日本で5番目の人口を擁する市として、その活力が注目される福岡市。企業立地の面でも高い実績を持ち、新たに拠点を置く事業者も増えている。2013年、LINE株式会社が設立したLINE Fukuoka株式会社もその一社だ。同社が福岡を選んだ理由はどこにあるのか。また、福岡のどんな特性を成長の原動力としているのか。取締役COOを務める鈴木優輔氏に聞いた。

働き方の多様化は地方の事業者にとってチャンス

――LINE Fukuokaの事業概要から教えてください。

【鈴木】もともと当社は、LINEのカスタマーサポートを中心とした運営業務の拠点としてスタートし、現在は開発、クリエイティブ、事業企画の役割も担っています。“走りながら考える”のがLINEグループの特徴。私たちも、「福岡から新しい価値を発信する!」という思いのもと、常にスピードを落とさず事業領域を拡大してきました。

――LINEは国内第二の拠点として、なぜ福岡を選んだのですか。

【鈴木】大きくは3つ、「アジアの玄関口」「充実した人材・教育機関」「新たなものを引き寄せる磁力」という点に魅力を感じたからです。まず、いまや世界の成長エンジンとも言えるアジアに近いという地理的な特性。これは、例えばコミュニケーションの面でメリットを提供しています。多様なプロジェクトが進行する中では、海外のスタッフともオンライン会議に加えて、顔を合わせたワークショップやミーティングが相応に開かれる。台湾や韓国、タイなどの拠点と東京本社の双方からメンバーが集まることも少なくありません。その際、福岡は両方からアクセスがいいんです。

LINEという会社は、外部から見れば安定した大企業に映るかもしれませんが、実際はまだまだ発展途上。他社との熾烈な競争の中で、いかに新たなサービス、価値を生み出していけるかが生命線です。その意味では迅速な意思決定や課題解決が重要で、密なコミュニケーションは事業活動を支える基盤の一つなのです。

鈴木優輔(すずき・ゆうすけ)
LINE Fukuoka株式会社 取締役COO
福岡県生まれ。九州大学経済学部を卒業し、1999年日本電気(NEC)に入社。2003年より リクルートメディアコミュニケーションズ入社(現リクルートコミュニケーションズ)。14年にLINE株式会社入社、同年にLINE Fukuoka株式会社入社。17年4月に取締役就任。19年2月より現職。

――「充実した人材・教育機関」は、事業の成長にどう貢献していますか。

【鈴木】福岡市は政令市の中で人口増加数・人口増加率ともにナンバーワンです。人口の絶対数は、人材採用における前提条件です。おかげさまでこれまで採用活動は順調で、社員数は設立時の180人から1000人超、およそ6年で6倍近くになりました。大学や専門学校が充実しており、九州、さらには西日本から人が集まってくることも福岡市の特徴でしょう。これが若手人材の採用において、大きなアドバンテージとなっています。

一方で、経営や事業企画を担うシニア層についてはどうか。実は、こちらの採用も概ね計画通りです。ただ、例えば部長級以上の人材を獲得していくには、闇雲に募集をかけてもダメ。単に管理職人材がほしいからという理由で応募しても、求める人材は集まりません。LINE Fukuokaでは、シニア層が責任を持って取り組める具体的な仕事をつくり、それを継続的にPRしながら採用をかけています。

福岡市に進出した他の企業から「若手は採れるが、マネジメント層、シニア層が集まらない」という声を聞くこともありますが、おそらく “誰に、どんな仕事をしてもらうか”が曖昧なのではないかと思います。自社のビジョンやその実現のためにすべきことを明確にして採用活動を行えば、経営を支える人材も十分に獲得することが可能です。

――“戦略的な採用活動”が重要なわけですね。

【鈴木】はい。漠然と「ある部門の管理職を募集」というのではやはり“粒度”が粗い。ターゲットをはっきりさせて人材市場にアプローチできれば、いま地方都市には大きなポテンシャルがあると私は思います。なぜなら現在は、みんなが東京の大企業で働きたいという時代ではありません。実際、当社もUターン、Iターン人材が全体の3割以上を占めており、東京で培った能力を活かして地域企業の幹部として働きたいという人は確実に増えています。働き方や価値観の多様化は地方で事業を行う企業にとってチャンスなのです。

