近年、経営戦略のキーワードとなっている「カスタマーサクセス」。BtoCで消費者に商品を提供する企業はどのようにして「カスタマーサクセス」を提供すればいいのか。クラウド型CRMプラットフォームの分野で世界をリードし、現在、“顧客体験の最適化”を支える多彩なソリューションの提供で世界的に高い支持を得るセールスフォース・ドットコムの笹俊文氏に話を聞いた。

商品やサービスの購入はゴールではなく、サイクルの起点

――デジタル技術が進展する中、企業と顧客の関係性も変化していると言われます。

【笹】現在の顧客は、オンライン、オフライン双方の多彩なチャネルから得た情報をもとに、自分にとって最適な商品、ブランドを判断できるようになりました。その結果、企業は「よい商品を販売する」だけでは顧客との関係性を維持することが難しくなってきた。顧客が満足したり、心地よいと感じる「体験」を提供することが重要になっているのです。

特に人口減少が叫ばれる今の時代、新規顧客を獲得していくのは簡単ではありません。そうした中では、既存顧客にブランドのファンになってもらうことが大事になる。これは言い換えると、いかに「カスタマーサクセス(お客様の成功)」を実現するかを考えることであり、その重要性はBtoC企業においても、BtoB企業においても基本的に変わらないでしょう。

セールスフォース・ドットコム自身も、企業理念に「カスタマーサクセス」を掲げ、創業以来サブスクリプションモデルでビジネスを展開しています。当社が提供するクラウド型CRMプラットフォームは年に3回のアップグレードが自動的に行われ、常に最新のソリューションをご利用いただけるようにして、継続的な利用を促進。また、導入後のコンサルティングを行うサクセスマネージャによるサポートを通じ、お客様企業のビジネスを中長期的な目線で支援しています。そうしてお客様の成功を後押しすることが、当社自身の成長の原動力となっていると強く感じています。

笹 俊文(ささ・としふみ)
株式会社セールスフォース・ドットコム
専務執行役員 ジェネラルマネージャ
プロダクトセールス担当 兼 韓国リージョン統括
コンサルティング会社やシステム会社を経て、2011年よりセールスフォース・ドットコムに参画。公共・金融業界を担当する営業技術部を統括し、14年にMarketing Cloud本部の立ち上げに携わる。現在は、すべての製品営業部を統括している。

――顧客との関係強化に向け、企業は何を意識すべきでしょうか。

【笹】まず、顧客とのあらゆる接点に目を配り、360度視点でとらえることが重要です。店舗、eコマース、メール、コールセンターといった多様な接点を俯瞰して、それらをシームレスに連携させていくのです。

例えばカメラメーカーにとって、従来はカメラを店舗で買ってもらうことがゴールでした。しかし、この購入をサイクルの起点と考え、メーカー側から顧客に合った情報を、商品を使うさまざまなタイミングに、適切な形で届けていく。プッシュ型の情報発信を続けていくと、カメラにまつわる顧客の「体験」は格段に向上します。

実際、カメラに搭載されたあらゆる機能のうち、多くの人はほんのわずかしか使っていないはず。そこでメーカーが定期的に便利な機能やテクニックなどについて情報を発信していく。さらに、運動会のようなライフイベントに合わせ、その時々の天候に応じた撮り方を伝えるといったことも現在の技術であれば可能でしょう。こうした取り組みによって、顧客とブランドとの関係性はより充実したものになるに違いありません。

感染症が拡大する中、ECサイトで取り組むべきこと

――その積み重ねが顧客をブランドのファンにしていくわけですね。

【笹】そのとおりです。また例えば、店舗とECサイト。「顧客=売上」という発想なら、二つを競わせるという戦略もあるでしょう。しかし「顧客=関係」の視点に立てば、両者を競争させることは無意味。私たちが支援する米国のホームセンターチェーンでは、オンライン上にコミュニティを立ち上げ、消費者が質問すると全国の店舗にいる各分野の専門家がアドバイスする仕組みを構築しました。消費者はそのままECサイトで当該商品を買うこともできる。オンラインとオフラインの接点を融合させ、顧客体験の向上につなげたわけです。

――企業の経営者の役割についてはどう考えていますか。

【笹】DXによってカスタマーサクセスを実現するには、ビジネスモデルの刷新、それを支えるテクノロジーの導入が必要になります。加えてもう一つ欠かせないのが企業文化の変革です。ビジネスモデルとテクノロジーだけを変えても、土台となる文化がそのままでは組織に変化が根付きません。

