今後の自動車は「CASE」がキーワードになる。Cはコネクティッド(インターネットなどとつながる)、Aは自動運転、Sはカーシェア、EはEVカーのことである。そんな中、コネクティッドサービスを提供するビジネスパーソンたちにスポットを当て、一般ユーザーはそれをどう使えばより快適なカーライフを過ごせるのか? 連載の第4回は愛知トヨタ常勤顧問で、整備、サービスの現場での第一人者、鬼束直次氏が、コネクティッドサービスが始まり、現場がどのように変わったかを聞いた――。
愛知トヨタ常勤顧問の「オニちゃん」こと鬼束氏。

つなぎが似合うオニちゃんのこと

鬼束直次氏は愛知トヨタの常務を経て、現在は常勤顧問だ。だが、彼は現場の男だ。1972年の入社以来、今もなお、車の調子を見ること、直すことを生きがいにしている。スーツよりも、つなぎを着ている方が似合う人だ。そして、顔はいかついが、笑うと小さな子どものようになる。車を直してもらった人たちは親しみを込めて、彼を「オニちゃん」と呼ぶ。

名古屋市内にある愛知トヨタの本社ロビーには初代クラウン、ランドクルーザー、トヨタ2000GTなどがナンバー付きで置いてある。つまり、路上を走るように整備してあるわけだ。そうしたオールドカーを整備し、ちゃんと走るようにしたのもオニちゃんである。オニちゃんは言った。

「いや、びっくりしました。コネクティッドカーになってから整備のやり方ががらっと変わった。お客さまを待たせる時間がほんと、短くなったです」

つねに顧客のことを考えている「つながるサービスの達人」がオニちゃんだ。

入社してから車の整備一筋人生

――鬼束さん、どちらで生まれたのですか。

【鬼束】九州の宮崎です。私は小学校低学年の時、生まれて初めて自動車に乗りました。いや、運転もしました。八百屋さんが持っていたマツダのオート三輪車に乗せてもらって、ついでにハンドルにさわった。ハンドルと言ってもオート三輪のそれは丸いわっかじゃありません。オートバイと同じ形でした。

でも、オート三輪でも大したものだったんですよ。だって、あの頃の宮崎には市役所にクラウンが1台ぐらいあっただけでしたよ? なにしろまだ馬車が現役で走ってましたからね。それで、車が大好きだったから、名古屋に出てきて、愛知トヨタに入ったんです。親は「地元で働け」と怒ってましたけどね。

――ずっと車の整備ですか?

【鬼束】整備、サービスを現場でやったのは40歳まででした。それから課長、営業所長をやって、現在の山口(山口真史氏)会長が就任された時、責任者の部長として、またサービスの現場に入りました。今は顧問として、現場を見ています。

――車の整備、サービスは管理職になってもやっていたのですね。

【鬼束】はい、整備やサービスはつねに気になりますから、率先してやってました。

僕らの仕事は「壊れたものを直して、お客様に喜んでもらうこと」。販売店ってのは車を売るだけじゃなく、ずっとお客さまにサービスをする仕事ですよ。

――これまでに何台くらい直したのですか?

【鬼束】多い時は一日10台は整備をやってましたからね。なので、数えたことはないですけどね。どうだろう、1か月に200台はやってるから、47年間働いているし、1万台はやってるかなあ。

でも、台数じゃないんです。僕はトヨタの車ならなんでも直せますよ。どんな車種でも直すことができます。

――でも、トヨタ販売店には系列がありますよね。トヨペット店とかカローラ店とか。他系列の車も直せるのですか?

【鬼束】はい、愛知トヨタはトヨタの第一号販売店です。どの車種が来ても直さなきゃいけなかったんです。系列ができる前からトヨタの車のすべてを整備していましたから、現場の人間であれば、まず対応できます。

「すべてのトヨタ車を直すことができる」というのが愛知トヨタのプライドなんです。今でも、持ち込まれたらどんな車種でも直します。部品も取り寄せます。整備を断るっていうことは、まず、ありません。

故障の種類はこんなに変わってきた

【鬼束】私が入った頃の故障は、走っていて異音がするとか、油漏れとか、オーバーヒートとか……。そう、オーバーヒートはもうないです。10年以上前からなくなりましたね。

それはエンジンを冷却するファンの構造が変わったからです。昔は走った時に空気を取り入れてファンを回していました。走らなければ風を吸わないわけです。だけど、今はある程度温度が上がれば自然にファンが回って、空気をとりいれて冷やすようになっています。昔はオーバーヒートして、坂の途中で止まったり、高速道路上でも止まって、ボンネットを開けてる車、よくありましたよ。ずいぶん、修理しに行きました。

