あと何年でどれくらいの規模にしたいといった経営計画はどんな企業にもあるが、松本社長が語る将来像は数字の話だけではなかった。

「2回目のインタビューで『いくらデジタルが進歩しても、人にしかできないことは絶対になくならない。人のできることは何でもやっていく会社になる』とおっしゃったのです。その言葉を聞いて、僕自身ワクワクしましたし、魅力的だと思いました。これがこの会社の目指す姿で、そのために必要なことを松本社長は何でもやっていくのだと感じました」(大澤)

社長が交代し、会社が新しい時代に入ったことを社員や関係者に伝えるにはどうすべきか。おもちゃ箱をひっくり返したような職場の空気のなかで、人ができることをすべてやる会社。日本総業からの社名変更という案が大澤の頭に浮かんだ。

社名は、「名が体を表している」のがいい

「社名には愛着と誇りを持っていらっしゃるでしょうから、恐る恐るだったのですが、『社長、社名を変えるという手はありますか?』と打診してみたのです。すると一瞬だけ考えて、『そういう手もありますね』という答えでした。経営者の大きな仕事は決断することですが、松本社長は即断即決できる方でした。では、一度ご提案しますということになり、コピーライティング担当の豊田とデザイン担当の山崎がチームに入りました」(大澤)

豊田丈典 コピーライター・ディレクター
2012年博報堂入社。2019年TEKOに参加。ACC TOKYO CREATIVE AWARDS マーケティング・エフェクティブネス部門総務大臣賞/ACCグランプリ、日経広告賞など多数。

企業の成長をサポートする案件で、社名変更を提案するというのは、普通はありえないだろう。大きなリスクをともなうからだ。大澤自身も「よほどのケースじゃない限り提案しません」と言う。ただ、今回はリスク以上のテイクが期待できると感じた。

「社名は、自己紹介みたいなものですから、理想は名が体を表していること。会社の名前を名乗った時に、その会社の本質が伝わることが理想です。トップが代替わりし、M&Aなどで大きく成長しようとしていること、いわば第二の創業であることを伝えていく上では、社名を変えるのがベストだと考えました。もちろん他の手も考えましたが、自信を持って社名変更を提案するまでは、そう時間がかからなかったですね」(大澤)

コピーライティングを担当した豊田丈典が補足する。

「日本総業さんのビジネスモデルの場合、多くの人を集める必要がありました。どれだけ多様な多くの人材を日本総業さんと繋いでいけるかが、成長するカギだったのです」

たくさんの人に登録してもらい、そのなかから最適な人材を選び、請負った業務を行うビジネスモデル。特に現場で働くアルバイトや契約社員の人たちは若い人も多い。いかに若者を集めるかが企業成長のポイントだった。

人ができることは全部やるという企業DNAを表現するヒトが繋がったシンプルなデザイン。

「事業が拡大して仕事が多様化するときに、『日本総業』という看板がベストかという問いは、必然的に出てきました。成長した事業内容を表す社名のほうが望ましいと思いました。」(豊田)

では「ヒトトヒト」というユニークな社名はどうやって生まれたのか。

何をどう変えるか。クリエイターの思考回路

企業変革の際には「守るべきもの」と「変えるべきこと」の見極めが大切だと大澤は言う。今回の場合、社名は変えても「人ができることは全てやる」という日本総業のDNAと「おもちゃ箱をひっくり返したような」明るく元気な社風は堅持すべきだと思った。それが伝わるようなものにしなければいけない。

大澤がインタビューによって集めた話を文書で読み込んだ豊田。

「人を大事にしている会社」「おもちゃ箱をひっくり返したような会社」というキーワードは頭に入っていたが、新社名が一つのイメージになったのは実際に松本社長の話を聞いたときだという。

「新しい社名のコトバが生まれた土台は、クライアントの成長計画です。こういう方向に行きたいというビジョン。また、社長のお話を聞いて、人間が持っているチカラを固く信じていることがわかりました。そこで、『自分も人としてこの会社に関わりたい』と感じるような、強い存在感を持つコトバを探しました」(豊田)。

最終的に3つの候補が残ったが、2019年10月新しい社名は「ヒトトヒト」に決まった。提案した豊田自身、「ヒトトヒト」が採用されたのは少し驚きだった。かたやロゴデザインを担当したアートディレクターの山崎南海子は直感で「ヒトトヒト」になるだろうと思っていた。

山崎南海子 アートディレクター
2012年博報堂入社。2019年TEKOに参加。グラフィックにとどまらずTVCMやWEB MOVIE等、広範に実践するスタイル。受賞歴はADFEST Filmcraft シルバー・日経広告賞優秀賞など多数。

「シンプルでメッセージがはっきりしている。すぐにロゴのイメージが湧きました。『ヒトトヒト』。デザイン的にシンプルで、広く誰にでもわかる。それに比べると他の案は少し理屈っぽい感じがしていました。もちろん3つの案は、えこひいきせず、平等にデザインしたんですけど」(山崎)

実際、松本哲裕社長は「この会社は人が主役。『人と人』というシンプルな名前は本当にぴったりだったので、悩まなかった」と言う。

経営者の思いを、あらゆる形で可視化する

社名変更は2020年4月。日本総業という事業会社名はそのままに、ホールディングスの社名がニッソーホールディングスからヒトトヒトホールディングスに変わった。松本社長は周りから「会社の名前が変わったんですね」「何でこの名前を付けたの?」と聞かれる機会が増えた。

「自分の会社の名前が会話のネタになることは、めったにありませんから、結果的にそれが会社を紹介するきっかけになっているようです。社長の代替わりにあたって新しい挑戦への意思を社内外に伝える機会を作れてよかったと思っています」(大澤)

この変化を多くの社員がポジティブに受け止めている。

だが、TEKOの仕事はここで終わらない。大事なのは企業としての志、思い、DNAを社員や関係者にあらためて伝え、共有・共感の最大化を図ること。

第二の創業期を迎え、社名を変えて再出発したヒトトヒトホールディングスとさらに歩みをともにしたいと大澤は次なる手を考えている。

最寄り駅の一つ、国立競技場駅に掲出されたポスター。
社章、名刺、封筒のデザインも新しいイメージで一新された。
社名変更によりイメージが一新され、会社のエントランスも大きく雰囲気を変えた。
(編集・撮影(人物)=遠藤 成)