福岡市は課題解決の事例を生み出すのに適したエリア

――もう一つの魅力である「新たなものを引き寄せる磁力」について聞かせてください。

【鈴木】地元ではよく言われることですが、歴史的にアジアとの交易などを盛んに行いながら、常に新しいものを取り入れてきた。また、福岡市には大きな河川がないため、大量の工業用水を必要とする製造業があまり発達せず、第三次産業の割合は非常に高い。この特性は基本的に現在も変わっていません。

――そうした特性が先端技術や新しいサービスを前向きに受け入れる環境をつくっていると。

【鈴木】伝統的な産業が地域経済を成立させている地域と比べ、事業者がある種の危機感を持って活動していると思います。それは自治体も同様で、福岡市さんは、新しいテクノロジーを福岡市から実装していきたいという強い意欲がありますし、当社に限らず、多くの事業者の先進的なチャレンジに対してとても柔軟に協力してくれています。福岡市さんとLINE Fukuokaは、「地域共働事業に関する包括連携協定」を結び、Smart City戦略を推進しています。具体的には行政サービスにLINEやLINE Pay(キャッシュレスサービス)などLINEの技術を活用する取り組みを複数生み出し、全国的にも極めて先進的なものだと自負しています。

福岡市とLINE Fukuokaは、複数の企業とともに目視外飛行のドローンで海産物を配送する実証実験を行った。

そのほか、さまざまな企業とも連携して多くのプロジェクトを進めていますが、そうしたときに福岡市がいいのは、多様な事業者、また市民との距離が近いこと。街がコンパクトなので、例えば東京であれば3ステップくらい踏まないと会えない人と当社のスタッフが比較的すぐにやりとりできる。これがプロジェクトにスピード感を生んでいます。

初めにもお話ししたとおり、私たちにとって迅速な意思決定はとても大事。トライ・アンド・エラーをどんどん重ねることが、事業活動に磨きをかけていくことにつながるからです。また、テストマーケティングという点でも、コンパクトながらも人口が約160万人、近隣も含めれば約260万人と十分な規模があってやりやすいですし、福岡市は、多様な社会課題を実証により解決していく事例を生み出していくのに非常に適したエリアだと感じます。

“何を成し遂げるために福岡市を選ぶのか”という理由が先

――福岡市は、東京と比べて例えばオフィスの平均賃料が約6割程度で、事業にかかるコスト面でもメリットがあるといわれます。そうした点について、どう感じますか。

【鈴木】間違いなく、福岡のビジネスコストは東京に比べて安い。これは経営上、大きなメリットです。ただそれは、企業としていかなるパフォーマンスを発揮し、どんな成果を生み出すかとセットで考えるべきものです。例えば、福岡市で70億円のコストをかけ80億円の成果を上げるよりも、東京で100億円のコストをかけ200億円の成果を上げる方がいいのではありませんか。ただコストが安ければいいというわけではないですよね。企業というのは、新たな付加価値を生み出し、社会に貢献してこそ、存在する意味がある。そう考えれば、単に「事務所の賃料が安いから福岡で」というのは順番が逆。“何を成し遂げるために福岡市を選ぶのか”という理由が先にないといけません。

どんなパフォーマンス、目標を成し遂げたいのかというビジョンがまずあって、福岡なのか、東京なのか、それとも台湾なのか。拠点を置く場所やそこでの人事戦略が見えてくる。ここは間違えてはいけないところですし、私たちも重視しています。

――最後に、LINE Fukuokaが福岡で成し遂げたいビジョンについて聞かせてください。

【鈴木】お話ししてきたように「福岡」という都市には、アジアに近いという地理的な特性や人材面での優位性、また地域が持つスピート感といった強みがあると考えています。そして何より、高島市長を中心として行政が一緒にチャレンジしてくれます。それらをしっかり生かしながら、社名の通り、LINEにしかできないこと、福岡でしかできないことを追求していきたい。国内第二の拠点として、恐れずにチャレンジをどんどん行えるのも私たちの強みですから、その中での成功事例を全国に発信していければと思います。

そうした活気のある会社には、きっと優秀な人材もさらに集まってくれるはず。いい仕事をして、優れた人材に来てもらい、いっそういい仕事をする。地域と連携しながら、そんな好循環を生み出せればいいですね。

LINE Fukuokaに設けられた社員専用のカフェスペース。メンバー同士のミーティングやワークショップなどにも利用され、コミュニケーション強化にも役立っている。