ITシステムのサイロ化が情報の一元管理の障害に
世界規模でビジネスの高度化・専門化が進む現在、多くの企業が組織のサイロ化・分断化に頭を悩ませている。個々の事業部門の専門性が高まる一方で、相異なる知見を持った従業員を協業させることが難しくなってきたからだ。裏を返せば、多種多様な知見を連携させる仕組みが競争優位性の源泉になる。そうした時代が訪れているとも考えられる。
従業員の知見は、日常の仕事の中で作成、利用するコンテンツにも含まれている。例えば、会議や客先で提示するプレゼンテーション資料や企画書、社内外でやり取りする電子メール、仕事の進捗を報告する日報、個人的に記した備忘録など。現在は、これらのほとんどが電子データとして存在するため、従業員の間で共有することが可能である。
ただし、数字のように構造的に管理できるデータと異なり、各種文書など非構造化データを一元的に管理することは難しい。グループウエアや文書管理システム、ファイルサーバーなどによって非構造化データを管理している企業も少なくないが、ITシステムがサイロ化しており、どこにどのような情報が保存されているかを網羅的に把握することできない状況が生まれている。
必要なときに必要なコンテンツを提供できるような仕組みを
まさにそうした中、社内に散在する非構造化データをクラウド上で一元的に管理。さまざまなビジネスシーンで必要なときに必要なコンテンツを容易に活用できる仕組みを実現しようとしているのが、日本マイクロソフトとFIXER、Box Japanの3社だ。それぞれの強みを生かした協業によって、この難題に取り組んでいる。
Box Japanは、コンテンツを一元管理するクラウドサービス「Box」を提供中だ。日本では4200社以上の企業が導入しているという。同社は4月1日から、「Box」が搭載する個々の機能をAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)から呼び出して、独自のアプリケーションを開発できるシステム基盤「Box Platform」の提供を日本で開始した。
このシステム基盤を活用し、FIXERが顧客企業のビジネスプロセスに合わせたアプリケーションをマイクロソフトのクラウド基盤「Microsoft Azure」の上に構築する。これが3社の協業の骨子だ。コンテンツを管理、活用する仕組みをゼロから新規開発し、それをアップデートし続けるには非常にコストがかかる。しかし、アプリケーションは業務に合ったものがほしい。これをクラウド上で解決、実現できるという点が、今回の3社協業のポイントであり、顧客メリットである。
Boxの古市克典氏によれば、国内でクラウドコンテンツ管理システムに対するニーズが急速に高まっている。その背景は次のとおりだ。「働き方改革に取り組み始めた日本企業の多くが、仕事の生産性を飛躍的に高める手段として多様な知見を融合させることが重要だと考えるようになりました。これを実現する基盤としてクラウドコンテンツ管理システムの導入を検討しています」
ファイルを管理するクラウドサービスは他社も提供しているが、B2B(企業間取引)市場をターゲットにしているBoxは、セキュリティやガバナンスに関する機能が高度である点、そしてコンテンツのプレビュー機能などの使い勝手が良い点が高く評価されている。
今回の協業によって生まれるアプリケーションでは、日常的に使う業務システムとクラウドコンテンツ管理システムをシームレスに連携することが可能だ。例えばローンの申請・審査業務を支援するシステムでは、身分証明書をはじめとして申請者に関するコンテンツを検索・閲覧する機能が必要になるが、これをBoxが備える機能によって実装できる。新たなシステムを導入する際に、コンテンツ管理に関する機能の開発が不要になるわけだ。
システム構築を担うFIXERの松岡清一氏は、この意義を次のように解説する。「“タイムトゥーマーケット”という言葉がありますが、どんなに革新的なサービスも、それを提供するシステムの立ち上げに時間がかかっていてはビジネスチャンスを失う恐れがあります。新しいアイデアの創出からサービスを提供するまでの期間をいかに短くするかが競争力に直結します。バックエンドにBoxを使うことで、FIXERは自社の強みであるUX開発に集中できるのです」
そうしてスピーディに開発されたシステムは、当然ながら顧客企業の強力な武器となるのである。
3社のサービス、技術を融合して顧客企業に新たな価値を提供
FIXERはもともと、Microsoft Azureを活用したサービスの提供で大きな実績を持つベンチャー企業だ。Microsoft Azureはセキュリティの強化やプライバシーの保護に対して膨大な投資を行っていることが大きな特徴だ。加えて松岡氏は、AI(人工知能)をはじめとする最先端のテクノロジーを活用できる点も大きな魅力だという。
一方でマイクロソフトは、現在インテリジェントなアプリケーションを構築するための開発基盤「Cognitive Services」をクラウドで提供している。これを利用することで感情認識や映像検出、顔認識、音声認識、視覚認識、音声理解、言語理解などコグニティブ(認知)に関する機能を容易に追加することが可能になる。今回の協業で構築するアプリケーションでも、こうした機能を駆使していくという。これによって、例えばキーワード検索にとどまらず、分脈(文章の意味合い)の検索、ファイルのタグ付けなどが実現できる。
現在、3社の協業による第一弾として「レグテック(RegTech)」の領域に含まれるシステムを試作中だ。レグテックとは「規制(Regulation)」と「技術(Technology)」を組み合わせた造語で、最新のデジタル技術を駆使して、企業の法務部門の生産性を飛躍的に高める取り組みを意味する。
試作しているシステムには、インターネット上で世界各国の公的文書を自動的に収集し、その文章を理解して既存の法制度との差分を示す機能を装備。さらに、その差分が契約書などの文書やビジネスプロセスに、どのような影響を与えるかを提示することを目指している。法務部門の専門家が人手に頼っている作業を自動化することが大きな狙いだ。
日本マイクロソフトの高橋美波氏は、「3社のサービスや技術を融合することによって、新たな価値を創出できるはずです」と前置きして、今回の協業の意義を次のように説明する。「Microsoft AzureとBoxは、ともにエンタープライズシステムとの親和性が非常に高いクラウド基盤です。一方で、FIXERは数多くのお客様に対して、クラウド上でエンタープライズシステムを構築してきました。協業によって、新規のお客様はもちろんですが、3社の既存のお客様に対しても、これまでに類を見ない新たな価値を提供できると期待しています」