サービス面における次の変化は1975年からの排ガス規制ですね。あれはもう大変でした。新車を買っても、加速をしない、走らないというクレームばかり。排気ガスからCO, HCを取り去るってことは、水道の蛇口にフィルターをつけるようなもので、抵抗があるからパワーが出ないんです。何年か経つと、パワーも出るようになってきましたが、出始めはまったくダメでしたね。そりゃ、パワーを取り戻そうと思ったらフィルターを外せばいいのですけれど、それはダメ。やっちゃいけないから。

「オニちゃん、裏ワザで直してよ」と、お客様からずいぶん言われました。ええ、でも、僕はやりませんでした。

あの頃はまだ車の部品数が少なかった。今、車の部品は3万点と言われてますけれど、当時はクラウンで1万数千点だったんじゃないかな。圧倒的に増えたのはコンピューター、センサー、電気関係ですよ。

そうだな、1980年頃からは目立って電子部品が増えました。

電子部品が増える前、僕らの仕事は3年から5年やれば1人前と言われました。でも、今は7年から下手すると10年かかりますね。機械的な故障であれば構造がわかるから修理の方法がつかめる。しかし、電気やコンピュータソフトの不具合は現象が起きても、それを実際に見ていなければ、どこがよくないのか、なかなか診断できないんですよ。

「コンピュータの金だけは絶対に払わんからな」

こんなことがありました。

電気工事の会社をやってる社長さんのお客さまが「昼はエンジンかかるけど、朝はかからない」とおっしゃった。クラウンだったんですけれど、それで、朝、出かけていって私がエンジンをかけると、かかるんです。翌日、「またダメだ」と。でも、私が飛んでいくとエンジンはかかる……。社長さんは電気工事の専門の方なんですけれど、「まったく原因がわからない」。わたしもわからなくて、結局、1か月間、毎朝、社長さんのお宅へ通いました。

1カ月やっていて、朝、エンジンをかけて走っていた時、ブルブルと振動とともに、ピタッと止まった。あ、これはまちがいなくコンピュータのソフトだなとその時、気づきました。

それで、ようやく直したのですが、お客さまからは厳しく叱られました。

「鬼束、オレはお前の工賃は1カ月分でも、2か月分でも、ちゃんと払ってやる。だがな、このコンピュータの金だけは絶対に払わんからな」

今でしたらGTSというソフトの不具合を見つける診断機があるから、うまく使えばある程度の答えは出てくるんですけど、EFI(燃料噴射装置)の車が出た頃はそういう診断機がなかったんです。ソフトの不具合から来る故障はそれが出た瞬間に立ち会ってないと、なかなかわからなかったんです。

故障を直すのは「再現すること」

――新しい技術が入った車が「調子が悪い」と入庫してきて、原因がわからないっていうことは、よくあるのですか。

【鬼束】これはあります。故障を再現しにくいケースだと原因がつかみにくい。これがいちばん困ります。私たちは故障を直す前にはまずお客さまに問診します。いつ、どこで、何が、どういう状態になったのかと。それから故障の再現をするためにお客さまの車に試乗します。一緒に乗ることもあれば、預かって走らせる場合もあります。

故障を直すには「現場を再現する」と鬼束氏。

――たとえば?

【鬼束】お客さんが山道を走ってて、突然、走りが悪くなったということがありました。振動が出た、不具合が起きた、と。じゃあ、乗ってみましょうと一緒に試乗しても、一般の道路を走れば何もわからないんですね。

――どうするんですか?

【鬼束】その時はもう、お客さまの行ったところに走りに行くしかないんです。あるお客さんのケースですが、僕は静岡の牧之原台地まで、行きました。名古屋から往復4時間でした。弁当を持って、試乗のために半年以上、通いました。牧ノ原台地で不具合が起きたのなら、そこへ行ってみなければわからない。これが故障の「再現」です。

結局、半年間、牧ノ原台地に通ったけれど、振動は出なかった。それで、今度はお客様と一緒に走りに行って、「振動、出ないですね」って確認して、その後、走り方を教えました。そのお客さんは坂を上がるのにアクセルをほんのちょっとしか踏まなかった。それでパワーが出なくてガタガタいったんです。故障じゃないんです。走り方が悪かった。
お客さんに言いました。

「アクセル踏んでください。思いっ切りアクセルで加速してください」

そんなことだってあるんです。故障していなくても入庫してくる車にも誠実に対処する。まあ、難しいことですけれどね。ええかげんにしてくださいといったことだってありますよ。

コネクティッドは修理の革命

――コネクティッドカーが出てから、整備、修理は変わりましたか?