私たちが考える企業文化の変革のポイントは、何より顧客とのあらゆる接点で一貫した対応を取ること。例えば購入製品に初期不良があってコールセンターに電話した直後、すでに購入してしまったその製品の値引きクーポンがメールで届けば、消費者は違和感を抱くでしょう。そうしたことを防ぐには、企業内の縦割り文化、サイロ構造を排除しなければなりません。例えば、横串を刺す機能をもった部署を立ち上げ、自由にスピード感をもって動けるようにする。こうした取り組みはトップダウンでなければ困難ですから、経営者が率先して進めていく必要があるでしょう。

――セールスフォース・ドットコムは、DXをどのように支援していきますか。

【笹】当社はSFA(営業支援)のイメージが強いのですが、私たちは企業と顧客の接点をマネジメントし、顧客を全方位でとらえる多彩なソリューションを持っています。オンライン、オフライン双方に対応するソリューションを持っているので、それらを連携してサポートすることが可能です。

また、組織のあらゆる部門を巻きこむ形でカスタマージャニーを定義するワークショップやコンサルティングなどにも力を入れています。ツールを提供するだけでなく、多面的、そして長期的に企業文化の変革までをサポートするのが私たちのスタンスです。

セールス、サービス、マーケティング、コマースなど、あらゆる部門が1人の顧客を中心に連携するためのプラットフォーム「Salesforce Customer 360」。文字通り、顧客を全方位でとらえ、最適な体験の提供をサポートする。

「おもてなし」×「デジタル」で世界が手本とするイノベーションを

――日本企業のDXは、欧米に比べて遅れているとの指摘もあります。

【笹】そうした側面もありますが、一方で日本の企業ではOne to Oneコミュニケーションが現在急速に進んでいます。私はこの背景に、日本の「おもてなし文化」があると考えています。適切な対象に、適切なタイミングで、適切な内容を発信する。One to Oneコミュニケーションにおいて、日本文化の特徴であるきめ細かさが生かされているのです。

例えば現在は、メールに反応してクリックしたけれど購入には至らなかったお客様に対して自動的に電話をかけるシステムなども構築できます。技術の力で今までできなかったことができるようになる。しかも、システム担当者の手を借りずに現場の人間がそうした仕組みを運用できる。そうした中で、「おもてなし」と「デジタル」を掛け合わせれば、世界がお手本とするようなイノベーションを創出できるはずです。

――セールスフォース・ドットコムの今後の事業方針について、最後に聞かせてください。

【笹】“顧客体験の最適化”をサポートすること。一言でいえば、これが私たちの大事なミッションです。そこで当社は、AIなども活用しながら、現場が少人数で運用できるソリューションの開発に今後も力を注いでいきます。一方で“人”が関わってこそ心のこもったおもてなしができますから、オンラインとオフラインをよりシームレスに融合する仕組みも提供していきます。

私たちが考えるDXとは、データの集積、解析によるインフォメーションアーキテクチャなどにとどまらない、企業文化の変革も含めたリーダーが取り組むべき経営課題です。当社はお客様に伴走し、その解決を全力でサポートしていきます。

デジタル活用で「カスタマーサクセス」を実現!
~セールスフォース・ドットコムが支援する企業の事例から~

事例1:欧州系スーツブランド
一元管理した顧客データを実店舗の販売スタッフがモバイルで活用

衣料品の製造・販売を手がけるオランダ系企業。欧州、米州、アジアなど25カ国以上に店舗を構える。顧客の洋服サイズ、ECサイトでの購入履歴、送付メールへの反応といったデータを一元管理し、実店舗でも販売スタッフがモバイルを活用しながら一人一人の顧客の直近のアクティビティを把握した上での接客ができるようにしている。
退店後は接客したスタッフの顔写真が入った謝礼eメールが届く。このメールは「インタラクティブeメール」と呼ばれるもので、メールに埋め込まれたアンケートフォームから、消費者が直接接客の評価を行うことができ、その結果は各店舗にリアルタイムで共有される。

事例2:米国系パーティグッズ会社
写真共有サイト上で自社商品をピックアップし、オンラインで購入可能に

欧州、米州、アジア、オーストラリアなどにおよそ850の店舗と約250の臨時小型店舗を構える米国系のパーティーグッズ会社。サイロ化したシステムを顧客視点から見直し、カスタマーサクセスを実現している。
例えば、Salesforceに搭載されたAIを使い、写真共有サイトのPinterestで消費者が見つけたパーティー画像を認識し、類似する自社商品をピックアップしてその商品をオンラインで直接購入できるようにしている。また、インタラクティブeメールによるアンケートなどにも注力。eメールアンケートの回答内容に即し、自動でスタッフに対応を促すといったシームレスな仕組みも構築し、スピーディーな顧客対応を実現している。