【鬼束】ええ、画期的に変わりました。コネクティッドカーは運転中、異常が起これば、通信を通して各販売店の端末にお客さまの名前、車両の明細、不具合状況が現れます。ポップアップウォーニング画面が表示されるわけです。表示されたら、販売店の担当はお客さまに電話をします。故障状況に応じて、すぐに止まっていただくか、もしくは緊急性がなければお客様ご自身の運転で入庫していただきます。この部品が悪かったということがデータでわかりますから、こちらは入庫前に対応できる。

まったく革命的です。遠いところまで行って故障の再現をしなくとも、それが何時何分にどこで発生したかもわかるんですから。

――コネクティッドカーの故障ならば、牧之原台地まで出かけていかなくていいわけですね。

【鬼束】ええ、故障して、車が止まっている場所まで出かけていくのが減りました。車の状態が走れる状態なのか、それとも、もしくは「動かさないでください」って伝える場面なのか、電話で話しているだけではわかりません。だから、いつも駆けつけていたんですけれど、コネクティッドは車の状態が目に見えるようになっているので、行くか行かないかをこちらで判断できるんです。

――愛知トヨタの販売店でも、修理の道具なり部品なりを準備して待っていればいいのですね。

【鬼束】ええ。繰り返しますけれど、これまでは故障や不具合があったらその現象が出るまで試乗していたわけです。それがコネクティッドで車とつながっていれば、データを解析できるから、修理を早く完了することができる。

――人間が血圧計とか心電図をつけて歩いているようなものですね。

【鬼束】まあ、そんな感じです。私たちにとっていちばん嬉しいのは、お客さまをお待たせしないで直すことができること。お客さまがびっくりするんですよ。
「オニちゃん、もう直しちゃったの?」って。

それで、私たちはまたここが壊れたという情報をトヨタにフィードバックします。昔からやっていることで、「市場技術情報」というんです。壊れやすいところをトヨタに知らせれば次の車の時に改良されるわけですから。

――待たせることが減るわけですね。

【鬼束】はい。トヨタはコネクティッドでアフターサービスのやり方に変革を起したわけです。データがあれば定期点検などの定期メンテナンスから、お客様ひとりひとりの車の使い方、乗り方に合わせて点検時期を提案できるようになります。

これまでの販売店のサービスショップは定期点検をするか、もしくは故障を待っていた、待ちの商売でしたけれど、それが提案型に変えたのがコネクティッドカーです。

つながる保険がお客さまの運転を変えた

――つながる保険もドライバーの意識を変えましたか?

【鬼束】ええ。そう思います。あいおいニッセイ同和損保さんとトヨタの、「トヨタつながるクルマの保険プラン」は、お客様の乗り方によって保険料が変わるんですよ。たとえば安全運転をやられる方と荒い運転の方では保険料が異なってくる。これは誰でも安全運転を心がけるようになります。

――なるほど。

【鬼束】お客さんにしてみれば、自分の乗り方が安全運転であれば、燃費もよくなりますし、事故にもつながらないでしょう。本当に車に対してやさしく乗って、安全に運転していれば保険料が安くなるのだから、お客さんも喜ばれるでしょうね。販売店にとってもありがたい商品です。本当に、よう考えられた保険だなという感じがします。

――今後、車はだんだん壊れなくなっていくんでしょうか?

【鬼束】いえ、車は機械ですから壊れるものです。でも、自動車はよくできてますよ。雨の日でも嵐の日でもちゃんと走るし、外に出しておいても、エンジンはかかるし走ることができる。こんな丈夫な機械は自動車くらいじゃないでしょうか。ただ、いまの車は新しい電子技術の塊です。機械式なら部品の摩耗とか欠損とか、すぐに原因がわかるし、何を交換すればいいのか類推できます。

でも、電子的な故障は突然、出てきます。再現しにくいっていうのが、頭が痛いところですね。それがコネクティッドによってずいぶんわかるようになりましたけれど、しかし、百パーセントではありません。現場の人間としてはもっともっと精度が上がって百パーセント、故障の原因がつかめるようになるといいんですけれど、それはなかなか難しいでしょうね。

(野地秩嘉=文 上野英和=撮影)